医学界新聞

2020.11.09



Medical Library 書評・新刊案内


NHKスペシャル
人体Ⅱ 遺伝子

NHKスペシャル「人体」取材班 編

《評者》石野 史敏(東京医歯大難治疾患研究所教授・エピジェネティクス分野)

ヒトはゲノムから,自分自身をどこまで理解できるか?

 2003年にヒトゲノム計画は完了し,全ゲノム配列が明らかになった。しかし,計画が最終目標に掲げていた「ヒトゲノムの機能を完全に読み解く」ことはまだできていない。予想よりもはるかに少ない2万の遺伝子しかなく,それが占める部分はゲノム全体のたった2%ほどしかない。ヒトゲノムの残り98%は一見,訳のわからない無意味なDNAで占められているが,世界中が競って集めた疾患SNPデータのその多くがここにマップされた。

 『NHKスペシャル――シリーズ「人体」II 遺伝子』には,このヒトゲノムの98%部分に潜んでいる機能に関する研究の最前線が取り上げられている。第1集では,この未知の部分にあるたった1つのDNA塩基の変異(SNP)がヒトの表現型に影響を与える例がいくつか紹介されている。これは,さまざまな環境に適応してきたヒトの進化における自然選択の歴史を物語っている。最先端の分子生物学は,これにどのような説明を与えるのか? SNPが遺伝子発現メカニズムに与える影響を,CGの力も借りてわかりやすく紹介している。ここからわかるのは,疾患にかかわる一つひとつの遺伝子変異やSNPがヒトの表現型に与える影響を,丁寧に深く掘り下げていく地道な研究者の努力が心踊る発見につながっていくのであり,その成果の積み重ねが,最終的に「ヒトゲノムの機能を完全に読み解く」ことにつながることである。

 第2集では,同じDNA配列を持つにもかかわらず,多様な表現型を生み出す原動力であるエピジェネティクスに焦点が当てられている。第1集で扱ったDNAの変異(配列の変化)がどのように表現型に影響を与えるかに対し,エピジェネティクスは1つの受精卵から多様な細胞,組織を持つ個体を作り上げる機構を理解するための,DNAメチル化による遺伝子発現のスイッチ機能や,ヒストン複合体によるクロマチンの構造変化の重要な役割などが紹介されている。

 読者の皆さんは,この本で語られる新しい世界観にきっと驚かされるだろう。「ゲノム情報からヒトを理解する」研究がここまで進んでいることにきっと感動を受けるであろう。同時に,生物の多様性を守るために人類は何をなすべきなのか? これらの技術が将来の人類社会,生物界に与える影響も問い掛けている。ヒトゲノム研究は慎重に進めなければならないが,この本には多くの日本人研究者の仕事が紹介されており,若い世代には,そこには魅力に満ちた世界が広がっていることを知って欲しいと思う。

 最後に,オリジナリティー溢れる世界の一流研究者への取材を,美しい風景写真,見事な電子顕微鏡写真,細胞世界を分子レベルで表現したハイレベルのCGを盛り込み,素晴らしい本にまとめあげたNHKスペシャル「人体」取材班の努力に敬意を払いたい。

B5・頁224 定価:本体2,800円+税 医学書院
ISBN978-4-260-04244-4


不明熱・不明炎症レジデントマニュアル

國松 淳和 編

《評者》萩野 昇(帝京大ちば総合医療センター第三内科学講座講師(血液・リウマチ))

通読後も折に触れて読んで使い倒していくべき本

 COVID-19の波が世界を押し流している。まさしく「パンデミック」の風景であるが,このパンデミックは各社会が内包する脆弱(ぜいじゃく)性を片端から明らかにしつつある。わが国の診療現場においても,少なからぬ数の「システムエラー」が明白になったが,その一つに「日常診療において『発熱患者』に対してどのようにワークアップすればよいのか,きちんと理解して診療している医師は決して多くない」という不都合な事実がある。卒前の医学教育において,疾患ごと・臓器ごとの縦割りの教育(そのメリットが幾分かは存在することは,旧世代の医学教育を受けた者としては,一応留保をつけておきたいところではあるが)を受け,卒後の臨床現場では多くはon-the-job trainingの形で,教える側の医師の専門性に大きく偏った教育が施される現状であれば,今後もしばらくは慣性的に現状が維持されるのではないかと悲観せざるを得ない。

 そのような状況で出版された『不明熱・不明炎症レジデントマニュアル』は,「遷延する発熱=不明熱」ならびに「不明炎症」という,非常にありふれていながらぞんざいな扱いを受けてきた症候に対して,多くの分野の専門家が寄稿する形でまとめられた1冊であり,まさにwith COVID-19の一著としてふさわしい内容である。編者の國松淳和先生はすでに類似テーマで『外来で診る不明熱――Dr. Kの発熱カレンダーでよくわかる不明熱のミカタ』(中山書店,2017),『「これって自己炎症性疾患?」と思ったら――疑い,捉え,実践する』(金芳堂,2018)などのスマッシュヒットを飛ばしておられるが,今回のレジデントマニュアルは過去の単著よりもやや基本的なレベルに読者対象を絞っており,「レジデント」が踏まえておくべき内容として適切と思われる。一方で,「コアな國松ファン」にとっては,やや食い足りない感じも否めないが,そういう読者に向けては國松節全開の10章「とにかく全然わからないとき」,付章「こっそり読みたい『不明熱マニュアル外伝』」が準備されている。ただし,付章については「コアな國松ファン」は立ち入り禁止の札が立っているので,そういう意味でも「こっそり読みたい」。

 章立てとして「検査(4章)」「疾患(5,7,9章)」「症候(6,8章)」と分けられているのも素晴らしい。疾患・症候がわざわざ2群に分けられていることからは,最初からまれな事象を考えるべきではなく,同時にまれな事象を見落としてはならないという編者のニッチな切り口がうかがえる。言い換えると,5章から9章に至るまでの流れには「病名がなくてもできること」があるだろうという編者の思想をバックグラウンドとして見てとることができる。

 「コアな國松ファン」であると同時に「不明熱・不明炎症屋」の端くれとして,自分ならどう書くだろう,と考えたとき,「状況による分類」をもう少し前面に打ち出すのではないか,と思った。つまり,本書では「渡航関連感染症」のみ「状況」が明記されているが,それ以外にも「高齢者・超高齢者」や「透析患者」「担がん患者」という切り口があっても良い。第2版以降に期待したい。

 総括すると,本書はレジデントマニュアルシリーズの他の本と同様,1回軽く通読して「脳内にOSをインストール」し,折に触れて(不明熱・不明炎症の患者を診療する度に)該当部分を読んで使い倒していくべき本である。お手元に置かれることを強くお薦めしたい。

B6変型・頁498 定価:本体4,500円+税 医学書院
ISBN978-4-260-04201-7


基礎から学ぶ 楽しい疫学 第4版

中村 好一 著

《評者》堤 明純(北里大医学部教授・公衆衛生学)

人間を対象とした学問だからこその面白み

 『基礎から学ぶ 楽しい疫学』の第4版が出版された。この業界(?)では有名な本で,どの版も8刷,9刷を重ねている。PR通り,疫学の初学者にはとてもよい本だと思う。単著であることは,この本の特徴の1つで,章ごとに質,量ともに濃淡なく,必要最小限の(と著者が考える)情報が整理されている。

 私は,2002年4月に著者の署名入りの初版を読んでから,本書のファンの一人で(第2版,第3版も購入),現職では,学部学生に準教科書として紹介している。大学院生には必読書として,早期に3回読むように助言している。私の研究室で学んでいる大学院生は主に実務者で,修了後には,論文をきちんと読めて,現場で疫学を道具として使い(妥当な調査をし),その結果を現場に応用できるようになってほしいと考えている。もちろん,著者も記しているように,別に勉強しなければわからないところもある。例えば,マッチド・ケースコントロールスタディのオッズ比の計算はサラッと流しているし,臨床疫学の章は初学者にはやや難しいかもしれない。本書を取り掛かりにして,研究を進めるに従い,学習を深めてもらいたいと願って指導している。

 改訂を重ねているが,ほぼ同じ(ハンディな)厚さを維持している。今回,黄色の基調は変わらないがシックな装丁に変身し,扉の表題も縦書きになった。「著者に何か心境の変化があったのか?」「比較的若い読者層の受けはどうか?」などといらぬ心配をしてしまうけれども,通底している本書の哲学は変わらない。脚注が面白いというのも定評だ。「脚注だけでも面白い」というキャッチがあるが,もちろん,脚注だけ読んでも意味はわからないので,本文と一緒に堪能されることをお勧めする。実は,表の中にしれっと挿入されているコメントも面白い。人間を対象とした学問だからこそ,思い通りに測定できないことがあり,対象者の常識的な反応をよく考えて研究をデザインすることなど,気付きを与えてくれるところが多い。

 版を重ねて約20年。初版から数えて変わらないことがいくつかある。その1つは,第1章冒頭の“point”の「まだまだ足りない疫学者と疫学の視点」である(だから,私みたいな者がやっていけているのかもしれない)。ここ数年疫学者は増えてきているように思える。しかし,今回,四読して(実際にはもう少し繰り返している),やはりまだまだできていないなと反省した。一方で,前3版と変わったのは,第13章の内容。ここだけ英語の副題がついていて,何やら,後進に託す言葉のようにも読める。

 最後に,次回の改訂について注文を。評者は,疫学初学者の躓(つまず)きの危険因子の1つは,用語のなじみのなさだと確信している。「デッドセクション」は,第3版の序を読まなければ,万人に意味が通じない。コラムの脚注が必要である。

 ――ということで,中村先生,もう少し楽しませてください。

A5・頁242 定価:本体3,200円+税 医学書院
ISBN978-4-260-04227-7


《ジェネラリストBOOKS》
子どものけいれん&頭痛診療

二木 良夫 著

《評者》児玉 和彦(こだま小児科理事長)

これを読めば小児神経の外来診療ができる!!?

 私は,子どもの診療が得意な総合診療医として,小児診療と総合診療の両分野でお仕事をさせていただいています。数年前,小児のまれな疾患についての症例カンファレンスをする機会をいただいたときに,最初の数分で見事な推論から一発診断をしたのが二木良夫先生でした。本書は,「けいれん」と「頭痛」について,米国小児神経科専門医でもある二木先生のあふれんばかりの情熱と,整理された知識と経験が詰め込まれた良書です。

 子どもの「けいれん」は,小児科医にとってはコモンディジーズですが,総合診療医としては対処に悩むテーマです。熱性けいれんの対応に自信を持つには,本書にあるフローチャートをみるとよいです。熱性けいれんの子どもを持つ親御さんからのさまざまな質問に答えるためのエビデンスに基づいた説明例が記載されているのも,初学者には親切です。

 また,小児科医でも苦手な子どもの「てんかん(発作)」について,専門医の視点からわかりやすく記載されていて,多くの気付きがあるところが本書の真骨頂です。「Rage attackはてんかんではない」など,てんかんに似た病気の鑑別はベテラン小児科医でも役に立ち,明日からの診療意欲につながります。付け焼き刃では専門家にはかなわないことがわかります。

 一方,「頭痛」診療は総合診療医が得意とするところですが,小児科医からは鑑別診断が十分に挙がってこないことがあります。小児科医が正しく片頭痛を診断することは,子どもたちの学校生活において非常に重要です。本書では二木先生の平易な語り口で,片頭痛について学べます。子どもから適切な病歴を得ることは難しいですが,それについても小児神経科医ならではのアドバイスをもらえます。後半に書かれている片頭痛の治療,特に予防投与の解説は,果たしてプライマリ・ケア医がどこまでやってよいのかと迷ってしまうくらい,「明日から処方できる」具体的な記述になっています。

 随所にちりばめられる米国での臨床経験からのピットフォールとコツは,本書でしか読めない内容で,これだけでも価値があります。頭部CTをどの症例に撮るべきか,眼底の診察はどのようにするべきかなど,日本の現状を踏まえた二木先生だからこその,バランスのよい意見には納得するところが多いでしょう。

 何よりすごいのは,この本が一人の開業医によって書かれているところです。忙しい一般診察を丁寧に笑顔で行いながら,執筆を続けた二木先生はすごい! と思います。たくさん勉強して,たくさん患者さんをみる医者は最強であると再確認させてくれる本書を,子どもをうまく診療できるようになりたいあなたにお薦めします。

A5・頁162 定価:本体3,500円+税 医学書院
ISBN978-4-260-04278-9


病院前救護学

郡山 一明 著

《評者》南 浩一郎(一般財団法人救急振興財団救急救命東京研修所教授)

救急行政に携わる方々に一読を強く薦めたい

 「病院前救護学」というと今まではそれを簡潔明瞭に説明できる書はなかったように感じる。そもそも,救急救命士制度は1991(平成3)年4月23日に救急救命士法が制定されて制度化された。成立してわずか20年しか経過していない新しい制度である。『病院前救護学』の著者である郡山一明先生は,その創生期から救急救命士教育の中心となり活躍されてきた。病院前救護学とは何かを問うには,著者をおいて他にはいないのではないかと私は思っていた。

 この本の大きな特徴は,著者が救急医療,救急救命士養成,救急医療行政という3つの最前線に立っていた経験に基づき,病院前救護とは何かを三次元的視点から簡潔明瞭に述べている点である。医療関係者からの視点のみの場合,ややもすると「病院前救護学」を疾患別に対応する救護マニュアルにしてしまいがちになる。また,そのような著書は救急医向けには多く書かれている。また,救急救命士養成者の視点からでは,何を教えればよいのかという教育論になりがちである。また,行政に携わってきた人によると,行政からみた救命士制度論になってしまう。本書は,「病院前救護とはどういうものか?」という問いに,病院前救護の定義,現場論,チーム論,訓練論,人材育成論,地域解析論,将来的な救命士像という視点から解析し,体系化している。

 さらに,この『病院前救護学』の特徴になるのは,随所に使用された図や表である。郡山先生の講義を受講したことがある方は納得できると思うが,著者の講義はとにかくわかりやすい。講義中のスライドに使用される図は,抽象化した概念を頭の中できちんと具体化させてくれる。また,この図が珠玉であり,本書を読み返すときには図を追いかけるのみで内容が蘇ってくる。これは,著者の類まれな才能を反映したものであり,他書にない魅力ではないかと思われる。

 私自身,救命士教育に携わって10年以上経過した。業務をこなす日常に追われて,「病院前救護学」とは何かを体系化する努力などまったくしてこなかったと感じる。また,現場で日々活躍されている救急救命士や救急医においても同じではないかと推察される。知識,経験は豊富であるが,整理がついていないという方には,本書の一読を強く薦める。また,これから救急救命士をめざす方,救急医をめざす医師,救急行政に携わる方には必読の書ではないだろうか。

B5・頁178 定価:本体3,600円+税 医学書院
ISBN978-4-260-04275-8


BRAIN and NERVE
2020年07月号(増大号)(Vol.72 No.7)
増大特集 神経倫理ハンドブック

《評者》廣瀬 源二郎(浅ノ川総合病院顧問/脳神経センター長/てんかんセンター長)

神経疾患患者の倫理的問題で迷った時に手にしたい一冊

 「神経倫理ハンドブック」をテーマとして増大特集として発行された本誌では神経疾患における倫理的課題が西澤正豊先生の倫理総論を筆頭に種々の角度から取り上げられている。評者は私立医科大学で退職までの20余年倫理委員会の長を務め,毎年新入医学生に「めざすべき医師像」を講じた経験から書評を引き受けた。

 「医の倫理」の歴史は紀元前4世紀の「ヒポクラテスの誓い」に始まるも,2000年以上を経過し,ギリシア時代の医の倫理観も現代化されねばならない大きな社会環境の変化があり,世界医師会(WMA)の「ジュネーブ宣言」(1948年採択,2017年改訂),「ヘルシンキ宣言――人間を対象とする医学研究の倫理的原則」(1964年採択,2013年修正),「患者の権利に関するリスボン宣言」(1981年採択,2015年再確認)や米国発祥の現代版「Dr. Louis Lasagna's Oath」や2002年の米国内科専門医認定機構(ABIM)を中心とした新しい内科医プロフェッショナリズムなどが世界的に見られる。わが国でも平安期に編纂された最古の医学書『醫心方』の総論治病大體部の項に立派な「医の倫理」がまとめられており,「病を治すに欲すること,求めることなく大慈惻隠の心を持ち,救いを求めて来た人は貴賤・貧富・長幼を問わずに治す」とある。江戸時代には曲直瀬(まなせ)道三(どうさん)の『道三切紙』にも五十七箇条からなる医家の心得が,さらに二代目道三は『延寿院医則十七条』を作成,その門下山脇家の『養寿院医則』にも十七条医則が残っており,われわれ医師にとって「医の倫理」は永遠の課題である。

 本特集は最近の日常臨床での倫理問題に遭遇する機会の増加に備え,特に難治疾患,不治な遺伝疾患を多く抱える脳神経内科医にとり,一度は知っておくべき神経系疾患患者の倫理的問題を取り上げ,その対処方法,解決法をまとめる目的で下畑享良先生が熱意をもって編集されたものである。

 その意図を汲み前半で「医の倫理総論」「臨床倫理学の基礎」の概論が論じられ,医のプロフェッショナリズムとは何か,脳神経内科医の持つべき理念,また神経分野の臨床倫理の特殊性,臨床倫理の4原則などが平易に紹介・解説され,読者にとってあらためて確認あるいは新たな知識獲得ができるように執筆されている。

 次いで法律家の立場から,法と倫理の関係,神経疾患の終末期の倫理(自己決定権,説明義務)や神経難病に関連する法律が社会的に公表されている脳神経内科医から出された事例を挙げて説明されており大変理解しやすい。さらに臨床の現場で倫理問題が発生した場合の解決法として多専門職によるカンファレンス,多様な背景・倫理観を持つ参加者の総意を取り上げる処理法などがまとめられている。

 後半は神経疾患各論からなり,遺伝性神経難病の遺伝学的検査の倫理,認知症ケアの倫理,筋萎縮性側索硬化症(ALS),多系統萎縮症(MSA),遺伝性神経筋疾患の臨床倫理,さらに神経救急,脳卒中,小児神経疾患や摂食嚥下障害の倫理まで網羅され,特に臨床例に合わせた個々の解決法をも示されている。

 月刊誌の特集で増大号とはいえ,極めて広範囲な神経疾患取り扱い倫理がうまくまとめられた本特集号は実地臨床に携わる脳神経内科医にとって必読の一冊であろう。

一部定価:本体3,800円+税 医学書院

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