医学界新聞

寄稿 日比 紀文,喜田 宏,國井 修,島袋 香子,カール・ベッカー,中村 美鈴,村垣 善浩,阿部 彩,菅野 武,紅谷 浩之,中垣 恒太郎,榎木 英介

2021.01.04 週刊医学界新聞(通常号):第3402号より

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  • 日比 紀文

  • 北里大学北里研究所病院 炎症性腸疾患先進治療センターセンター長

 消化器病学は,腫瘍,炎症および機能性疾患の3分野に大別される。そのうち腫瘍分野においては,内視鏡など医療機器の発達も相まってその診断および治療への日本の医師の貢献は素晴らしいと感じている。しかし私は炎症分野での活動を通して,臨床医学における国際性さらには指導力という面ではまだまだ自分たちの力不足を痛感している。

 潰瘍性大腸炎やクローン病などの炎症性腸疾患は,日本では稀少疾患と考えられていたものの患者数は増加の一途をたどっている。原因はいまだ解明されていないが,適切な治療により通常の生活を送ることが可能となってきた。

 日本は基礎分野において独創性の高い研究を数多く発信し,海外からも注目されている。一方で,臨床分野における研究や治験などの報告はほとんどが欧米のものであり,基礎分野に比べると,世界についていくのがやっとという状況である。

 近年,ドラッグ・ラグの問題は厚労省の努力もあり大いに解消され,臨床治験についてはグローバル化も進み,日本が海外と合同で進んで行く道も開けてきた。しかし産学共同での臨床研究という面では,最近の臨床治験での不祥事の影響もあり実現が難しくなった。質の高い臨床試験の遂行は困難となり,世界から遅れをとっている。今後,適切で公平なレベルの高い臨床試験をめざして十分に議論していかなければならない。

 さらに基礎研究での報告が,臨床応用されることは少ない。病態解明と臨床応用可能な治療法の確立のためにも基礎と臨床をつなぐことが急務である。この点で,本研究所の設立者である北里柴三郎先生は,基礎から臨床応用までを実現させた研究を行った。嫌気性の破傷風菌を単離培養し,さらには抗血清の有効性を基礎実験によって明らかにして,ウマ血清を用いた抗血清療法を開発したのだ。炎症性の疾患での革命的治療である抗TNF-α抗体などの抗体療法の原理を提唱された,独創的でかつ医学の発展に貢献する研究である。このような研究を現代の日本からも多く発信してもらいたい。

 いまだ日本の医療現場では炎症性腸疾患に関する知識の普及も十分でなく,誤った情報により不適切な治療も行われている。日本の医師たちが,多くの分野で臨床疫学的な検討,新治療法の臨床試験を推進し,さらに基礎分野での研究成果を臨床に関連付け,世界と共に病態の解明と最善の治療法の確立することを期待している。


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  • 喜田 宏

  • 長崎大学感染症共同研究拠点拠点長
    北海道大学人獣共通感染症リサーチセンター特別招聘教授

 世界は今,2019年12月末に中国で出現したとされる新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染症(COVID-19)のパンデミックに翻弄されています。200以上の国・地域で,感染者は少なくとも7154万1897人,死亡者は160万2500人(2020年12月13日現在)を数え,今もなお欧州と北米で増加しています。感染症に国境はないので,予断を許さない状況です。

 このような新興感染症は1970年代から次々と出現し,人類を恐怖に陥れています。これらは,自然界の野生生物に寄生する微生物が,野生動物と人の住み分けの境界が無くなり家畜や人に侵入して引き起こす人獣共通感染症です。自然宿主である野生生物には危害を及ぼすことなく存続している未知の微生物は数万種に上ると推定されています。これからも新たな人獣共通感染症が出現することは明らかです。その原因微生物の中には,病原性がエボラウイルスやラッサ熱ウイルスのそれに勝るものもあると想定されます。

 病原性が極めて高く,有効なワクチンや治療法が確立されていないエボラ出血熱,ラッサ熱等の一類感染症の病原体は最高度の安全実験施設(BSL-4施設)で取り扱うことが国際的に定められています。科学技術先進国であるわが国は,感染症研究において世界をリードする立場にあり,BSL-4病原体・感染症研究においても優れた研究成果を挙げることが期待されています。しかしながら,国内に研究・人材育成を目的としたBSL-4施設が設置されていません。そのため研究者は海外のBSL-4施設で訓練を受け,その施設との共同研究として,病原体の自然宿主の同定,病原性の分子基盤の解明,診断・治療法の開発などを進めてきました。このように日本は,BSL-4施設で実施する研究や人材育成を他国に依存しなければならない,科学先進国として恥ずかしい状況にありました。

 そこでわが国は,日本はもとより世界の感染症を克服するために,その病原体の研究と人材育成を担う拠点とその中核となるBSL-4施設の設置を決定しました。長崎大学感染症共同研究拠点は,この国家プロジェクトを推進するために2017年4月に創設されました。本年7月にBSL-4施設が竣工する予定です。長崎市,長崎県ならびに地域住民の皆様の信頼と協力のもとに,本施設の試運転を開始します。

 年頭にあたり私たちは,全日本感染症共同研究拠点一丸となって,長崎と日本,そして世界の安全・安心に寄与するために活動することを誓います。


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  • 國井 修

  • グローバルファンド(世界エイズ・結核・マラリア対策基金) 戦略・投資・効果局長

 グローバルヘルスに従事する者にとって,新たなパンデミックの発生は必至とも考えられていたが,新型コロナウイルス感染症(COVID-19)流行の影響はわれわれの想像を上回っていた。COVID-19をしのぐ致死力や感染力をもつ病原体はあるものの,今回のパンデミックは富裕国を襲い,情報の歪曲・錯綜によるインフォデミックが広がり,自国優先のナショナリズムやCOVID-19の政治化により国際連携が阻害された点で問題は深刻化した。

 コロナ禍の影響で,途上国の保健医療従事者の感染,診断・治療サービスの中断・停滞などが発生し,エイズ・結核・マラリアの死亡数は倍増すると予測された。そのため,グローバルファンド(世界エイズ・結核・マラリア対策基金)では世界約100か国の低中所得国にCOVID-19のPCR検査や迅速診断抗原検査の拡大,第一線の医療従事者の感染予防,市民組織による地域での感染者の隔離・生活支援など1000億円規模の援助を行ってきた。さらに,WHOや世界銀行などの国際機関や民間団体と連携し,「Access to COVID-19 Tools Accelerator」(ACTアクセラレーター)を立ち上げ,COVID-19の診断・治療,ワクチンの開発・生産,公平な配分・提供を促進してきた。

 COVID-19は喫緊の課題だが,グローバルヘルスには他にも課題が山積している。

 本稿執筆時点(2020年11月)で,COVID-19に比べてマラリアは4倍以上の感染者,結核もより多くの死者を生んでいる。薬剤耐性菌による死者は2050年には推計1000万人に達し,その対策も急務だ。

 災害や紛争などによって強制的に家や国を追われた難民・移民は世界で約8000万人にも上り,多くの健康問題を抱えながらも医療が十分に届いていない。テロや紛争に医療機関が巻き込まれ,多くの医療従事者が命を落としている。

 地球環境の健康への影響も無視できない。私が現在かかわっている多くの国で,温暖化の影響などでマラリア媒介蚊の生息域が拡大し,頻発する自然災害による人の移動などでマラリア罹患者が増加している。また大気汚染による死者数は世界で年間推計800万人以上にも上っている。

 「見えない敵」COVID-19の健康影響,それとの闘い方はかなり見えてきた。2021年はデータとエビデンスとロジックに基づいて,もう少し冷静にこの健康危機に対処する必要があると考える。世界を俯瞰し,未来を見据えて,限られた資源を活用して,横たわる多くの課題にいかに包括的,効果的に取り組むか。最大限のインパクトを引き出すためにいかなる国際連携・協調を行うか。今年もグローバルヘルスにとって挑戦の年だ。


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  • 島袋 香子

    北里大学学長

 総合大学における看護系出身者として,女性の学長として,多くの方々から祝福のメッセージをいただきました。この2つが私の強みかと思いながら,新米学長として教学マネジメントに挑んでいます。

 看護学は大学教育としては後発ですが,看護教育の歴史は古く,臨床現場で活躍する専門家を数多く育成してきました。基礎教育も臨床での教育も「看護の質向上」を目標とし,そのための人材育成に取り組み続けています。私自身も,看護学部の開設当初からかかわり,大学院における高度実践看護師教育,看護キャリア開発・研究センターにおける認定看護師教育や研修事業と,看護職が生涯教育を進められる活動に取り組んできました。大学には多様な人材への教育が求められています。多様な人材への対応や生涯教育の提供においては,看護学領域が先行しているように思われます。

 北里大学は,生命科学の総合大学として,医療系4学部(薬学部,医療衛生学部,医学部,看護学部)の他に理学部,海洋生命科学部,獣医学部の3学部を有しています。大学院研究科に感染制御科学府があることや,附属施設に東洋医学総合研究所があることも特色です。各学問領域の内容は実に興味深く,人の健康と関連する教育・研究の連携・共同に夢が膨らみます。

 大学には教育成果の可視化が求められております。医療系学部の学生の学びの原動力は,「なりたい」……にあると思いますが,そうでない学部の学生の「好きだから」「興味があるから」との答えに……はっとしました。無論,全ての学生が興味のある分野で学んでいるとは限りません。正直,どの学部においても教員は,教育に苦労しています。自律的な学修者の育成に向けた教育方法の検討にいそしんでおりました。しかしこの答えから,「自律的な学修者の育成は,教員が探究している専門分野の魅力を学生に伝える力による」と,思い知りました。

 教員が生き生きと教育・研究を行う基盤を持った教学マネジメントをめざそうと思います。


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  • カール・ベッカー

    京都大学政策のための科学ユニット特任教授
    国際個別化医療学会顧問

 死別された遺族の1~2割はうつ病,不安症,不眠症などに悩まされるのに,レクサプロ®やエビリファイ®,ベルソムラ®などの薬剤・医療だけでは,悲嘆症状の根本原因が治らない。遺族は免疫力低下で病気になりやすく,他の物事に集中できないため生産性が下がるばかりか,突然な事故や重軽傷も増える傾向にある。しかし,医療が必要となる遺族は病状が悪化するまで医師を遠ざける傾向があると報告されている。医療では治せない悲嘆の面で医療に依存され過ぎても,逆に医療が治せるのに医療従事者を遠ざけられても,本人も国の医療制度も困るばかりである。

 日本人の死別による悲嘆(死別悲嘆)は世界的に注目を浴びてきた。日本人は葬送儀礼や墓参りなどを通じて,故人と「続く絆」を持ち,死別悲嘆を癒やしてきた。「死者を忘れろ」という100年前のフロイト心理学に対して,近年,日本の「続く絆」モデルが世界にも賛美されている。定期的な儀礼を通じて,死者との関係を保ち続けることが生活の中に組み込まれてきたため,日本人は諸外国の人々よりも死別悲嘆をうまく受容できていたのである。この「続く絆」理論は,1990年代から欧米心理学の世界でも認められるようになった。こうした慣習は海外で高く評価されているにもかかわらず,皮肉なことに,その健全な慣習が激変しつつある。

 従来の日本社会では,伝統的な葬送儀礼や法事などを通じて,遺族は死別という悲しみを克服できたことが確認されている。例えば,

  • 1)一連の葬祭行事で死別を少しずつ受容し,心理的な区切りを付ける。
     
  • 2)死者との「続く絆」を肯定することで,生き続ける意味を再発見する。
     
  • 3)参集する親戚や知人の数が多いほど,慰めを受け,外出する機会が増え,社会との交流を持つ。
     

 しかしながら,日本社会の世俗化や核家族化,少子高齢化,価値観の多様性,そしてコロナ禍の影響などによって,経済的合理性という名の下で,密葬や直葬が増えている。その結果,日本的な区切りの行事,続く絆の構成,交流の機会が減少するにつれて,遺族の悲嘆が緩和され難い事例が増加している。葬儀の簡素化や省略が,本当に経済的で合理的なのか,ましてや遺族が死者と「続く絆」を持てるのか,甚だ疑問が残る。

 日本は今まさに高齢者の多死時代に突入している。十数年もたたないうちに,日本人のほぼ全員が家族や友人との死別に直面し,その死別悲嘆は日本社会に多大な影響を及ぼすだろう。具体的には,生産と消費の低下,身体的・精神的な不調や疾病,医療福祉への依存などが予測されている。日本の全人口の中で,どのような遺族が最も死別悲嘆による打撃を受け,自立が困難になるのか。どのような死生観や葬送儀礼,社会支援等が遺族の心を支え,医療福祉依存を軽減できるのかを解明すべく,私たちの研究班は,日本の超高齢社会における死別悲嘆を調査し,日本の生産性の維持や医療・福祉費の軽減,そして文化遺産の再評価をめざした。

 私たちが実施したパイロット調査では,葬送儀礼を行う僧侶等の協力のもと,2~8か月以内に家族を亡くした240世帯に対してアンケートを配布し,165件(約70%)の完全回答を得た。アンケートの回答結果を分析したところ,例えば下記の内容が明らかになり,各方面から注目を浴び始めている[PMID:32842880]。

  • A:死別悲嘆が深刻なほど生産性が落ちて,仕事の病欠が増え,精神的・身体的な疾患を抱え,多くの医療福祉に頼る(医療費がかかる)傾向にある。
     
  • B:葬送儀礼に満足し健全な形で死者との関係を保てる人には,Aの傾向が低く,逆に葬送儀礼に不満を抱える遺族ほど死別を受容できずに,後々精神的・身体的な不調を来し,医療福祉に依存する傾向にある。
     
  • C:なお,葬送儀礼の費用が高いと回答したのは低所得層ではなく,葬儀を省略し密葬にした遺族であった。葬送儀礼にお金をかけなかった遺族が,長期的には医療福祉により多く頼り,より多くの医療費を支払う傾向にあった。
     

 葬儀は,遺族をサポートし得る仲間が,一堂に会する貴重なチャンスでもある。悲嘆に暮れる遺族に対して,適切な診療を受ける励ましのためにも,自然なお付き合いを通じて医療を不必要にするためにも,日本の「続く絆」(葬送儀礼や法事)が大事な役割を提供しているようである。


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  • 中村 美鈴

    一般社団法人日本クリティカルケア看護学会代表理事
    東京慈恵会医科大学医学部看護学科教授

 関連学会の医療従事者の皆さまにおかれましては,新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の治療・ケアに第一線でご対応いただき,敬意と多大なる感謝を表します。また,COVID-19感染拡大防止に関するさまざまな制限と自粛要請に伴い経済的・精神的に影響を受けておられる方や,感染により闘病しておられる方へお見舞い申し上げます。

 一般社団法人日本クリティカルケア看護学会は,2005年に発足しました。会員数は,現在約1520人です。本学会は看護職を中心に構成され,「人々に貢献するクリティカルケア看護学の確立と発展を目指す」という趣旨に即して,活動に取り組んでいます。

 本学会において2020年は,設立後15年目の節目の年でありました。本学会の2020年の活動を振り返りますと,COVID-19拡大という未曽有の事態に対応するためにCOVID-19対策特別プロジェクトを4月初旬に発足しました。そのプロジェクト内には,臨床実践班と政策提言班の2つを設けました。具体的には,前者の臨床実践班からは「COVID-19重症患者看護実践ガイド」Ver.1とVer.2をいち早く公表しました。加えて後者の政策提言班からは,COVID-19に関する会員の皆さまへの現状調査をもとに迅速かつ精力的に分析し,クリティカルケア領域の医療・看護の持続力を維持するための対策を見いだしました。また,国際交流委員会からは,「ICU経験のない看護師のための重症患者管理クイックガイド日本語版」を公表できました。いずれも関連学会を含め広く知れ渡り,実臨床でも活用され,大きな社会貢献ができています。

 しかしながらCOVID-19との闘いは長期化しており,今後も引き続き専門学会として戦略的な取り組みが求められているところです。そのため本学会はあらゆる人々の生命や人間としての尊厳を尊重することを基盤にして,「クリティカルケア領域の医療・看護の質をまもる,医療者をまもる,社会をまもる」の3つをまもるために,その活動を継続的に行っております。

 次に,これまでの本学会における成果としましては,2015年には,本学会と人工呼吸療法を主導する日本集中治療医学会,日本呼吸療法医学会との合同で「人工呼吸器離脱に関する3学会合同プロトコル」を確立しました。2019年には,本学会と日本救急看護学会との合同で「救急・集中ケアにおける終末期看護プラクティスガイド」を確立しています。最近では,さまざまな施設のせん妄ケア項目を網羅的にまとめた「せん妄ケアリスト」を2020年に確立し公表しました。これらのガイドライン等は,エビデンスに基づいた内容と評価されております。本学会ウェブサイトに公開していますので,ご覧いただければ幸いです。

 2021年度からは,地区別の評議員の人数を段階的に増やし,会員の皆さまと共に,より学会活動を充実・発展させていきたいと考えています。また,俯瞰的な視点から社会情勢と近未来を見据えて,会員を取り巻く現状とニーズを把握し,課題の本質を見極めていきたいと思います。課題解決に向けて,必要時は改善,そして新規開拓を行いながら,前進して参りたいと存じます。本学会の「これから」に向けて,皆さまからも忌憚のないご意見をいただけましたら幸いでございます。どうぞご支援・ご指導のほどよろしくお願い申し上げます。


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  • 村垣 善浩

    東京女子医科大学先端生命医科学研究所 先端工学外科学教授・副所長

 2020年,第5世代移動通信方式である5Gが本格商用運用を開始した。技術の進歩は医療を変革する一つの機会であるが,5Gは動的あるいは大量の医療情報をほぼリアルタイムに伝送することで新たな医療形態を生み出す可能性を秘めている。

 同じ2020年,新型コロナウイルス感染症感染拡大を契機に,感染リスク低減を目的としたリモートワークやビデオ会議が急速に普及し,さらには遠隔医療の必要性も認知されてきた。現実には,再診を電話で行い処方箋を薬局にFAXするという従来技術によるものが中心だが,医師(Doctor)―患者(Patient)間のD to P遠隔医療の実例であり,病理や画像診断でのD to D遠隔医療も進んでいる。

 一方,われわれは滅菌手技を行う場としての従来手術室と異なり,部屋全体が一つの医療機器となるスマート治療室(smart cyber operating theatre:SCOT)を2014年よりAMED事業で開発してきた。術中MRIにより残存腫瘍を特定し,アップデートしたナビゲーションで誘導する手術室において200例以上の臨床研究を施行している。20医療機器が「モノのインターネット化」(IoT)により接続され,MRIや顕微鏡画像のみならず,神経モニタリングや術中フローサイトメトリー等の本質的でデジタル化された(DX)情報が,時間同期して戦略デスクで提示される。

 現在,戦略デスクは有線高速通信によって医局と接続,上級医師―現場医師間でのD to Dの遠隔意思決定支援を行える環境にある。そこに,高速大容量低遅延の5Gを組み合わせ,無線通信による遠隔手術支援が実現できれば,例えば上級医が出張中に緊急手術があっても携帯端末の戦略デスクから支援できる。逆にスマート治療室が病院を飛び出して(モバイルSCOT),医療過疎地域での診断や災害救急現場で高レベル治療を行うこともめざしている。

 遠隔医療の意思決定には,ほぼリアルタイムに可能な限りどこでも,本質的な医療DX情報を取得できることが必要であり,5G×SCOT戦略デスクが一つの解となるシステムである。空間を超えて専門医の支援が受けられることで地域格差が狭まり,難治疾患に対し世界中から超専門家が集まり最高チームで治療できることも可能となる。将来,より高速の6+G技術と,どんな状況でも通信中断や遅延が少ないより頑強な通信技術が開発されれば,究極の遠隔医療である手術ロボットを用いたD to P遠隔手術も可能になる。すなわち,どこでも誰でも高度均てん化した医療が受けられる時代が到来すると考える。


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  • 阿部 彩

    東京都立大学子ども・若者貧困研究センターセンター長
    東京都立大学人文社会学部人間社会学科社会福祉学教授

 「エビデンスに基づいた政策作り(Evidence based policy making)」の必要性が認識されて久しい。しかし,ほとんど活用されずに放置されているデータの山がある。それが,地方自治体が行う社会調査のデータである。

 都道府県,市町村などの地方自治体は,毎年,膨大な数の社会調査を実施しているが,その多くは単純集計表や簡単なクロス表を掲載した報告書を作成した時点で「終了」となり,データは手付かずのまま自治体の倉庫に放置されてしまう。筆者が知る中でも,調査事業の最終成果物が「報告書」であり,ローデータは保管されてさえもいなかったケースがある。この一因には,自治体が単年主義で動いていることが挙げられる。そのため,データを深堀りして分析することによって得られるエビデンスのほとんどは埋もれたままなのである。

 例えば,子どもの健康に関するデータがあったとしよう。報告書には年齢別と性別の集計表しか載っていない。しかし,子どもの健康対策に何が必要なのかを知るためには,まずは,どのような子どもにおいて,健康状態が悪くなるリスクが高いのかを判別しなくてはならない。それが,世帯の経済状況なのか,親の働き方なのか,食事の状況,親自身の健康状態なのか。「ああ,このクロス表があれば,もっとピンポイントに政策のターゲティングができるのに」。報告書を読んでいると,そのように感じることが多々あるのである。

 筆者が勤める東京都立大学子ども・若者貧困研究センターは子どもの貧困の研究に特化したセンターであるが,中でも特に自治体の社会調査を活用することを積極的に行っている。2013年に制定された「子どもの貧困対策の推進に関する法律」では,自治体が子どもの貧困の実態を把握し,対策の計画を策定することを努力義務化している。そのため,多くの自治体が子どもの生活実態に関する調査を行っているが,それらが十分に活用されずに棚上げされてしまっているのが現状である。当センターでは,自治体一つひとつと交渉し,そのデータの二次利用の許可を得ている。これまで,東京都をはじめ,広島県,山口県,高知県,長野県,東京都世田谷区など10を超える自治体とデータの二次利用の協定等を結んできた。2019年8月には,本学と北海道大学,沖縄大学,大阪府立大学,東京医科歯科大学,日本福祉大学の6大学で,子どもの貧困調査研究コンソーシアムを結成し,多くの研究者と協力しながら,子どもの貧困政策のエビデンスを自治体データから掘り起こす作業をしている。

 正直なところ,自治体との交渉は簡単なものではない。自治体の方々に詳細分析の利点を理解していただき,二次利用に関するさまざまな規定を時には1から作り直してもらい,個人情報保護などの重要なハードルをクリアし……と交渉は1年を超えることも多い。しかしながら,自治体の倉庫にデータを埋もらせず,そこから政策エビデンスの最後の一滴まで絞り出すことは,自治体のより良い政策作りのためにも,調査に協力してくださった回答者の方々のためにも,研究の発展のためにも,不可欠のミッションなのである。


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  • 菅野 武

    東北大学病院総合地域医療教育支援部(消化器内科兼務) 助教
    東北大学東北メディカル・メガバンク機構地域医療支援部門

 2021年3月11日,約2万人の命を奪った東日本大震災の発災から10年を迎える。公立志津川病院内科医としての勤務中,大地震に続いて襲った津波に住んでいた町が押し流されたあの日は,私の人生の変曲点であった。

 多くの仲間,友人,患者を目の前で失い,残された命をこれ以上失いたくない一心で,被災超急性期の救出活動とその後南三陸町で医療支援チームマネジメントにかかわることができた。それがきっかけで私は2011年4月末TIME誌「世界で最も影響力のある100人」に選ばれた。

 分不相応な選出に「苦しんだ日本人の負けない気持ちを伝えてくれ」と仲間から背を押され,メッセンジャーとしての役割を果たそうと努めてきた。災害,医療,地域コミュニティ,教育など国内外での講演は10年で200回を超え,聴講者は延べ1万5000人以上となった。特に故・日野原重明先生に招かれご一緒した講演会が印象的であった。「いのちつなげる,いのちつながる」として,日野原先生の生き方といのちの授業に触れ,つらい経験そのものを語るだけでなく,苦しみや悲しみを経験したものとして立ち上がるしなやかな強さ,すなわちレジリエンス(Resilience)を社会に根付かせるために役割を果たさなくてはいけないと教えていただいた。

 一人ひとりの心におけるレジリエンスだけでなく,集団で同じ目標や知識を共有することで生まれる社会としてのレジリエンスもある。医学研究はその一例だろう。災害ストレスにより発災1週間後に胃潰瘍・十二指腸潰瘍が有意に増加し1),同時期に心不全・急性冠症候群・脳卒中も増加,肺炎は遷延して増えること2)が東日本大震災の研究から明らかとなり,深部静脈血栓症以外にも「災害時内科系疾患」というべき状況が起こることを示せたことは,災害医療における備えと支援に変化をもたらした。

 また被災地域が支援を受け止める「受援」の重要性が東日本大震災後に一層注目された。甚大な被害を受け復旧に時間を要するケースでは医療・保健・介護・行政のネットワーク作りが受援に必須であり,急性期から被災地域の自立をめざした支援と受援調整をすべきと南三陸町の経験から提言した3, 4)

 そしていま,東北大学と福島県立医科大学の共同企画として「コンダクター型災害保健医療人材の養成プログラム」を,震災当時石巻赤十字病院で医療チームの陣頭指揮を執った石井正教授(東北大総合地域医療教育支援部)の下で進めている。従来のトピックごとの研修を横断的に俯瞰し,被災前対策,被災時対応,急性期から自立への支援,受援,次への提言をひとつながりに学び議論する機会を提供することは,すなわち困難から学んだレジリエンスを社会に根付くものとする一助になると信じている。


参考文献

1)J Gastroenterol. 2013[PMID:23053423]
2)Eur Heart J. 2012[PMID:22930461]
3)菅野武.東日本大震災における医科歯科保健対策――被災した医療者としての視点,災害時受援体制の構築と課題:南三陸町の事例を通して.救急医.2018;42(8):931-40.
4)菅野武.東日本大震災を通して,私たちが残せるものとは何か.公衆衛生情報みやぎ.2015;443:1-6.


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  • 紅谷 浩之

    オレンジホームケアクリニック理事長

 私たちは「症状や状態,年齢じゃなくって,好きなことする仲間として,出会おう」を合言葉に,2020年春,長野県軽井沢で新しい取り組み「ほっちのロッヂ――診療所と大きな台所のあるところ」の運営を始めました。

 医療や福祉の世界は誰にでもわかりやすいように病名や障害の状態,年齢などで分類されています。老人ホーム,認知症カフェ,高齢者向け住宅,身体障害者施設,こども発達センター,ホスピス……,といった感じです。一見わかりやすい分類に思えますが,そこにいる本人はそのラベルのみで生きているわけではありません。例えば,話好きで手先が器用で,ちょっとしたものならなんでも自分で作ってしまうようなおじいちゃんは,認知症かもしれないけれど,優しくて孫が来るといつもお小遣いをあげちゃうような人なのです。ほっちのロッヂは制度上,診療所と訪問看護ステーションに加えて,デイサービスと病児保育を営んでいることになりますが,ここを「ケアの文化拠点」にしたいと思っています。

 ロッヂには毎日いろんな方が集まります。あえて年齢でいうと0歳から100歳まで,症状や状態でいうなら,医療的ケア児,終末期がん患者,透析患者,不登校の生徒,アーティスト,インターン,ボランティアまで実に多種多様です。こうした環境では一方通行ではない,ケアの循環が生まれます。がんにスポットライトを当てれば,看取りに向けたケアを受ける患者でしかないかもしれませんが,ここでは,診察を待つ子どもたちの体調を気にしたり,昼寝しているケア児に毛布を掛けてくれたりする存在になれます。

 病気との戦いの結末が治るか死ぬかしかなかった時代とは異なり,今は治りも死にもしない病気が増えています。つまり,病気と付き合いながら生きていく時代です。戦争や災害,高度成長期など,時々の社会背景に合わせて求められる医療の姿は変わってきました。長生きを目標に誰もが同じ医療を受けたいと思っていた時代から,自分らしさを前面に出し,個別性や多様性を発信することで,互いを認め合う時代になったのです。病気や障害と付き合いながら人生を全うすることが当たり前になりつつある今,医療の果たすべき役割は一体どんなものでしょうか。2021年は,そんなことを日々考えながら,いろんな人の人生が重なる交差点のような場所で,医師として,また一人の人間として自分の佇み方を考える1年としたいと思います。


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  • 中垣 恒太郎

    日本グラフィック・メディスン協会代表
    専修大学文学部英語英米文学科教授

 「グラフィック・メディスン」とは,医学,病い,障がい,ケア(提供する側および提供される側)をめぐる包括的な概念であり,領域を横断し,臨床の現場からグラフィック・アートまでをつなぐ交流の場を作り上げようとする取り組みです。その一環として,マンガをコミュニケーションのツールとして積極的に取り上げたり,マンガの制作を通して気持ちや問題を共有したりする活動が行われています。

 グラフィック・メディスン学会は英語圏の医療従事者を中心に2007年に発足し,2010年以降は年次国際学会も開催されています。コミックス・アーティストの講演,事例報告からメディカル・イラストレーターを招くワークショップまで多彩なプログラムで構成されています。その概念と理念に関しては,『グラフィック・メディスン・マニフェスト――マンガで医療が変わる』(北大路書房,2019年)をぜひご参照ください。それぞれの専門領域は個々に進展していながらも自身の専門領域外の状況が見えにくくなっている中で,さまざまな分野が横断するプラットフォームを形成し,それぞれが自分の声を見つける成長共同体をめざす姿勢に特色があります。

 グラフィック・メディスンが英語圏で発展してきた背景に,移民社会の多様性を挙げることができます。医療行為や体調不良に関して,医療にまつわる知識を共有していない医療従事者と患者との間で相互に伝達することは簡単なことではありません。医療現場におけるコミュニケーション・ツールとしてのマンガの活用に国際的な注目が集まっています。高齢化,多様化が進む日本においても期待されている領域です。

 こうした動向を受けて,私自身が発起人の一人となり2018年に日本グラフィック・メディスン協会を設立しました。英語圏のグラフィック・メディスン協会とも連携を取りながら,日本のマンガおよび医療を取り巻く文化環境を生かした活動を展開しています。私の専門領域である比較メディア文化研究の観点からは,医療にまつわる日本のマンガがどのような社会的機能を持つのかを探っています。その一端として,『医療マンガ50年史』(サイカス)の刊行を2021年初頭に予定しています。他にもマンガ表現を医療現場に活用する試みなど,さまざまな分科会活動を準備しています。

 医療従事者と,当事者となる患者(と家族),世論としての社会や医療行政などのコミュニケーションをマンガでつなぐ「グラフィック・メディスン」の可能性を,ぜひ多くの皆さんとご一緒に探っていくことができますことを願っています。


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  • 榎木 英介

    科学・政策と社会研究室代表理事
    病理専門医・細胞診専門医

 新型コロナウイルスの感染拡大は,学術論文の在り方に大きな影響を与えた。その一つは誰でもアクセスできるプレプリントサーバーに投稿される未査読論文が爆発的に増えたことだ。2020年12月14日現在,医学系及び生命科学系論文の主要なプレプリントサーバー,medRxivとbioRxivには新型コロナウイルス関連の論文が1万1416報(medRxivが8933報,bioRxivが2483報)掲載されている。新型コロナウイルス関連の論文は他のプレプリントサーバーにも投稿されているので,これ以上の関連論文が投稿されていることになる。この緊急事態に早く論文を出すべきであるというのは当然ではあり,プレプリントがそのために活用されている状況が見える。

 しかしながら,プレプリントは査読がないために玉石混淆である。ある程度の形式的な質のチェックはなされるものの,内容は他の専門家のチェックを受けていないからだ。撤回論文監視サイトRetraction Watchによると,2020年12月14日現在medRxivに掲載された8報の論文とbioRxivの論文が4報撤回された。

 こうした中,プレプリントの段階でメディアに報道され,政策や人々の消費行動に影響を与える論文が出てきている。一部の地方自治体の政策決定にかかわる会議で,プレプリントの段階の論文が根拠として議論されるなど,批判の声が一部で上がった。

 もちろん,査読があれば良いというわけではない。さまざまな査読論文誌がパンデミック下で査読過程を迅速化して対応しているが,Lancet誌やNEJM誌に掲載された論文が,生データの確認ができないということで撤回された。こうした一流誌の論文が撤回されたことは衝撃を与え,査読制度にも大きな問題があることを知らしめた。上述のRetraction Watchによれば,新型コロナウイルスに関する査読された論文が27報撤回されている。査読の有無にかかわらず,パンデミック下において迅速に論文を公表すべき状況で,いかに正確性を担保すべきかは大きな課題となっているのだ。

 新型コロナウイルスのパンデミックは,学術情報の在り方に大きな問題を提起した。迅速化と正確性をどう両立するのか。誰でも論文が読めるオープンアクセスをどう推進するか。あらゆる論文が「中間報告」でしかないという前提で,どのように報道していくのか。こうした課題は医師,医療関係者,メディア,そして市民あらゆる人に投げ掛けられた今年の宿題だと言えるだろう。

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