国際学会での発表に挑戦しよう!
英語による発信で,世界の仲間と共に研究に磨きをかける
寄稿 池田 真理
2020.11.23
【寄稿】
国際学会での発表に挑戦しよう!
英語による発信で,世界の仲間と共に研究に磨きをかける
池田 真理(東京女子医科大学看護学部看護管理学 教授)
研究を実施し,その成果を発表するのは研究者に求められる当然の役割であり,研究者の倫理面からも重要な営みである。研究成果の発表対象を日本の聴衆だけにとどめず,共通の興味関心を持つ世界の研究者や実践者に対し英語で発信することをお勧めしたい。自分で行った研究成果を広く発表すれば同じ志を持つ仲間を多く得ることができ,研究をより発展させるヒントを獲得できるからだ。
研究を始めたばかりの若手研究者は,いきなり日本を飛び出し国際学会で発表するなど無理だと思っているかもしれない。しかし,海外に出て世界の研究者の視点を知ることは,翻って日本の現状や課題を理解することにつながると私は考えている。
科学の知を世界の研究者と共に開発する心構えを
国際学会の参加を思いとどまってしまう大きな要因に言葉の問題がある。しかし心配することはない。コミュニケーションは言語だけではない。身ぶり,表情,アイコンタクトだけでも伝わるものがある。
対話は「話し手」と「聞き手」で成り立つ。話すのが苦手であれば,聞き役に徹した参加だけでも得るものは大きい。英語の習得には時間が掛かるが,徐々にできるようになる。英語を習得できれば,世界中どこへ行っても自由に使える切符を手に入れたことになる。
国際学会の発表でもう一つ心配されるのが発表後の質疑応答だろう。質問が怖いと感じる人も多い。発表内容は周到に準備して臨むのに,なぜ質問が怖いと感じるのか。その要因は2つ考えられる。1つ目は,英語の質問内容が聞き取れないこと。これは,質問者に繰り返しゆっくり話してもらい,正しく理解できたかを確認する質問を返す。そのフレーズを用意しておけば,たじろがずに済む。慣れさえすれば,堂々と受け答えできるようになるだろう。
2つ目は,厳しい質問に自分自身の愛しい研究が批判されたと思ってしまうことだ。確かに,英語圏の聴衆は発表の結果をクリティカルに分析し,鋭い質問を投げ掛けてくる。実際はそこまで厳しく質問する意図はないのだが,厳しい批判と受け止めてしまうかもしれない。研究にはどうしても限界がある。完璧ではないことを自覚し,回答に困ってもいいと割り切ることだ。質問者はあなたの発表に関心を持ってわざわざ会場まで聞きに来ているのだから,その会場にいるのは自分と同じように科学の知を開発していこうとしている仲間だと思って誠実に応対しよう。国際学会での発表は試験ではないのだから。
発表の成功は万全の準備にあり
国際学会での発表に臨む上で私が大切と考えるのは,①自分の研究結果を正しく伝えるために,そこにいる聴衆のレディネスを知ること,②伝えたいことを盛り込み過ぎないこと,③ロジックを組み立て,構成を徹底的にブラッシュアップすること,④十分に準備すること――の4点である。
世界各国の著名人によるスピーチ動画を配信するTEDのプレゼンテーションが聴衆の心をつかむのは,声のトーンやジェスチャーへの配慮はもちろん,構成を徹底的にわかりやすくし,興味を引きつけているからだ。
そして,発表の成功は万全の準備をすることに尽きる。発表は時間制限がある。時間内に終わるように読み原稿を英語で作るのは良いが,会場で棒読みするのは避けたい。せっかく聴衆がいるのだから,アイコンタクトを心掛けよう。その気配りだけでも聴衆を引きつけた発表になる。
時には臨機応変な対応も必要だ。私が海外の国際学会で初めて発表した時のこと,1日目に聴講した口演発表の会場は質疑応答が活発でワクワクした。そこで急きょ,自分の発表でも制限時間内にたくさん質問してもらおうと,発表内容を懸命に短くした思い出がある。聴衆の反応はわかりやすく,片言の英語にも寛容だった。
国際学会に参加して初めてわかることも多い。「英語が上手くなってから」と思わず,今取り組んでいる研究結果を携えて国際学会に出掛けてほしい。
国際学会での発表を自分のキャリアにおける目標と位置付けることで,世界の若手研究者や,尊敬する研究者に会うこともできる。私が大学院生の時に研究したテーマで,産後うつ病の先行研究を数多く出されているC. T. Beck先生に国際学会で会えた時は本当に感激した(写真1)。
写真1 米イリノイ大で2019年5月に開催された15 th International Congress of Qualitative Inquiryの会場にて,C. T. Beck先生と談笑する筆者。国際的に著名な研究者と直接交流できるのも国際学会の醍醐味だ。
コロナ禍でもオンライン発表で国際交流の意義を体験
海外への視野は学部生のうちから持ってほしいと考えている。看護の概念にはもともと,国境も人種も文化も越えた「国際看護」の考えが包含されている。国際看護師協会(ICN)の倫理綱領の前文には,「看護のニーズはあらゆる人々に普遍的である。(中略)看護ケアは,年齢,皮膚の色,信条,文化,障害や疾病,ジェンダー,性的指向,国籍,政治,人種,社会的地位を尊重するものであり,これらを理由に制約されるものではない」とある。
私は現在,本学の学生に「国際看護」を教えている。本学は国際化推進のビジョンとして,cultural competence(文化の相違を理解し,それに対応した医療行為,看護実践を提供する能力)を備えた医療人の養成をめざしている。OECDが進める学習到達度調査(Programme for International Student Assessment:PISA)のウェブサイトでもグローバルコンピテンシーを「ローカル,グローバル,異文化の課題を観察し,他者の視点や世界観を理解して尊び,異なる文化の人々とオープンで適切かつ有効な交流を行い,集団的なwell-beingと持続可能な発展のために行動する能力」(https://www.oecd.org/pisa/pisa-2018-global-competence.htm)と掲げ,若い世代の異文化理解を重視している。
国際看護の講義では,国内外において看護ニーズを持つさまざまな文化背景の人々への理解を深め,適切な看護を提供する上で看護職者に必要とされる基本的な概念の理解と国際的視点について学ぶことを目的に,4年次の選択科目として行っている。国際的な視点,海外の医療制度,国際機関の役割などを学ぶ。例年,海外研修に参加した学生の経験や日本での異文化体験について発表する機会や,海外の健康や生活にかかわるトピックスを各自で調べ発表する場を設けている。
ところが今年に入りCOVID-19の世界的な流行を受け,海外に渡航する国際交流事業は年度内全て中止となってしまった。そこで代替策として実施したのが,ウェブ会議システムを用いたバーチャル・エクスチェンジである。
実際に渡航できないため,国際看護の講義の中で本学の協定校とオンラインでつなぎ相互交流を企画した(写真2)。交流授業では,現在の国際的な関心事項であるCOVID-19をテーマに,他国の学生と共有したいトピックをグループで選定。その後,調べた内容を米国の協定校である,ハワイ・パシフィック大学(HPU)の学生に英語で発表するという課題を設定した。
写真2 東京女子医大看護学部4年次の学生を対象とした「国際看護」の講義で,海外の協定校(HPU)の学生とオンラインで交流する様子。
準備には看護系教員だけでなく,語学を教える人文系教員のサポートも得た。先述の①~④に即し,ロジックの組み立て,ビジュアルで伝える工夫,英語の練習など,学生は積極的に取り組んだ。プレゼンテーションが終わった時の学生の笑顔から,コロナ禍で実現した国際交流の意義が確認できた。
*
Withコロナ時代の国際学会はこの先,どのような形式が定着するかは予想がつかない。オンライン開催によって双方向の相互交流が物足りないと感じる人がいれば,オンラインになったことで移動や時間など物理的な障壁が減って参加しやすくなったと感じる人もいるだろう。若手研究者には,環境が変わっても自分が発表する場に国際学会を位置付けてほしい。国際学会は自身の研究を磨いてくれるだけでなく,同じ志を持つ仲間や,世界レベルのロールモデルと出会える貴重な場になるからだ。
第40回日本看護科学学会学術集会(2020年12月12~13日,https://site2.convention.co.jp/jans40/)にて,同委員会企画のシンポジウム「国際学会オーラルプレゼンテーションへの第一歩」(13日9時00分~9時50分)を開催する。国際学会で発表するコツや経験者の話を聞ける機会を設ける予定。奮って参加していただきたい。
いけだ・まり氏
1989年東大医学部保健学科卒業後,花王株式会社に入社。その後,厚労省で看護行政などに従事。筑波大大学院教育学修士(カウンセリングコース),東大大学院保健学博士。2011年東大大学院医学系研究科健康科学・看護学専攻助教,16年より現職。日本看護科学学会国際活動推進委員会委員長を務め,学術(看護学)の国際交流とグローバル化への対応に当たる。
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