医学界新聞

インタビュー 尾﨑 治夫

2020.06.15



【interview】

Withコロナ時代のかかりつけ医の使命は

尾﨑 治夫氏(東京都医師会 会長)に聞く


 新型コロナウイルス感染症は5月に収束へ向かったが,再流行のリスクは今後も残る。中長期的視野に立った備えが必要となる中,初期診療を担う開業医や診療所の医師に期待される役割は何か。

 国内で最も多くの感染者が出た東京都では,医療崩壊を防ぎ保健所の負担軽減を図るべく,東京都医師会が「地域PCR検査センター」(PCRセンター)の立ち上げや,軽症・無症状の陽性患者をホテル療養に移すなど独自の施策を打ち出してきた。こうした対策を振り返るとともに,「Withコロナ時代」のかかりつけ医に求められる役割を,東京都医師会長の尾﨑治夫氏に聞いた。(関連記事


――感染拡大の不安が医療機関に広がった3月以降,東京都医師会が次々とアクションを起こした背景にはどのような問題意識があったのか。

尾﨑 東京都の感染が拡大した3月下旬,欧米では感染者の増加とともに医療従事者の感染や死亡が相次ぎ,日本も同様の悲惨な事態に陥らせてはいけないとの強い危機感だ。感染者を受け入れる都内の病院からも「病床が逼迫し,危機的な状況にある」との訴えが寄せられていた。心不全や骨折で入院した患者から陽性反応が出る事例も国内で相次ぎ,院内感染への警戒が一層高まっていた。3月末には,日本医師会の横倉義武会長や小池百合子東京都知事とも連携して国に働き掛けを行い,4月7日に緊急事態宣言が発出されるに至った。

第2波に備え見直すべき点は

――4月17日に設置が発表されたPCRセンターは,東京都が5月22日に示した緊急事態宣言解除後のロードマップでも重視されている。現状と今後の見通しについてうかがいたい。

尾﨑 都内に47ある地区医師会と行政が連携して設置が進められ,既に36か所開設されている(5月末現在)。今後,都内全域の検査体制拡充に向けて46区市町村に38か所設置し,PCR検査数も1日当たり最大1万件の処理能力をめざす予定だ。

 当初は帰国者・接触者相談センターにのみ相談する仕組みだったが,診療所の医師がPCR検査を帰国者・接触者外来に直接依頼できるようにもした。ところが,電話がつながらない状況が続いた。中には,PCR検査が必要と医師が判断しても,検査に至らない例もあった。感染症指定医療機関は軽症患者も入院し,都内の病床は徐々に逼迫していった。そこで東京都医師会は「自分たちでやるしかない」と考え,PCRセンターの立ち上げを独自に計画し,軽症・無症状感染者の原則ホテル療養も同時に進めた。その結果,医療崩壊を防ぐことにつながった。危機を訴えた病院の先生方の表情にも明るさが戻ったのが印象的だった。

――PCRセンターの設置で,感染対策の最前線を担った保健所の負担に変化は見られたか。

尾﨑 厚生労働省が相談の目安としていた「37.5度以上の発熱が4日以上続く」を削除したことで相談件数が一時的に増えたが,感染者の数自体も減少に転じ,負担はかなり軽減しただろう。積極的な疫学調査によるクラスターの追跡も,明確に経過を追える陽性者に絞っている。一息つけたのではないか。

 しかし,収まったからといって悠長に構えてはいられない。100年前のスペイン風邪で起きた第2波は,感染者数が第1波に比べ少なかったものの,致死率が高まり死亡者数が跳ね上がったそうだ。迅速かつ十分なPCR検査体制の整備に加え,ワクチン開発が欠かせない。さらには抗原検査や抗体検査の併用による感染者の早期発見,療養場所の確保についても進めなければならないだろう。

――第2波,第3波が警戒される中,医療提供体制について,この機に検討しておくべきことは何か。

尾﨑 感染の収束は神様が与えてくれた猶予だと感じる。この間に,かかりつけ医は本来どのような役割を担うか見直すことだ。かかりつけ医とは,何でも相談でき,必要に応じて専門医療機関に紹介できる頼りになる医師であると日本医師会が位置付けている。

 感染が拡大する中,リスクを負いながらもその機能を発揮した施設が多数ある一方,発熱患者を「診ない」開業医もいたと聞いている。国民皆保険制度下,地域の患者を見守るべき医師として責任放棄ではないか。失望した点だ。

 もちろん,感染の危険と隣り合わせにある状況は理解できる。それに,診療所では感染対策の限界もあるだろう。狭くて動線を分けられなければ,診療時間を分ける。それが難しければ,時限的に可能となったオンライン診療の活用も手である。ICTに苦手意識があれば電話で患者の状態をきちんと聞くことだってできるはずだ。多くの医師が危機に直面している時こそ,協力が欠かせない。

――今後の診療の在り方を考える教訓となるのではないか。

尾﨑 感冒症状を訴える患者に対する問診や身体所見のポイントを見直すことはもちろん,医師として責任ある対応が求められる。

 遠隔診療に全て移行すべきとは思わないが,時代の趨勢としてICTの活用は今後必要になるだろう。だからといって,直接診察することを疎かにしてはならない。問診や触診を通じ,生身の患者と向き合うことで生まれるコミュニケーションも大切だからだ。両者の良いところを取り入れたハイブリッドな診療の形が望ましいのではないか。

慢性疾患のコントロールで感染予防を

――「Withコロナ時代」のかかりつけ医に必要とされる新たな役割は何か。

尾﨑 2つ挙げたい。1つは高齢者のフレイル予防,もう1つが慢性疾患患者のコントロールだ。1か月半にわたる外出自粛でフレイルを呈す患者が増えると予想される。高齢者医療はこれを機に再度テコ入れを図らなければならない。また,呼吸器疾患の他,高血圧や糖尿病,心疾患を有する患者は感染症を重症化させる可能性があると周知された。高齢で持病がある患者の危機感も高まったのではないか。患者の慢性疾患をしっかりとコントロールし,感染症予防に努めてほしいと考えている。かねて私が取り組んでいる禁煙についても,機運の一層の高まりを期待したい。

――かかりつけ医の役割があらためて注目されるのではないか。

尾﨑 安定した医療環境が必ずしも続くわけではないことが,今回の新型コロナウイルスで明らかになった。私も開業以来30年にわたり診続けている患者がいるように,地域密着で生涯にわたり患者を見守るかかりつけ医は,医療という社会インフラを担う不可欠な存在である。その認識に立ち返り,再流行に備えたい。

(了)


おざき・はるお氏
1977年順大卒。87年同大循環器内科講師を経て,90年東久留米市におざき内科循環器科クリニックを開設。2002年東久留米医師会会長,11年東京都医師会副会長を経て,15年より現職。日本医師会理事。東京都医師会の役員を担う傍ら,現在も自身が院長を務めるクリニックで診療に当たる。

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