医学界新聞

2019.07.29



Medical Library 書評・新刊案内


AAP/AHA新生児蘇生テキストブック 第2版

田村 正徳 監訳

《評者》金山 尚裕(浜松医大病院病院長)

蘇生処置の具体的なイメージを持ちながら生きた知識を習得できる

 本書は,米国小児科学会(AAP)と米国心臓協会(AHA)が公式の新生児蘇生ガイドブックとして作成した原書を,2006年に初めて翻訳出版して以来,原書での改訂を重ね,2016年に刊行された原書第7版の翻訳です。9章からなる翻訳初版(原書第5版)に今版では新たに2章が加えられ,全11章から構成されています。

 本書は新生児の生理とそれに基づく新生児蘇生の原則から,終末期における倫理的問題とケアにまで言及し,新生児蘇生にまつわる事柄をほぼ網羅しています。胎児が出生後,どのように胎外生活へ移行しているのか,といった変化が具体的なイラストと解説で示されていますので,胎児から新生児への循環酸素動態の基礎的理解と実際に行われる新生児蘇生への臨床的理解が一目瞭然にわかるようになっています。

 翻訳初版から変更された重要な推奨の中で,蘇生中のECGモニタリングや酸素濃度測定について言及されており,わが国のNCPR改訂でも同様の変更が踏襲されました。改訂NCPRでは近赤外線モニターによる酸素飽和度測定の重要度が増しており,本書を介してこの分野の研究の発展が期待されます。

 また前版と同様に十分な準備と有効な陽圧換気,そしてチームワーク医療が重要視されています。各章にはより良いチームワークとして各人がどのような行動をとるべきか,具体的な行動例が示されています。本書は実際の蘇生処置をどのように行うべきか具体的なイメージを持ちながら,生きた知識を習得できるような工夫が各所に施されているのも特徴です。

 本書は新生児蘇生にかかわる全ての職種,医師,助産師,看護師,そして将来それらの仕事に従事する学生のバイブルとして最適な一冊です。いざというときのために新生児を救う強力な武器として本書を活用されることを願っています。

A4変型・頁328 定価:本体5,800円+税 医学書院
ISBN978-4-260-03243-8


実践! 病を引き受けられない糖尿病患者さんのケア

石井 均 編

《評者》細井 雅之(大阪市立総合医療センター糖尿病内科部長)

医学の進歩とエビデンスをどう伝え,活かし,支援するか

 皆さまは「インスリン注射は絶対に嫌です」「もう年だから,糖尿病治療はいらないです」「以前から糖尿病の薬を出されているけれど,実は飲んでいないです」といった,糖尿病患者さんに出会ったことはないでしょうか? がん治療や心筋梗塞治療では起こりそうにないことが,糖尿病治療ではよくあるのです。なぜでしょうか? どうすればいいのでしょうか?

 こういった疑問を解いてくれるのが,この書物です。石井均先生は,日本で「糖尿病医療学」という新しい学問体系を樹立され,「日本糖尿病医療学学会」を設立された先駆者です。

 皆さまは糖尿病医療学をご存知でしょうか? 「医療経済学」ではありません。「糖尿病を持つ一人一人と医療者との関係の在り方を学んでいく学問」です。科学と技術に支えられた医学の進歩とエビデンスを,一人一人の病める人にどう伝えるか,どう活かせるか,どう支援できるかが大きな課題です。解決には「サイエンスとアート」が必要です。医学の教科書には「インスリン注射を嫌がる人にはこうしなさい」といったことは書かれてはいません。この本は,「マニュアル本」ではありませんので,正解そのものは書かれていません。目の前の「糖尿病を引き受けられない」方と,私たち医療者との関係の持ち方についての「アート」が書かれています。

 ぜひ,糖尿病医療学の入門書としてもお読みください。

A5・頁240 定価:本体2,500円+税 医学書院
ISBN978-4-260-03814-0


画像所見のよみ方と鑑別診断
胆・膵 第2版

花田 敬士,植木 敏晴,潟沼 朗生,糸井 隆夫 編著

《評者》入澤 篤志(獨協医大主任教授・内科学(消化器))

Interventional EUSに生かせる画像診断のチカラを養成

 近年のInterventional EUSの進歩は胆膵診療に大きな変革をもたらしました。現在では診断的穿刺(EUS-guided fine-needle aspiration;EUS-FNA)のみならず,Walled-off necrosisや膵仮性囊胞,胆道に対するドレナージなど,さまざまな治療にも広く応用されています。私は膵腫瘍などの診断に際しては,本邦におけるEUS-FNAの黎明期の頃から同手技を行ってきました。EUS-FNAは膵腫瘍の鑑別診断においては極めて有用な手技であり,現在では胆膵領域診療において欠かせない手技の一つとなっています。

 しかしながら,EUS-FNAといえど万能ではありません。例えば,当初は悪性を疑いながらもEUS-FNA結果が非悪性であった場合には偽陰性の可能性も考慮しなくてはならず,経過観察するか,もしくは再度EUS-FNAを施行するかといった判断には,画像診断が極めて重要な役割を果たします。私はEUS-FNAを行えば行うほど,画像診断がいかに重要であるかを幾度となく認識させられてきました。加えて,治療方針決定に際しては,その病態の良悪性を診断するだけでなく,悪性であればその進展範囲を正確につかむ必要がありますし,良性の場合はその原因についても深く考察しなくてはなりません。また,胆道病変や膵囊胞性病変に対するEUS-FNAの適応はかなり限られています。さらには,ドレナージなどのEUS下治療に関しても,画像からその適応をしっかりと考慮する必要があります。

 全ての画像には,その画像が構築される理由があります。本書では,各画像所見からみた診断へのアプローチについて,病理所見を「答え」として設定し,豊富な症例を用いて詳細に解説されています。各疾患がなぜこのような画像を呈するのかを論理的に理解できるように構成されているため,本書をしっかりと読めば実臨床において多くの「引き出し」を持つことができ,胆膵診断能力は格段に飛躍するでしょう。

 画像診断はある意味で地道な作業で,Interventional EUSのような派手さはありません。しかし,画像診断に精通することによりInterventional EUSの能力を最大限に生かすことができ,それが患者さんのためになることは間違いありません。ぜひ多くの若手医師に本書を読破していただきたいと切に願います。とはいえ,本書は400ページもあるそれなりに厚い教科書ですので,読破に自信のない方は「眺める」だけでもよいでしょう。それだけでも「チカラ」が付くこと間違いありません!

B5・頁400 定価:本体12,000円+税 医学書院
ISBN978-4-260-03238-4


《シリーズ ケアをひらく》
居るのはつらいよ
ケアとセラピーについての覚書

東畑 開人 著

《評者》上田 諭(東京医療学院大教授・精神医学)

これはもう上質の小説だ!

 感服する本だ。ハカセとなった若き臨床心理学者が,沖縄の精神科デイケアに身を置いた驚きと苦闘の日々が冒頭から生き生きと描かれる。ハカセの行動と心情がしっかり伝わる。精神科の患者さんも個性的なケアスタッフもきちんと描き分けられ,出てくる人が皆愛おしくなってくる。描写と表現がうまい。筆致はユーモアに富み,知的刺激がそこここにちりばめられ,これはもう上質の小説だ。こちら(読み手)はうっとりし,じんわりと癒やされる。

かつてない「学術書」

 もちろん,本書の真骨頂は別にある。ハカセの迷いと惑いに満ちたこの物語を背景にして,臨床心理学の大命題が読み解かれるのだ。物語との相乗効果が,わかりやすさを倍増させる。こんなスタイルの「学術書」がこれまであっただろうか。少なくとも成功したものはない。純エッセーになってしまったり,学術的著述に流れたりして,これほど興味深く面白く表現されてはこなかった気がする。

 織り込まれた学術部分の解説も秀逸だ。たとえがうまい。引用が哲学,文化人類学,社会学,文学,精神分析学と,知的にそそられ読んでみたくなるものばかり。それを若くしてちゃんと押さえている著者に再度感服。大学院で6年も学べばこうなるのも当然? いや,そうはいくまい。臨床心理学のみならず周辺をきちんととらえた視野の広さが本書の深みを作り出している。

「変わるも変わるも三六〇度」

 問われるのは,「ケア(聴くこと)」と「セラピー(介入すること)」,「シロクマ(意識)」と「クジラ(無意識)」,「こころ」と「からだ」(分けられないとき「こらだ」となる),デイケアの位置付けとしての「アジール(避難所)」と「アサイラム(収容施設)」という究極の臨床心理学または精神医学の概念と命題。

 かつて,著者の師匠筋という臨床心理学の先達,河合隼雄は,愛読者からサインを求められると「何もしないことに全力を尽くす」と書いた。セラピストはクライエントに何かを施すわけではない。何もしないで全力を尽くして聴き,そばに「居る」ことで,クライエントが変わる。セラピストも変わる。何も変わらなかったようにみえて,「変わるも変わるも三六〇度」(本書p.191)の大変化が起きる。セラピーをしたいと勇んでデイケアに飛び込んだハカセが得たものも,まさに師匠の河合が至った境地だった。

「ふしぎの国」のふしぎな力

 ハカセは自分を,ウサギ穴に落ちて「ふしぎの国」に彷徨(さまよ)い込んだ少女アリスになぞらえた。

 このたとえも絶妙だ。アリスの「ふしぎの国」は,意味不明の言葉と会話がふつうに語られるいわば理不尽の世界だ。デイケアにもまた,意味の理解を拒む幻覚や妄想や不穏という理不尽なものが常に潜在し,時に事件を起こさせる。それらに悩み続ける人もいるし,受け入れて生きる人もいる。アリスは夢から覚めるが,彼らにとってはずっと現実だ。

 そんな場所で4年間,精神の病を得た人々とともに「居る」体験は,未来に向けて発展する臨床心理学者にとって,かけがえないものになったに違いない。

A5・頁360 定価:本体2,000円+税 医学書院
ISBN978-4-260-03885-0

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