高齢者の健康状態を守るために
コロナ禍で求められる社会的処方
対談・座談会 近藤 克則,飯島 勝矢
2020.08.24
【対談】
高齢者の健康状態を守るために
コロナ禍で求められる社会的処方
近藤 克則氏(千葉大学予防医学センター社会予防医学研究部門 教授/国立長寿医療研究センター老年学・社会科学研究センター老年学評価研究部長)
飯島 勝矢氏(東京大学高齢社会総合研究機構 機構長/同大未来ビジョン研究センター 教授)
高齢者が新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に感染すると重篤化しやすいことが明らかとなる中,多くの高齢者は外出自粛を余儀なくされている。その一方,外出自粛により転倒・骨折リスクの増加や,認知機能の低下などを引き起こしやすくなるとの指摘もあり,コロナ禍における感染予防と外出自粛に伴う影響というアンビバレントな問題への対応が急務である。
COVID-19への感染予防を想定した生活が続くと考えられる今後,高齢者へ介入を行う医療者にはどのようなかかわりが求められていくのだろうか。COVID-19による高齢者の生活の変化を調査する近藤氏と飯島氏の対話から解決策を探る。
深刻化する高齢者の社会的孤立
近藤 私が恐れているのは,感染症としてのCOVID-19の直接的被害もさることながら,「ハイリスクだから……」と高齢者が感染を恐れるあまり自宅に閉じこもってしまうことによる間接的な健康被害です。うつの発症やフレイル,認知症の進行などが,この被害として考えられます1)。日本でのCOVID-19の感染者数は現時点(2020年7月7日現在)では2万人弱ですが,間接的な被害はすでに数百万人規模に及んでいる可能性があります。
飯島 おっしゃる通りです。震災のような自然災害とCOVID-19を同じ土俵で比較してはならないとは思いますが,両者共にいつも通りの活動が突然できなくなるという点では共通しています。東日本大震災後,避難を余儀なくされた方々の中でうつ等を発症するリスクが高まったとの報告もあり,COVID-19も同様の経過をたどるのではないかと考えています。
近藤 一方で,災害復興の際には皆で手を取り合う絆や協調が重視されたものの,COVID-19では人との接触が制限されるので,心身を維持するための対面での支え合いが推奨できません。対策には独特の難しさがあります。
つい最近,COVID-19の間接的な健康被害について飯島先生も調査されたようですね。
飯島 都内の65歳以上の高齢者約250人に協力していただきアンケート調査を行ったところ,4割以上の方で外出の頻度が著明に低下し,そのうち13%の方々の外出頻度が週1回未満にまで低下していることが明らかになっています。また,「運動ができていない」「会話量が減っている」「バランスの良い食事ができていない」と答えた方が有意に多い結果となりました。
近藤 高齢者の社会的な孤立は深刻ですね。以前,一人で食事をする「孤食」に注目したコホート研究を行ったところ,孤食では野菜・果物などの摂取頻度が低くなり欠食は増えるとの特徴が導かれたほか2),3年後にうつを発症するリスクが男性は2.7倍,女性は1.4倍高まることがわかりました3)。一般に誰かと食事をするとなれば「もう一品作ろうかしら」となりやすいですが,孤食の場合はそうした気を配らなくとも済んでしまいます。誰かとの食事の場自体が一つの栄養源と表現できるのではないでしょうか。
飯島 加えて食事に伴う買い物も,心理社会面の強化のために重要なタスクです。食材を買いに行くとなれば買い物という名の身体活動になり,その間に誰かと出くわせばコミュニケーションの機会にもなります。こうした社会性の要素は普段あまり気に留めませんが,今回のCOVID-19で否が応にも意識せざるを得なくなりましたね。
社会的処方が高齢者にポジティブな影響をもたらす
飯島 社会的に孤立しやすい高齢者をサポートするために,これまでも「地域連携」という言葉が多用されてきました。恐らく医師の誰もがその重要性を認識しているでしょう。けれども地域へのかかわり方は医師によって大きくばらつきがあるのが実情です。かく言う私もフレイル研究に取り組み始めた頃は,社会性を補う地域連携の重要性を認識していたものの,今一つピンと来ていませんでした。しかしながら,さまざまなコホート研究に携わり,社会的な要素の影響が無視できないほどに大きいことを実感するにつれ,医学的な検査結果などの数字だけでは語れない,人とのつながりの意義が見えてきました。
近藤 どのような研究結果がそう思わせたのでしょうか。
飯島 ある自治体の協力のもとで行った悉皆調査の結果です。この研究では自立高齢者が週1回以上取り組む活動について調査・分析をしました。具体的にはウォーキングや水泳などの身体活動,囲碁や手芸などの文化活動,ボランティアをはじめとした地域活動の3つに高齢者の活動を区分し,各活動の有無とフレイルとの関連性を検討したものです4)。
集計した図を見てみると,全ての活動に取り組む方と,何も参加していない方とでは16倍程度の差が生まれることがわかってきました。ここで特筆すべきは「身体活動×,文化活動〇,地域活動〇」のパターンと,「身体活動〇,文化活動×,地域活動×」のパターンでは,後者のフレイルリスクのほうが前者と比較し約3倍高いとの結果が導かれたことです。
図 各種活動の重複におけるフレイルリスクのオッズ比(文献4より一部改変)(クリックで拡大) |
飯島氏が調査を進める,ある自治体の65歳以上の自立高齢者に対する悉皆調査(n=49,238人)より。多項ロジスティック回帰分析を用いて,各種活動の実施の有無がフレイルへのリスクにどう影響するかを評価したもの。「身体活動のみ」と比較し,「文化活動+地域活動」のほうがフレイルリスクが低く,他者とのつながりが重要視されることが読み取れる。 |
近藤 身体活動に熱心に取り組んでいなくてもフレイルリスクは下がり,逆に身体活動だけではリスクがその3倍なんですね。
飯島 この結果は非運動性熱産生(Non-Exercise Activity Thermogenesis:NEAT)の可能性を示唆していると考えます。これまで「フレイル予防のために定期的な運動を」との呼び掛けがなされてきましたが,身体活動の頻度が少なくとも図で示すような結果となり得ることがわかってきました。社会参加というノンメディカルな要素における心身への影響は無視できないと考...
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