心腎連関の新展開(小川哲也,藤生克仁)
対談・座談会
2019.12.23
【対談】
心腎連関の新展開
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小川 哲也氏(東京女子医科大学東医療センター内科教授)
藤生 克仁氏(東京大学大学院医学系研究科先進循環器病学特任准教授) |
医学の発展とともに専門分化が進む一方で,臓器を複眼的に見る必要性が強調される。脳と腸,腸と肝臓など種々の臓器連関が発見され,こうした臓器同士のメッセージのやりとりが身体を成り立たせる一面があるためだ。
中でも心臓と腎臓の連関は臨床上の知見として早くから注目を集め,心腎症候群と呼ばれるようになった。血糖降下を促す糖尿病薬として販売されるSGLT2阻害薬が心・腎機能障害患者の予後を改善するとの報告が相次ぐ。米国では2019年版の糖尿病診療ガイドラインにおいて腎機能保護と心血管イベント予防にSGLT2阻害薬が推奨された。SGLT2阻害薬の心不全・腎臓病への適応拡大をめざした研究も進むなど新たな展開を見せる。
全身を巡る血液の恒常性維持に関与する腎臓と,その運搬に関与する心臓は互いにどう影響を及ぼすのか。循環器内科から腎臓内科へフィールドを変えた小川氏と,循環器内科医として腎臓に注目する藤生氏が,臓器間ネットワークの要とも呼ばれる腎臓の視点から,そのメカニズムと臨床に与える影響を議論した。
小川 心臓と腎臓の連関が注目されるようになったのは,腎機能が低下した患者では心不全の治療がうまくいかなかったり,慢性心不全の患者に慢性腎臓病が併発したりするケースが高頻度で見られたためです。私を含め,多くの人が臨床で感じる事象です。
藤生 そうした臨床での気付きから心臓・腎臓の連関を明らかにする研究が進みました。Shulmanらの論文1)ではクレアチニン値が高い,つまり腎機能が低下した人ほど生存率が低いと示されました(図1)。NEJM誌の別の論文2)でもやはり,eGFR値が低く,腎機能が低下している患者にイベントが起こりやすい(図2)。個別の疾患として心血管疾患を見ても同様の傾向です。心不全が全身疾患とも呼ばれること,ほとんどの心臓病治療薬が全身に作用することを考慮して「全身状態を回復しながら“ついでに”心臓を良くするアプローチ」として注目すべき臓器を検討していた時にこれらの論文を読み,腎臓と心臓の連関に着目しました。
図1 クレアチニン値別の累計死亡率の推移(文献1改変) |
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図2 心筋梗塞患者の推定死因とeGFR値(文献2改変) |
小川 私もかつては循環器内科医として高血圧に関心を寄せていました。勉強する中で血行動態をみるには腎臓を専門にするほうが望ましいと考えるようになり,腎臓内科医に転向しました。私も藤生先生も,腎臓と心臓の視点から臨床・研究を行う者のひとりです。
血液循環を通して体内を見る
小川 腎臓と心臓,どちらかが悪くなればそれに伴ってもう一方も悪くなる関係にあることはどうも間違いないらしい。この病態には心腎症候群と名前が付き,臨床研究・基礎研究が進められました。最近では,糖尿病治療薬のSGLT2阻害薬が腎機能保護,さらに心血管イベントの予防効果を発揮するとの報告が相次いでいます3, 4)。心臓と腎臓を結ぶメカニズムの解明がますます期待されます。
藤生 心臓から腎臓への働き掛けについては,腎臓からの働き掛けに比べて基礎研究が進んでいます。例えば,心機能が低下して心不全になると,心臓からの心拍出量の低下が腎血流低下を引き起こし,急性腎不全を発症します。両者のつながりを考えても,血液輸送によって心臓が腎臓を助けていると想像しやすいです。では逆に,腎臓から心臓へはどのようなメカニズムで影響を与えていると考えられていますか?
小川 心腎連関を説明する因子として私たち腎臓専門医は,①体液の異常,②内皮細胞障害を挙げています。①は,腎臓が体液の調整器官なので想像しやすいでしょう。長年臨床を行って感じたのは,腎臓内に流入する体液=血液を感知して,その血液をもとに体全体を腎臓が見ていることです。体内の状況をセンシングする器官として,血液を見て体液調整のシグナルを放出している。
藤生 腎臓がセンシング器官であるとは進化的にしばしば言われます。先生はなぜその考えに至ったのですか。
小川 例えば心不全のときは心臓からの血液の流出量が減っている,つまり腎臓では虚血状態と感知します。血圧を上げると体全体に血液が行きわたるよう調整可能となることから,心不全時の血圧上昇の意味をとらえられます。逆に体液が多い状態だと感知すれば利尿ホルモンの放出を促し,全体のボリュームを調整します。体に毒となる物質を排出するのも腎臓の役割です。
藤生 水の貯留によって引き起こされる心不全から心臓を保護する仕組みですね。血流は,心臓が腎臓を助けるものであり,腎臓が心臓を助ける物質を届けるための道としての機能もあるということでしょうか。
小川 ええ。例えばエリスロポエチン(erythropoietin:EPO)のような心臓保護作用のある物質も腎臓内で産生されます。保護物質の放出能と毒素の排出能が老化などの要因で衰えることで心機能低下をもたらすと考えています。
藤生 水だけでもギブアップする心臓に毒素も貯留しては心機能のさらなる低下が招かれるでしょう。尿毒素の類いが心筋細胞に悪影響を及ぼすと多くの論文で検証されています。
最近気付いたのは,利尿薬投与中にナトリウム濃度が急に下がったり,低ナトリウム状態から回復しなかったりする症例があり,そうした人たちの予後が悪いことです。腎臓でのナトリウムのセンシングやシグナル放出の異常が原因となって,予後の規定につながっているのでしょうか。
小川 ナトリウムに関してはわかっていないことが実はまだ多いのです。低ナトリウム濃度の状態が腎機能に影響を与えることはよくわかっているものの,ナトリウム濃度の低下自体が悪影響を及ぼすのか,ナトリウム濃度を下げるシグナルや体液バランスが悪いのか,まだまだ研究の余地が残っています。ただし,言えるのは,腎臓が出すシグナルが必ずしも心臓を保護する方向に作用しない可能性があることです。
多臓器連関のハブとしての腎臓
藤生 体液調節は,腎臓の役割を考えてイメージしやすかったのですが,血管内皮障害はどのように腎臓や心腎連関と結び付くのでしょう。
小川 腎臓内で血管内皮障害が起きて動脈硬化が惹起され,eGFR値低下=腎機能低下を招くと考えています。動脈硬化は心不全,あるいは高血圧などの体液調節障害にもつながります。腎機能を測るeGFRは血管内皮障害の程度を測る指標でもあるのです5)。最近私が注目しているのはこの機序です。
藤生 循環器領域でも,eGFRは腎臓だけでなく全身の内皮機能の状態を表すサロゲートマーカーのようだと考える医師が出てきました。例えば心房細動のアブレーション治療を施す際,eGFR値を確認しながら進める流れがあります。これは,eGFR値が低いほどアブレーション治療の成績が悪いという報告が相次いでいるからです。さらに,循環器臨床の全体においても,eGFR値が...
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