医学界新聞


待機手術再開へ,医療者と患者を守る感染対策を

インタビュー 森 正樹

2020.08.03



【interview】

ポストコロナ時代の外科医療
待機手術再開へ,医療者と患者を守る感染対策を

森 正樹(九州大学大学院消化器・総合外科 教授/日本外科学会理事長)氏に聞く


 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大を受け,一部の地域では手術の大規模な中止や延期を余儀なくされた。本邦のパンデミック下で中止・延期された手術を今後行うには,パンデミック以前の手術実施体制をより一層強化する必要性が示唆されている1)。病院経営や医師の働き方改革に影響が出ることも予想される。

 COVID-19によって日本の外科医療はどのような影響を受けているのか。日本外科学会は,コロナ禍でも手術を必要とする患者に対し,適切な外科医療を提供する方策を随時発出してきた。同学会理事長の森正樹氏に今後の課題と対策を聞いた。


――COVID-19のこれまでの影響を,外科医の立場から振り返りどう見ていますか。

 待機手術の問題をはじめ,医師の働き方改革や病院収益の悪化など,さまざまな課題が投げ掛けられています。再流行の懸念もある中,各種問題の改善が急がれます。一方,医療の危機を国民が感じ取るなどマイナスばかりでない面もあったのではないでしょうか。

――国内に感染が広がった2月以降,院内感染や医療崩壊が懸念されました。外科医療はどのような課題に直面しましたか。

 現場の外科医が,手術を延期すべきか否かの判断を迫られたことです。国内で感染例が報告された当初は,ウイルスの病態が不明で外科手術への影響がわからず,手探りでの対応でした。その後感染が拡大し,多くの医療機関で個人防護具(PPE)が不足し始め,患者安全の確保,医療者の曝露防止,院内感染対策優先の方針から,不急の手術を延期あるいは中止せざるを得なくなりました。

 それでも,心筋梗塞のような生死に直結する緊急度の高い症例の手術を控えるわけにはいきません。それに,個々の患者の病態の違いや地域の感染動向,各医療機関の感染対策の状況も異なるため,不急の線引きを一律に行う難しさが浮き彫りになったのです。手術を決行するか延期すべきか,延期した際の代替治療をどうするかなど,症例ごとの難しい判断が現場の外科医に求められました。

手術延期・中止を迅速に判断するトリアージの目安を作成

――日本外科学会をはじめ外科系学会は4月1日,「新型コロナウイルス陽性および疑い患者に対する外科手術に関する提言」2)を共同で発出しました。作成段階で重視した点は何ですか。

 手術にかかわる医療者を感染からいかに守るかです。どのような状況でも,必要な外科医療を適切に提供することが私たち外科医をはじめ外科医療にかかわる医療者の責務です。しかし,安全が守られなければ患者や社会に対し十分な外科医療を継続的に提供できません。そこで現場の混乱を最小限にすることを念頭に,感染対策を最優先事項に掲げて検討を進めました。

 本提言は,最新の情報をタイムリーに出せるよう,情報を随時更新していく手法を取っています。感染状況が時々刻々と変わる中,迅速性を重視し改訂を重ねました。

――早くも4月10日に改訂版が公開されています。

 現場から寄せられた意見を踏まえ,患者個々の状態に応じた判断ができるよう,疾病レベルを軽い順にA,B,Cの3段階で分類した外科手術のトリアージの目安を変更しました()。初版は具体的な手術名を挙げて判断の目安を示しましたが,作成委員が不急と考えた手術の中にも緊急性の高いものがあるとの指摘を受け,具体的な手術例の記載を削除しました。疾患の種類,進行度,患者状態によって一律に分類することは難しく,ケースバイケースの判断が必要とされるためです。

 日本外科学会が作成した新型コロナウイルス感染症蔓延期における外科手術トリアージの目安(改訂版ver 2.4,2020年4月14日,文献2より改変)(クリックで拡大)

 さらに,手術対象の患者がCOVID-19陽性か否かの際の対応がわかりやすいよう,「陰性」「陽性・疑い」の区分を追加し,医療供給体制の区分を加えて地域の流行状況に合わせた対応ができるよう工夫を重ねました。

――現場の外科医の判断を助ける内容だと思います。手術延期の判断で特に注意喚起した点は何ですか。

 併存疾患の有無を考慮することです。例えば同じステージの癌手術でも,併存疾患の有無によって手術の延期が患者の生命予後に与える影響が異なります。代替治療の有効性や手術侵襲に対する反応はケースバイケースのため,術後合併症発生率もおのずと変わってきます。

 手術の延期・中止の判断には,疾病の重篤度,緊急度の他,患者の容態などを総合的に考慮することがもちろん欠かせません。主治医を中心とした医療チームで協議し判断することが必要であり,患者の状態によっては疾病レベル判定が繰り返し必要になると強調しています。

 感染蔓延期を想定したトリアージ表は,感染収束後も地域の感染動向に応じて参照できる内容です。ぜひ,今後も活用してほしいと思います。

不急の手術はあっても不要な手術はない

――緊急事態宣言が4月16日に全国に発出されたこともあり,多くの予定手術に影響を及ぼしたのではないでしょうか。第2波に向けて考えなければならない喫緊の課題は何ですか。

 パンデミック以前の手術実施体制にいかに戻すかです。日本も参加した世界71か国,359病院を対象に行われた大規模調査1)によると,2020年3月下旬から12週の間に国内で行われる予定だった大腸,上部消化管/肝胆膵,泌尿器,頭頸部,婦人科,形成外科,整形外科,産科領域の手術のうち,全体の73%に相当する約140万件が中止・延期されたと推定されています。

――膨大な件数です。

 驚くのはそれだ......

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