閉じ込めと障がい(福武敏夫)
連載
2019.08.05
漢字から見る神経学
普段何気なく使っている神経学用語。その由来を考えたことはありますか?漢字好きの神経内科医が,数千年の歴史を持つ漢字の成り立ちから現代の神経学を考察します。
[第14回]閉じ込めと障がい
福武 敏夫(亀田メディカルセンター脳神経内科部長)
(前回よりつづく)
欧米では日常的な言葉を医学用語として用いることがしばしばあります。日本では受動態の翻訳がどうも苦手なようで,名詞化した訳語が多く,硬い印象があります(evoked=誘発,forced grasping=強制把握,fixed pupil=固定瞳孔)。Locked-in syndrome=閉じ込め症候群はその点で中国語訳の閉鎖綜合症よりも評価できますが,lockedという受動態を能動態に訳すのは翻訳の限界で,患者主体に「閉じ込められ」とすべきです。中国語ではforced=被迫と訳しているのは評価できますが,fixedは日本語同様に固定と訳しています。中国語も日本漢語も受動態はやや苦手なようです。
ところで,「障害」を「障がい」と書く(言語に対する浅薄な考え)とか「障碍」(中国語)に戻すとかが広く議論されています。Google Scholarによると障害も障碍も1880年代に初出します。第26回障がい者制度改革推進会議(2010年)の「『障害』の表記に関する検討結果について」という18ページに及ぶ資料には,諸団体や個人からの各用語に対する賛否が詳しく紹介されています。
その議論に立ち入りませんが,「**障害」は**の機能が「障害されている」ことを表しており,もちろん「障害する」ではありません(「害」は口(祈りの言葉)+丯(切り刻む)+宀(覆いこむ)であり,祈りを妨げるの意です)。検討の大半はショウガイという言葉を前提にしていて,例外は「チャレンジド」(challenged)という英語からの輸入の意見のみです。
私は,明治の初め頃に欧米の多くの概念を上手に日本語にしてきた伝統にならって,一度ショウガイという言葉を捨て去り,理にかなって多数の人々に受け入れられる造語を探すべきと思います。あえて候補を挙げると「被障」が最もよさそうで,その他「受障」,「残障」,「受難」(宗教的?)もあり得ます。ちなみに中国では身体障害者は「残疾人士」,視覚障害者は「视障人士」(视は視の簡体字),聴覚障害者は「聋人」(聋は聾の簡体字)です。
(つづく)
この記事の連載
漢字から見る神経学(終了)
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