がんゲノム医療の明日を考える
対談・座談会 小山 隆文,小峰 啓吾,釼持 広知,岡本 浩明
2020.06.29
【座談会】
がんゲノム医療の明日を考える
小山 隆文氏(国立がん研究センター中央病院先端医療科 医員)=司会
小峰 啓吾氏(東北大学病院腫瘍内科 助教)
釼持 広知氏(静岡県立静岡がんセンターゲノム医療支援室 部長/呼吸器内科 医長)
岡本 浩明氏(横浜市立市民病院呼吸器内科長(部長)/がんセンター長)
次世代シークエンサーを用いたゲノム解析によるがん遺伝子パネル検査(以下,パネル検査,註1)が,2019年6月に保険適用となった。本検査によって治療法が見つかる可能性もあり,がん患者の希望の光として期待される。一方で,海外の報告では遺伝子異常にマッチした治療に結び付く割合は10~20%1)と,現段階では決して高くない。また,検査実施可能な施設が,がんゲノム医療中核拠点病院・拠点病院・連携病院(図1)に限られるなどの背景もあり,がんゲノム医療に対する正しい理解が医療者の間にも十分に浸透していないとの指摘もある。
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図1 がんゲノム医療の提供体制(2020年4月現在)(『がんゲノム医療遺伝子パネル検査実践ガイド』14頁より改変) |
今回,国立がん研究センター中央病院の小山氏を司会に,それぞれの指定医療機関の立場からがんゲノム医療に携わる4人の座談会を開催した。保険収載から1年が経過して見えてきた実情,および今後の在り方を議論する。
小山 OncoGuide™NCCオンコパネルシステム(以下,NCCオンコパネル)と,FoundationOne®CDxがんゲノムプロファイル(以下,F1CDx)が保険収載となり,専門性の高いがんゲノムの検査結果が実際の診療(図2)として提供されるようになってから,1年が経過しました。この1年間,試行錯誤しながらがんゲノム医療を行ってきた施設も多いのではないでしょうか。
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図2 パネル検査の大まかな流れ |
中核拠点病院,拠点病院,連携病院でのみ検査実施が可能。指定医療機関でない場合は,近隣の指定医療機関へ問い合わせる必要がある。 |
今日は,がんゲノム医療中核拠点病院(以下,中核拠点病院)の立場から東北大学病院の小峰先生,がんゲノム医療拠点病院(以下,拠点病院)の立場から静岡県立静岡がんセンター(註2)の釼持先生,がんゲノム医療連携病院(以下,連携病院)の立場から横浜市立市民病院の岡本先生にご参集いただきました。現場の最前線を知る皆さんが感じた“本音”を語り,これからのがんゲノム医療の方向性を議論したいと思います。
保険収載から1年 実施状況から今を読み解く
小山 まずは皆さんの施設で行われているパネル検査の現状(表)を共有しましょう。連携病院の岡本先生からお願いします。
表 座談会参加施設におけるパネル検査の実施状況(クリックで拡大) |
岡本 当院全体の受診者の内訳では高齢者が多いものの,がんゲノム外来に限れば年齢中央値が55歳と,比較的若い方が受診しています。当院ではがんゲノム医療に対応するため「がんゲノム部会」を新たに立ち上げ,月1回,各科の代表に参画いただきながら,パネル検査の適否については毎週各科で検討しています。
がんゲノム外来を受診した35例のうち,エキスパートパネル(註3)を経て治験候補が推奨された症例は17例でした。
小山 エキスパートパネル後の治療方針の決定には,どのようなプロセスを経るのでしょう。
岡本 診療科の主治医も参加必須のエキスパートパネルでの議論を踏まえ,最終的にがんゲノム外来を受け持つ私から,全ての患者さんに結果をお伝えしています。途中でPS不良となった例もあり実際に治験の紹介をしたのは7例でしたが,残念ながら治験エントリーは0例でした。
小山 ありがとうございます。拠点病院の事情はどうでしょうか。
釼持 当院では,検査の同意説明を行い病理標本が検査に耐え得るか(腫瘍の部位が最低20%)をチェックする1次外来と,実際にパネル検査をオーダーするかを決定する2次外来に分けて対応しています。がんゲノム医療の専門外来を設置していないため,同意取得から結果説明まで,図2の行程全てが各診療科で行われています。基本的には標準治療の終了が確認できれば,外来を受け持つ医師は誰でもパネル検査を提出できる状態です。
小山 検査数の推移はいかがでしょう。
釼持 2020年4月30日時点で134例のパネル検査がオーダーされました。2020年以降は月に10~20例のペースで提出されており,増加の傾向が見られます。治験エントリーは1例のみでした。
小山 中核拠点病院の立場から小峰先生,お願いします。
小峰 2020年4月30日時点で計166例にパネル検査をオーダーしました。エキスパートパネルは週1回,1時間のwebカンファレンスで行い,1回当たり5~20例を検討しています。当院でも増加の傾向が見られます。当院で検査を提出した件数のうち,エキスパートパネルの実施件数は自施設症例が133例,連携病院からの症例が58例です。治験に結び付いた症例は7例でした。
小山 小峰先生ありがとうございます。
最後に,当院の状況をお伝えします。2020年4月30日までにパネル検査がオーダーされた症例は318例,エキスパートパネルを実施した自施設症例が275例,連携病院からの症例が436例となります。院内症例のうち,治験に結びついたのは10例です。
小峰 国立がん研究センター中央病院でも治験エントリーは10例なのですね。もう少し多いのかと想像していました。
小山 私の印象ではありますが,フォローアップの期間が長くなれば治験に結びつく症例も増加する可能性があると考えています。一方当院では,遺伝子変異が参加の条件になっていない治験もあるため,パネル検査を受けずに治験に参加する症例もあります。
岡本 表を見て気になったのですが,東北大学病院,静岡がんセンターは当院と同じく,NCCオンコパネルに比べてF1CDxを多用されています。使い分けの基準を具体的に設定していますか。
釼持 家族性腫瘍が疑われる患者さんに対しては,NCCオンコパネルを推奨していますが,使い分けの判断は個々の医師に委ねています。ただ,F1CDxは324種類の遺伝子が探索対象(NCCオンコパネル:114種類)となることや,コンパニオン診断の機能も有していることから,使用例が多いのだと推測しています。
小峰 当院も明確な使い分けの基準を設定していません。釼持先生と同様の傾向もあるかもしれませんが,当院ではF1CDxが先に提出可能となった点も影響していると思います。国立がん研究センター中央病院はどうですか。
小山 同様に個々の医師の判断に委ねていますが,NTRK融合遺伝子が比較的多く報告されている唾液腺がんなどではF1CDx,検体が少ない症例ではNCCオンコパネルを選択することがあるように思います。
ちなみに主治医の関心はいかがでしょう。診療科による偏りはありますか?
岡本 あると思います。積極的にコンサルトをしてくれる婦人科の症例が約半数を占めていますね。
釼持 当院では症例の70%(92例)が消化器内科,その多くが胆膵系のがんです。次いで多い診療科は呼吸器内科で18%(24例)となっています。各診療科のパネル検査提出への慣れも提出数増加の要因の一つと感じます。
小山 胆膵系が多い理由はどうお考えですか。
釼持 がん種の特性上,標準治療の終了が早いため,PSの良い患者さんが多いからだと思います。もっとも,消化器内科の患者の総数自体は消化管由来のがんが圧倒的に多いですが,これらのがんには標準治療が多段階に設定されているために,対象とはなりづらい印象があります。
小山 ありがとうございます。では,東北大学病院での内訳はどのようになっていますか。
小峰 腫瘍内科が最初に検査の提出を始め,次いで乳腺外科や婦人科の提出も増えました。小児科や呼吸器内科の提出もよくあります。最も多い診療科は腫瘍内科の104例(63%)ですね。
小山 なるほど。当院は,パネル検査開始当初から肝胆膵内科,消化管内科,乳腺・腫瘍内科,呼吸器内科と,臓器の隔たりなく提出されている印象です。臨床研究や先進医療としてパネル検査が導入されたので,経験値が積み重なった結果かと思います。やはり患者さんに資する検査の数を今後さらに増やしていくためには,院内においてパネル検査に対する各診療科の理解を深めることが欠かせませんね。それには,がんゲノム医療に対する正しい理解を持った人材の育成も急務と言えるはずです。
課題は医療者の認知度向上と早急な人材育成・確保
小山 とはいえ,がんゲノム医療は主治医科だけでなく,腫瘍内科や遺伝診療科,病理部,基礎研究者,遺伝カウンセラー,看護師,薬剤師,臨床検査技師など,さまざまな医療職,また...
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