レッドフラッグを見逃さない,もうひと言を!
問診で絞り込む神経症状
対談・座談会 黒川 勝己,中西 重清
2020.03.16
【対談】
レッドフラッグを見逃さない,もうひと言を!
問診で絞り込む神経症状
黒川 勝己氏(川崎医科大学総合医療センター内科副部長/特任准教授)
中西 重清氏(中西内科 院長)
神経疾患の鑑別を「苦手」「難しい」と感じる方は多いのではないか。頭痛,めまい,しびれなど,日常診療でよく遭遇する神経症状の中には,時に重篤な疾患が潜んでいることがある。そこで,神経非専門医(以下,非専門医)に求められるのが,重篤な疾患(レッドフラッグ)を見逃さないための病歴聴取(問診)だ。
本紙同名連載(2013年10月~2014年9月)の『“問診力”で見逃さない神経症状』(医学書院)がこのたび書籍化された。著者で脳神経内科医の黒川勝己氏と,プライマリ・ケアの現場で診療を行う中西重清氏は,かつて市中病院と開業医院の間で患者を紹介し合う関係だった。その2人が,経験症例を交え病歴聴取のポイントについて議論。黒川氏の口からは,病歴聴取の大切さを強調するきっかけとなったある症例が語られた。
中西 一般外来の初診において「わからない」症状・症候のパターンに,神経疾患,内分泌性疾患,心因性疾患があります。実際に,頭痛やめまい,しびれなど,神経症状を訴える患者さんを診る機会は多くあります。しかし,「おかしいな」と疑っても,自信を持って診断できない難しさがあります。
黒川 中西先生のようにプライマリ・ケアの現場で患者さんを診ていらっしゃる非専門医にとって,神経症状は難しいと感じる理由は何でしょう。
中西 患者さんの主訴からだけでは,神経疾患との関連を判断できないことです。例えば,手のしびれから脳や脊髄の疾患をとっさに思い浮かべられません。
黒川 それに,主訴が神経症状であっても,その原因の全てが神経疾患とは限りません。歩けなくなった原因が熱性疾患である場合も多いですし,一過性意識消失の原因が不整脈など循環器疾患である場合もあります。多岐にわたる原因が想起される神経症状から,どう診断に近づき,どのような時に専門医に紹介すればよいかの判断も,非専門医が神経症状の診察を難しく感じる点ではないでしょうか。
コモンな神経症状に潜む重篤な疾患を見逃さない
中西 神経症状を訴える患者さんを非専門医が診る際,まず何に注意すべきでしょうか。
黒川 最も大切なことは重篤な疾患を見逃さないことです。危険な疾患の可能性を常に検討し,疑わしければ専門医に紹介してください。そこで重要となるのが,病歴聴取です。
中西 黒川先生が安佐市民病院に在籍した当時,市中病院の一般内科医や開業医に向け,神経診察の教育に尽力してくださいました。患者の紹介時や研修会で病歴聴取のアドバイスを受ける中,「わからない」症状からだんだんと具体的な神経疾患を考えられるようになりました。
黒川 病歴聴取は,神経学的所見や画像検査よりも重要だと考えています。的確な病歴聴取により,短時間のうちに診断を絞り込めるからです。
ただし,確定診断に至るまでの的確な病歴聴取ができるようになるためには,疾患に対する豊富な知識が必要です。さまざまな疾患に対する知識を基に病歴聴取を行い,そして疾患を絞り込んでいくわれわれ脳神経内科医は,重篤な疾患かどうかの病歴聴取を最初に必ず行っています。
重篤な疾患を見逃さない臨床力が求められるプライマリ・ケアの現場では,脳神経内科医の診察で初めに行われる病歴聴取のポイントを押さえていただきたいです。
中西 黒川先生が病歴聴取を重視するきっかけは,何かあったのでしょうか。
黒川 はい。頭痛を主訴にかかりつけ医を受診した60代男性の症例です。この方は,医師に「肩こりはあるか」と聞かれ,緊張型頭痛と診断されて帰されました。ところがその夜,自宅で倒れ救急搬送されたのです。原因は片頭痛や緊張型頭痛のような一般的な疾患ではなく,重篤な疾患であるくも膜下出血でした。
中西 見逃してはならない徴候が何かあったのでしょうか。
黒川 くも膜下出血を疑う明らかな項部硬直もなかったそうです。大切なのはやはり病歴です。患者本人の日記に,「朝,昆布茶を飲んだ瞬間に頭痛がドーンときた」という内容が書かれていました。緊張型頭痛はドーンときません。くも膜下出血は1回目に「警告出血」と言われる小さな出血が起こり,2回目に起こる出血が致命的とされます。残念ながらこの患者は亡くなってしまいました。
中西 初診時に何を聞いておけばよかったのでしょう。
黒川 「頭痛が起こった瞬間何をしていましたか?」と「このような頭痛は初めてですか?」という質問です。頭痛診療で大切なのは,片頭痛や緊張型頭痛といったコモンな一次性頭痛と診断する前に,重篤な二次性頭痛を見逃さないことだと思います。われわれは頭痛のレッドフラッグとして,①突然発症の頭痛と,②New headache(このような頭痛は初めてと言える頭痛)の2点を挙げて,必ず最初に聞くようにしています。この患者も受診時に,「頭痛は突然きたか」さえ聞いていれば,重篤な疾患と気付けたはずなのです。
中西 肩こりから緊張型頭痛と判断してしまい,危険なサインを見落としてしまったわけですね。
黒川 ええ。病歴聴取の重要性を強調するきっかけとなったこの患者は,実は私の父なのです。当時既に自分が脳神経内科医になっていながら,父を救えませんでした。
先生方は皆,患者さんを救いたいとの思いで診察していらっしゃると思います。だからこそ,コモンな神経症状に潜む重篤な疾患を見逃さないために病歴聴取が大切だと強調しています。
一過性意識消失,明確な誘因がなければ専門医に紹介を
中西 頭痛に次いで突然の「意識消失」も問診の際に注意したい症状です。
黒川 一過性意識消失の主な原因はてんかんと失神です。その他に,頻度は高くありませんが椎骨脳底動脈系の脳血管障害や心因性などがあります。失神は,心原性失神とそれ以外に大きく分けられ,最も見逃したくないのは心原性失神です。心原性失神には致死性不整脈や器質的心疾患など極めて重篤な疾患が含まれるからです。
中西 気を付けるために,どのような病歴聴取が必要でしょう。
黒川 われわれは必ず,明確な誘因の有無を確認するようにしています。血管迷走神経性失神では,長時間の起立・緊張や,恐怖・痛み・驚愕などの情動ストレスといった明確な誘因があるはずです。もし誘因が明らかでなければ,血管迷走神経性失神以外の病態(疾患)が考えられますので,専門医へ紹介してください。
先日,一過性意識消失で救急搬送された90代の患者さんがいました。明らかな誘因はなく,血管迷走神経性失神は否定的で,高齢発症のてんかんを疑いましたが,救急搬送時に吐いていたことが病歴でわかりました。また,診察時にも嘔吐していた。一般に,てんかんであれば意識が戻った後に頻回に吐くことはありません。
中西 吐いたとなると,鑑別に何を挙げればよいのでしょうか。
黒川 例えばワレンベルグ症候群や,小脳の血管障害です。この患者は脳幹症状や明らかな四肢失調は認められず,頭部MRIの拡散強調画像で異常所見はありませんでしたが,脳血管障害を強く疑い,当院脳卒中科に治療を依頼...
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