米国の医師が取り組む患者エクスペリエンス(前編)(近本洋介)
寄稿
2019.10.21
【寄稿】
米国の医師が取り組む患者エクスペリエンス(前編)
近本 洋介(Caring Accent主宰,Certified Patient Experience Professional)
医師のコミュニケーションに関する患者からの評価が低かったり,苦情が繰り返されたりすると,ボーナスに影響が出て,時には勤務契約更新も厳しくなる。そんな事態を防ぐため,任意ではなく時には半強制的に,コミュニケーションのトレーニングに参加を求められる――。そんな状況に米国の医師は直面している。
「患者による主観的評価」向上が経営の最重要課題に
その発端は,高齢者対象の政府管掌保険であるメディケアが,病院に対する保険からの入院ケアへの支払いにValue-based Purchasingプログラムを導入し,そのValueの中に患者エクスペリエンス(Patient Experience;以下,PX)を組み込んだことにある1)。同様の動きは2015年に超党派で成立したメディケアアクセス・CHIP改正法(MACRA)の下,外来ケアにも適用されることが決まっており2),さらには民間保険会社も追従する動きがある。そんな中で,入院/外来にかかわらずPXに多大な影響を与えるのが,医師のコミュニケーションである。
米国の医療機関等を対象にした2019年の調査では,今後3年間のプライオリティのトップ3にPXが入ると回答した機関が79%に上り,「コストマネジメント」の24%や「スタッフのリクルートやリテンション」の15%などに比べて突出して高い3)。PXが経営陣の関心を引きつけ,医師に対しても患者とのコミュニケーションの改善を主要課題として奨励するようになったわけである。
筆者はここ10年ほど複数の医療機関において,医師のコミュニケーションを中心としたPXの向上に取り組んできた。この課題に現場で一緒に取り組んだ医師らの声,さらには関連学会や専門誌などで共有された情報をもとに,米国の医師を取り巻く諸事情について紹介・考察していきたい。
なお紙面の都合上,PXは「ケアに関する患者による主観的評価」と述べるにとどめ,その詳細な定義や背景については省く。ただし,時にPXが誤解を招いたり言葉だけがひとり歩きしたりすることもあるため,関心のある読者はベリル研究所による白書を参考にしてほしい4)。
PXの台頭を米国の医師は実際にどう受け止めているのか
前述したPX重視の動きは,米国の医師に「最初からすんなりと」受け入れられたわけではない。「患者に医療の質を評価するスキルはない」「患者のご機嫌取りをやっていたのでは,安全で効果的な医療は提供できない」「不満を持つ患者だけがアンケートに答えるので不公平だ」「時間がないので無理だ」などといった反論を今でも耳にすることがある。
ただ,実はこのようなネガティブな反応は,PXに関する戦略が現場にうまく導入されていない時に見られることが多い。例えば,医師のコミュニケーションに関するスコアを,医師間・診療科間・病院間などで比較し,当事者,さらに最近では一般市民にまで公開して,医師の競争心に訴え掛けようとするような場合である。指標が何であれ,可視化することは改善に向けた第一歩として重要である。ただし,経営陣と最前線で診療に携わる医師との間で,PXや医師のコミュニケーションの意義に関して議論を行う機会がなく,さらには改善方法に関する情報やスキル習得のサポートも提供されない状態で上記のようなマネジメント戦略が導入されたのでは,どんな医師でも反発を感じるのは当然のことであろう。
日本と同様,米国の医師のほとんどは,EHR(電子健康記録)の導入,それに伴う診療の詳細に関する報告義務,競争激化の中で余儀なくされる効率化など,日々のプレッシャーの中で懸命に患者の診療に携わっている。燃え尽きてしまったり,自死へと追い込まれてしまう医師も少なくない。そんな状況を打破するためにPXの改善に携わる専門家が試みるのは,それぞれの医師が自分なりに納得のいくコミュニケーションの意義を検討するための機会を提供することである。
医師のコミュニケーション能力の向上を図るアプ
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