仲間と越えるガラスの天井
対談・座談会 及川 美紀,河野 香織
2020.10.12
【対談】
仲間と越えるガラスの天井
及川 美紀氏(株式会社ポーラ代表取締役社長)
河野 香織氏(島根大学医学部医学科6年)
「ガラスの天井」――それは「女性」という性によって,学術的・経済的な進歩が阻まれる障壁を指す。働く女性の姿が当たり前となる今も,日本企業の社長のうち女性が占める割合は8.0%1)。要職に就く女性の少なさが問題視される。
ガラスの天井の存在は,医療界も例外ではない。2020年7月,現役医学生である河野香織氏らは「JAMA Network Open」誌に,日本のアカデミックポストに就く女性の割合が低いことを報告した2)。
本紙では,ガラスの天井を自ら壊して大手化粧品メーカー,株式会社ポーラの社長となった及川美紀氏が河野氏と共に,女性医師のキャリアの在り方を考える。
河野 初めに,今回私たちが報告した研究結果2)を紹介させてください。図は,約40年にわたる女性医師の学術職比率の推移を示したグラフです。女性医師の割合は年々増加しているにもかかわらず,准教授や教授などの要職に就く女性は依然少ない「ガラスの天井」の実態が見て取れます。
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図 日本における女性医師の学術職比率の推移(文献2より作成) |
日本の医学部および医学部附属病院において女性医師の割合は年々増加傾向にあるが,教授職における女性の割合は10%未満のまま2004年をピークに伸び悩んでいる。 |
このように,ガラスの天井の問題は医療界にも存在します。「志にこそポストはついてくる」という及川さんの考えは,医療界の女性のキャリア形成にも通じるのではないでしょうか。本日は,女性がキャリアを築く上で求められるマインドについて,ぜひお話を伺いたいです。
及川 当社は女性社員が多く勤める,女性向け消費材メーカーです。一見,医療界とは対照的な環境に思えますが,類似点もあります。
化粧品会社に勤める女性の多くは,お客様に接する売り場に立っており,対して現場の管理や監督,指示といった企画業務を務めているのは男性が主です。翻って医療界で考えると,患者さんのケア業務に当たる看護師の9割は女性であり3),男性の医師を中心とした構造が形成されているのではないでしょうか。私たちの業界に似ています。私は,この縮図を受けて「今の日本には女性の意思決定者が少ない」と言い続けているのです。
マジョリティの中に生まれる違和感
河野 女性医師,特にアカデミックポストに就く女性医師が少ない理由は何だと思いますか。
及川 女性の能力ではなく社会の枠組みに要因があるのでしょう。まず,女性医師が男性医師より数が少ない原因の一つは,幼少期の教育にあると思います。「女の子はぬいぐるみ遊びをするもの」「男の子は虫に興味を持つもの」といった固定観念により,男の子と比して女の子は理系の能力を育む環境を与えられにくいことが挙げられます。
さらに日本の場合,「妻が夫を支えるべき」「会議などでお茶を入れるのは女性のほうがいい」といった風潮が足かせになっています。その結果女性の社会進出が遅れ,要職に就くのが難しくなっていると考えられます。
河野 私は医学部入学前に一般企業での社会人経験があります。その際,女性というだけで「お茶を用意して」と頼まれ疑問に思ったことがありました。
及川 お茶を用意すること自体が嫌なわけでなく,「仕事を中断してまで」という点に違和感を抱くのですよね。こうした違和感はマジョリティの中にいると気付きにくいです。女性を取り巻く違和感について,マジョリティである男性からも問題点を指摘することが大切です。
河野 男性に違和感を抱いてもらうために,御社で及川さんが行っている工夫があれば教えてください。
及川 昇格リストや成績優秀者リストなどに女性が入っていない場合は指摘を入れます。当社の社員(※販売職を除く)の男女比はおよそ4:6であり,理論上はリストに挙がる名前も4:6に近付くはずです。女性の場合は産休や育休の影響で,名簿上の在籍人数に対してオフィスにいる社員数が少ないということはあるでしょう。とはいえ,リストに女性が1人も挙がらないのは明らかに不自然です。もちろん,リストの作成者は故意にリストから女性の名前を外しているわけではありません。リストに女性が挙がっていないことをそもそも認識していない場合が多いのです。
河野 女性を取り巻く環境の不自然さを認識していない人が多いのは,医療界も同様です。20~60代の男性医師約7000人を対象にしたジェンダー平等に関するアンケート4)では,半数以上の人が「現場における女性医師支援」に関して「やや不十分」「不十分」と回答しています。一方で,約半数の人が「職場における男女の地位」について「平等だ」と回答しました。問題意識の希薄な男性が多いことを如実に示した結果です。
ジェンダーの枠を外して個人のスキルを見てほしい
及川 同様のエピソードは当社でもあります。約3年前,ある課の管理職が私に「自分の課が人手不足なので,男性を1人異動させてください」と相談に来ました。彼の求める人物像を聞き,私はその人物像に合った女性社員の名前をあえて挙げました。彼は「彼女を異動させてくれるんですか! 最高です」と答えたのです。私は,「彼女は男性じゃないけれど,いいの?」と確認しました。彼はそこで,無意識に男性という選択肢を提示していた事実に気付いたのです。
河野 及川さんの問い掛けにハッとしたでしょうね。
及川 彼が思い描いていた人材要件は性別ではなく,能力でした。それなのに,求める能力を持つ人材がマジョリティである男性に多いとの理由で「男性社員がほしい」と言ってしまったのです。こうしたバイアスは気付く機会が与えられないとなかなか壊せません。当社にはジェンダー・バイアスに気付く機会が多々あるので,女性の管理職が増えたのでしょう。
河野 私自身も,「個」として活躍する以前に女性という属性で見られていると感じた経験があります。
及川 働く女性の多くが一度は同様の経験したことがあるのではないでしょうか。私はジェンダーと個人のキャラクターが混ぜられることに疑問を持ち続けています。例えば私が失敗をした時に「及川さんは数学の能力が弱いから,経営的視野が狭いよね」と言われれば納得できます。しかし「女性は数学が苦手だから,経営に向かないよね」と言われると釈然としません。そこには,無意識のジェンダー・バイアスが潜んでいるのです。
男性並みに働くことではなく,男性と平等の機会の確保を
河野 最近ようやく,SNS普及等の影響もあり,ジェンダー・ギャップの存在が明るみに出る社会へと,変化の兆しが見えてきました。
及川...
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