医学界新聞

連載

2019.12.23



漢字から見る神経学

普段何気なく使っている神経学用語。その由来を考えたことはありますか?漢字好きの神経内科医が,数千年の歴史を持つ漢字の成り立ちから現代の神経学を考察します。

[第18回(最終回)]便秘と便利

福武 敏夫(亀田メディカルセンター脳神経内科部長)


前回よりつづく

 1年半前に,人体の上に位置する「脳」から始めた本連載の締めくくりに下(しも)の「大小便」の話をしましょう。便は人+更(㪅:第5回・3298号参照)から成り,「付き添う人~お気に入りの召使」を意味し,それから「都合が良い/便利」,さらに「それが通じると気持ちの良い」ことや「やすらか」を表します。これはいかにも副交感神経優位の状態を示しています。大便・小便は中国語も同じで,コンビニエンスストアの中国語は「便利店」です。ところが,古く『漢書』には「陽(いつは)りて病狂の爲(まね)して,臥して便利し,妄(みだ)りに笑語昏亂(こんらん)す」という箇所があり,どこかの教祖みたいですが,ここでの便利は大小便のことです。

 大便に関する神経学では,パーキンソン病などでの便秘が大きな対象です。便秘という用語は中国でも同じですが,平安時代の『醫心方』では大便不通や大便難が用いられ,18世紀のオランダの内科学書の和訳『西説内科撰要』では大便秘結が用いられています。これがつづまって便秘という言葉が生まれたと思われます。

 小便に関する神経学では,頻尿が一番の問題です。中国語では尿頻と転倒しています。Google Scholar(日本語)によると,体質と疾患を論じた1913年の総説に初出します。頻は歩(実は渉=わたる)+頁(かしら/かお)から成り,「川を渡るときに顔をしかめるさま」を表し,これから「しきりに」を意味します。尿は尸(尾の省略形:しかばね)+水から成ります。部首「尸」にする字には,尾以外にも尻や屁など陰部に近いものがあり,さらにこの「属」も尸+蜀から成り,もともと交尾の意味のようです。

 小便では,尿閉や尿失禁という語もあり,その「禁」は示(神域)+林から成り,「神域に立ち入りを禁止した林」の形で,忌み,留める,さらに,たえる,こらえるを意味します。立ち小便の防止で,壁によくのマークが書かれていますね。排尿の中枢は脳幹(橋)にありますが,最高中枢は前頭葉~帯状回にあり,動物にはない「たえる」がそれ(社会性)を示しているのかもしれません。

 これで,本連載は終了になります。ご愛読,ありがとうございました。なお,漢字と神経学では,仮名は書けるけれど漢字は書けないとか,漢字は読めるけれど仮名が読めないとか,日本語独特のちょっと奇妙な症状があり話題は尽きません。今後とも漢字をよろしくお願いいたします。

(了)

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