認知症の行動・心理症状に対する心理社会的なケアプログラム――多国間展開と普及の戦略(中西三春)
寄稿
2019.12.16
【寄稿】
認知症の行動・心理症状に対する心理社会的なケアプログラム――多国間展開と普及の戦略
中西 三春(東京都医学総合研究所 主席研究員)
2017年に英国の医学雑誌ランセットが認知症予防・介入・ケアに関する国際委員会の報告を発表した1)。メディアでは主に9つの改善可能なリスク要因について報道されていたが,これは報告の柱である10領域の1つ(予防)にすぎない。同報告の8番目の領域で神経精神症状(neuropsychiatric symptoms)――日本国内では行動・心理症状(BPSD)と呼ばれるもの――への対応の推奨事項がまとめられている。
行動・心理症状への対応の国際的な推奨
行動・心理症状は認知症の人の80~90%に現れ,介護を困難にし,施設入所や入院につながる大きな要因である。かつて行動・心理症状に対しては,身体拘束や抗精神病薬の処方など,行動を抑える物理的な対応が取られてきた。しかしこれらの対応はADLや認知機能の低下,また死亡リスクの上昇につながる2,3)。そのため,行動・心理症状に対しては心理社会的アプローチを第一優先とすることが,上述したランセットの論文1)や欧州緩和ケア学会の白書4)などでも推奨されている。
こうした国際的な推奨に基づき,行動・心理症状に対する心理社会的なアプローチを促進する目的で,さまざまなケアプログラムが開発されてきた。その中には運動療法やレクリエーション,音楽療法その他の感覚刺激療法が含まれる。だがいずれの手法も行動・心理症状の軽減効果は限定的である5,6)。行動・心理症状は満たされないニーズの表れであり,心理社会的な対応であっても,行動の背景にある個別のニーズに合致しなければ奏功しない。すなわち単一のアプローチを提供するのではなく,個別ニーズをアセスメントし,それに合わせてアプローチを選択することも含めて初めて,有効なケアプログラムたり得る。
認知症の人の個別ニーズに対応する心理社会的なケアプログラムは,主として施設向けに開発されてきた。在宅を対象としたケアプログラムでは,家族へのカウンセリングや教育が試みられてきたが,行動・心理症状の減少効果は得られていない1,7)。
ケアプログラムとしてのBPSDレジストリ
東京都は以上の現状を踏まえ,認知症の人の地域生活を支援する目的で,スウェーデンで施設向けに開発・展開されてきたBPSDレジストリの在宅モデル(日本版BPSDケアプログラム)開発を東京都医学総合研究所に委託した。筆者はこの委託事業に従事し,従事者研修とオンラインシステムの開発およびデータ解析を通じた効果検証を実施した。現在は東京都の同ケアプログラムの推進事業に携わっている。
スウェーデンでは2010年に社会庁から認知症ケアのガイドラインが発表された。行動・心理症状に対しては国際的な推奨と同様に,心理社会的な対応を第一優先とすることが明記されている。BPSDレジストリは同ガイドラインに基づき,施設職員による心理社会的ケア提供を促進する目的で,2010年11月より始まった。
BPSDレジストリは研修とオンラインシステムで構成されている。従事者が指定の研修を受講すると,BPSDレジストリの「アドミニストレーター」として認定される。アドミニストレーターは以下の4つの手順をケアチームで話し合いながら進める:①認知症を有する利用者の行動・心理症状の頻度と重症度をNPI(Neuropsychiatric Inventory)で評価する,②行動・心理症状の背景にある個別ニーズの仮説を立てる,③個別ニーズに合わせた心理社会的ケアの行動計画を立てる,④行動計画に沿ってケアを実行する。
次の話し合いで行動・心理症状を再評価し,NPIの得点が下がっていればニーズの仮説やケアは適切であったと判断して同じ行動計画を続行する。NPIの得点が下がらない場合はニーズの仮説を立て直し,ケアの行動計画もニーズに沿って修正する。アドミニストレーターは一連の話し合いの結果をオンラインシステムに入力し,行動・心理症状の経過を記録して,ケアの効果を可視化しチーム内で共有する役割を担う。
BPSDレジストリはスウェーデン国内で急速に普及した。2019年3月末時点で290市町村中289市町村にアドミニストレーター3万3000人がおり,認知症を有する利用者6万9013人が登録されている(2019年5月に筆者が事務局を訪問時に聴取した情報)。2017年には認知症ケアのガイドライン改訂版が出され,「行動・心理症状の評価とフォローアップ」の推奨事項でBPSDレジストリの活用が示唆されている8)。
BPSDレジストリの国際展開
スウェーデンのBPSDレジストリはOECDなど国際的に高い評価を得ており9),東京都の他にもデ......
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