医学界新聞

書評

2020.12.21 週刊医学界新聞(通常号):第3401号より

《評者》 大垣市民病院薬剤部長

 「医薬品情報管理室はどこですか。担当薬剤師は誰ですか」――。病棟薬剤業務実施加算を算定している病院においては,厚生局の適時調査で必ず聞かれる質問である。それだけ病棟活動において医薬品情報は重要であり,医薬品情報管理室は薬剤部の中枢に位置付けられ,ブレインとして機能している。とはいえ,多くの病院薬剤師や保険薬局に勤務する薬剤師が,医薬品情報の専任薬剤師に情報収集を依頼することは難しく,多忙な業務の傍ら自らが情報収集に時間を費やすことになる。

 医療現場において薬剤師は,「錠剤が飲めない」「腎機能低下時の薬の投与量」「同効薬のうち,どの薬が最適か」など多彩な問題に直面する。多種多様なこれらの問題を解決するには,添付文書やインタビューフォームだけでは対応できないことも多い。各疾患の標準治療や領域ごとの薬の使い分けなど高度な薬学的知識を要する問題にも遭遇し,各種ガイドラインに精通した上で,剤型変更に伴う換算,添付文書には記載のない用法用量変更,薬剤変更などに関する判断をし,医師や他の医療職へ情報提供をする。的確かつ迅速な医薬品情報検索は薬剤師にとって必須のスキルである。「どこから,どの情報を選択したらよいのか」を見極め,そして「情報をどう解釈し,提供すればよいか」が重要となる。本年テレビドラマ化され話題になった『アンサングシンデレラ』でも,石原さとみさん演じる主人公の病院薬剤師,葵みどりが問題解決に向けて深夜遅く,必死に文献や参考書を調べていたのが記憶に新しい。

 本書『医薬品情報のひきだし』を手にし,例えば,利尿薬に関する項目を見てみる。腎機能正常患者とCKD患者での降圧効果の違い,同系統でも各薬剤の特徴や換算比などが文献を基に記載されている。「なるほど」と納得の内容に加え,図と問いの繰り返しの手法でわかりやすく解説されているため,学ぶことが楽しくなってくる。「ひきだし」をデジタル大辞泉で引くと,いくつかの語釈の中に「臨機応変に活用できる,隠れ持った多様な知識や豊かな経験のたとえ」とある。まさにこの語釈にぴったりの本ではなかろうか。

 本書には,これまでに著者が管理するDIウェブサイトに寄せられた問い合わせから厳選された76事例が掲載されている。これらは,「薬学的な思考」「換算」「服薬タイミング」「粉砕・一包化・簡易懸濁法」など,計8つのひきだし(章に相当)に分類され,印象的なインフォグラフィックスとともに収められている。本書を職場のデスクの傍らに置き活用するのもよし,寝転がってのんびりと読んで知識を深めるのもよし。「自身のひきだし」を充実させるために,ぜひ手元に置いておきたい一冊である。


《評者》 東京工科大准教授・作業療法学

 本書は,現在のPT,OT業界をリードする藤本修平氏,竹林崇氏の編集である。お二人は,療法士の枠を超えた独自の視点で,われわれにいつも新しい可能性を示してくれるが,本書もまた,リハビリテーション医療のニューノーマルを期待させる一冊となっている。

 本書のメインテーマは「Evidence-Based Practice(EBP)」。

 EBP……もう聞き飽きたワードかもしれない。しかしこれまでのEBPは,正直「絵に書いた餅」であった。EBPを巡り,炎上する場面を何度も目にしてきたが,実践を伴わないEBPについて議論がかみ合わないのは当然のことであろう。本書はこのような現状に終止符を打つべく,EBPを臨床で実装していくための若手~中堅の著者らによる“仕掛け”といえる。

 本書はこれまでのEBP本と何が違うのか? 2点に絞って述べてみたい。

 第一に「具体性」である。本書の総まとめである第4章には,18事例それぞれにおいて,EBPと意思決定の手順が詳細に解説されている。事例の提示があり,目標設定,PICO,文献の検索,エビデンスの選択,shared decision-making(SDM)の9ステップと,全事例で統一されて書かれている点も非常に読みやすい。これらはEBP初学者のみならず,「EBPは一通り学んだけど,実際に対象者にどう適用すればいいのかわからない……」という中堅層にも多くの示唆を与えてくれるだろう。

 第二に,対象者の価値観や希望,目標設定に着目している点である(第2,3章)。本来のリハビリテーションは,対象者の生活や人生を支援するものである。従来のEBP本は,対象者の価値観や希望をどのように尊重し,EBPに組み込んでいくのかといった説明が少なく,療法士として若干の違和感を覚えることも多かったのではないだろうか。また,これこそがEBPの誤解を生む原因であったともいえる。その点本書では,対象者中心の意思決定や目標設定に多くのページが割かれており,よりリハビリテーションの理念にフィットしたEBPを学ぶことができる。

 私もEBPに関する書籍や解説は比較的目を通してきたが,リハビリテーションに関していうならば,本書がひとまずの完成形ではないかと感じている。本書を精読すれば,EBPの基礎知識と実践方法まで一通り理解できるだろう。ただし読んで終わりでは,「頭でっかちなEBPマニア」止まりで,これまでと何も変わらない。本書でEBP思考を身につけ,実際の臨床をEBPサイクルで回していき,実践の土俵でEBPについて議論する。これこそが本書の「正しい」活用法といえるだろう。

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