医学界新聞


本気の失敗をしよう!

寄稿 赤井 靖宏,木戸 道子,柳井 真知,山上 浩,中島 啓,勝野 雅央

2020.01.13



【新春企画】

♪In My Resident Life♪
本気の失敗をしよう!


 研修医の皆さん,あけましておめでとうございます。研修医生活はいかがでしょうか。同期や先輩と自分を比べて沈んだ気持ちになったり,患者・家族や同僚とのbad communicationに陥ったり,失敗ばかりの日々で「医師は自分には向いていない」と思ってしまってはいないでしょうか。でも,全力で取り組んだ結果の「本気の失敗」には価値があるのだと,マンガ『宇宙兄弟』(講談社)主人公・南波六太は言っています。皆さんの,いい医師をめざして努力した末の「本気の失敗」には,成功体験にも劣らない価値があるはずです。

 新春恒例企画『In My Resident Life』では,著名な先生方に研修医時代の失敗談や面白エピソードなど“アンチ武勇伝”をご紹介いただきました。

こんなことを聞いてみました
①研修医時代の“アンチ武勇伝”
②研修医時代の忘れ得ぬ出会い
③あのころを思い出す曲
④研修医・医学生へのメッセージ

赤井 靖宏 木戸 道子 柳井 真知
山上  浩 中島  啓 勝野 雅央


迷うことなく胸骨殴打⇒患者「何すんのあんた!」

赤井 靖宏(奈良県立医科大学地域医療学講座教授)


研修医時代の“アンチ武勇伝”:研修医時代(正確には3年目でしたが)の恥ずかしい話は,救急科研修中に起こった。その頃は救急に燃えていてかなり血気盛んであった。

 ある日,救急観察室の心電図モニターを見ると,なんと心室頻拍(VT)になっているではないか! 「VTにまずは胸骨殴打」と教えられていた私は,迷うことなくベッドサイドに急行し,胸骨殴打した。正しいでしょ。

 ところがその途端,VTになったはずの中年の女性患者さんが「何すんのあんた!」と飛び起きた。なんとVTに酷似したモニター波形は患者さんの体動による波形変化であった。意識やバイタル・サインを確認することなく胸骨殴打した私の大チョンボで,患者さんに平謝りし,事情を説明して許していただいた。あまりの凡ミスに落ち込む私に,指導医の先生が,「あの波形見て取った行動としては間違ってなかったけどな」と慰めてくれた。

 いまだに,このことを思い出すとあの女性患者さんの叫びが聞こえてきて恥ずかしくなる。考えないようにしていたのに,この特集でまた思い出してしまった。ああ,恥ずかしい。

研修医時代の忘れ得ぬ出会い:忘れ得ぬ先生やお世話になった先生は幾多おられるが,その中でも当時米トマス・ジェファソン大の内科プログラム・ディレクターを務めておられたThomas Nasca先生との出会いは忘れられない。エクスターンシップ生として同大に3週間ほど行った際に, Nasca先生が偶然attending(指導医)であった。Nasca先生は,腎臓内科はもとより内科全般にも精通しており,3週間で多くのことを学ばせていただき,いい経験ができたと帰国した。本音は米国で臨床研修をしたかったが,3週間のエクスターンシップでは無理だと思った。当時日本から臨床研修に来ている多くの医師は数か月以上のエクスターンシップを経験していた場合が多かった。ところがNasca先生が,そんな短期間のエクスターンシップしか経験していない私でも臨床研修の面接に来てよいと言ってくださった。まさに,Nasca先生が,私が米国で臨床研修をするきっかけを作ってくださった。

 Nasca先生は長身でかっこいい先生であるが(今でも),手も大きくて,握手すると手がぐっと包まれるだけでなく,私の全てが包み込まれるような,吸い込まれるような感じになった。あんなことはNasca先生以外では経験したことがない。実際に米国で研修が始まってからも英語や臨床システムに四苦八苦する私にいつも笑顔で「何とかなるよ」と励ましてくださった。そしていつも握手すると全身が包まれたような感じになり,Nasca先生に吸い込まれそうになる。

 Nasca先生はその後,全米の臨床研修を統括するACGME(Accreditation Council for Graduate Medical Education,米国卒後医学教育認定評議会)のリーダーに就任された。数年前にお会いしたが,握手するとやっぱり吸い込まれそうになった。皆さん,こんな経験ありますか? いつかNasca先生のようになりたいと思っているが,全くなれていない。

研修医・医学生へのメッセージ:医学生・研修医時代は,まさにこれからのポテンシャルを芽生えさせる時期です。勉強会や飲み会に,自分の時間を削ってまで参加しない皆さんが今は増えています。でもそう言わずに,世代の違う先生方のいろいろな話を聞いてみてください。頼まれたら断らず,何でもやってみてください。断らずに快く仕事していると,いろいろな経験ができます。その経験は40歳を過ぎると生きてきます。「田舎で働くのはいや」とか言っている学生や研修医に会うと,「そんなこと言わずに。いろいろ経験できるのは今だけだよ。」といつも思います。


「おなかの子はなかったことにしてほしい」にひるむ

木戸 道子(日本赤十字社医療センター第一産婦人科部長)


研修医時代の“アンチ武勇伝”:卒後半年で大学より長野赤十字病院へ異動。赴任当日に「卵巣囊腫茎捻転の患者が救急に来た。お前がルンバールして執刀しろ」。ワクワクドキドキの研修生活が始まった。

 帝王切開の初執刀症例はなんと「全前置胎盤」。5年目の先輩と2人で自科麻酔にて手術を行った。出血がずいぶん多く感じたが単に不慣れなためと思った。幸い輸血することなく終わったが,当時は前置胎盤の怖さが(実は先輩も)よくわかっていなかった。とはいえ一歩間違えれば命の瀬戸際だったと思うと,今振り返ると背筋が凍る。

 別の日に一人で分娩室の番をしていると,胎児心拍が徐脈になり回復せず,先輩の応援を待つ時間的余裕はない。看護師長さんに「先生しかいないんだから」と鉗子を渡された。「左葉入れて」「もう少し手前に」と言われるがまま,鉗子を引く羽目に。元気な産声を聞くまでは生きた心地がしなかった。

 部下に何事も潔く任せ,いざというときは「どんな出血でも俺が止めてやる」と悠然と現れる当時のボスに憧れた。その姿は自分にとっていまだ届かない大きな目標であり続けている。

研修医時代の忘れ得ぬ出会い:一人で当直中に未受診妊婦が来院。胎児仮死で緊急帝王切開が必要な状況だったが,「おなかの子は元彼の子なので,なかったことにしてほしい。救命しないで,帝王切開なんか嫌」と言い出した。一瞬ひるんだ私を見て,助産師が「先生,赤十字はどんなときでも誰であっても助けなきゃ」と声を掛けてくれた。辛抱強く同意を得て帝王切開で児は無事に生まれたが,乳児院に入所することになった。目のぱっちりした,かわいい男の子だった。

 未受診妊婦に遭遇するたびに,あの子はどんな人生を歩んでいるのだろうかと思う。もう30歳を過ぎたあの子も,今,目の前にいる新生児も,幸せに暮らしていけることを願う。産科医の仕事はしんどさばかりが強調されるが,人生のスタートに立ち会える,幸せで誇り高い職業である。

 他にも温かい出会いは多かった。外来や手術が終わって遅くに病棟回診に行くと,紙に包んだお煎餅などを握らせてくれた手のぬくもり。東京に戻ると決まったとき,十数人の患者さんたちが集まって開いてくれたお別れ会。短期間のローテーションでは得られない,臨床医の原点を学んだ2年半の長野での研修生活であった。

あのころを思い出す曲:「君の瞳に恋してる」(Boys Town Gang)。社会はバブル期。できることが日々増えて心弾むような毎日だった。

研修医・医学生へのメッセージ:そこそこ満足できる生活,安定した身分,なるべくリスクは取らない,波風を立てないなど,守りに入ってしまいがちである。ただ,安全圏に閉じこもっていれば大きな飛躍のチャンスもなく,成長も見込めない。

 医療を取り巻く社会は大きく変わっていく。目先のことだけにとらわれず,生涯を懸ける大きな夢を持とう。つらいことがあったとき,へこんでしまうか,それを糧にして伸びていけるかは自分次第である。迷ったときは,何がやりたくて医師をめざしたか,そのときの思いに立ち戻ってみるとよい。一度しかない人生,小さくまとまってしまうのはもったいない。

写真 産後のママと赤ちゃんと一緒に記念撮影。中央が木戸氏。「ナースキャップが懐かしい」。(木戸氏)


死亡確認をするも「お母さんは死んでない!」

柳井 真知(神戸市立医療センター中央市民病院救命救急センター医長)


研修医時代の“アンチ武勇伝”:循環器内科をローテーションした研修医時代のことです。指導医と共に,心不全の入院患者さんの主治医になりました。研修医の務めとして,付き添っていた女性にまずは挨拶を。

「ええと,奥さまですね。主治医となった研修医の柳井です。よろしくお願いします」

 一瞬,女性の表情が微妙に動いた気がしました。説明を終えて詰め所に戻った私に看護師さんがぼそっと一言。「先生,あの人,奥さんじゃなくて娘さんですよ」。えー!!! 今更訂正しに行くわけにもいきません。後の祭りです。最初に確認すればよかった……。

 夕方,指導医に報告しました。「今日,あの患者さんの娘さんを,奥さんと間違えてしまいました」。指導医の言葉に今度は私が驚く番でした。「え。僕も今日,あの女性に対して,奥さんですねって言っちゃって,いや娘ですって訂正されて,冷や汗をかいたんだよ」。

 幸い患者さんの経過は順調だったのでよかったものの,医師・患者家族の間になんとなく気まずい空気が流れ続けたのは言うまでもありません。

 患者さんの取り違えによる重大事故が繰り返された結果,患者名はいろいろな手段で確認することが今は常識です。しかし患者さんの家族に対しては,関係を確認する意識はまだ低いかもしれません。私もこの出来事以降は,まずは関係を確認する。あるいは,女性の場合は特に,しらじらしくても,たぶん違うだろうなと思っても,若いほうを選択する,つまり配偶者っぽく見えても「娘さんですか?」とまずは聞く。をモットーとしています。

研修医時...

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