医学界新聞

寄稿

2019.05.20



【寄稿特集】

My Favorite Papers
論文の大海原に隠された秘宝を探せ!

 医学の世界では日々,さまざまな論文が発表されています。膨大な量の情報に流されてしまいそうになることもあるかもしれません。しかしその中の1編の論文が医療の常識を覆したり,読者の人生を大きく左右したりするのも事実です。論文の大海原の中での,転機となる1編の宝物との出会いとは果たしてどのようなものなのでしょうか。

 今回は,これまでの医師・研究者としてのキャリアの中で出会った「印象深い論文」を紹介していただきました。皆さんもぜひ自分だけの「宝物」を探してみてください。

金 容壱
坂元 晴香
谷 憲三朗
猪原 拓
藤沼 康樹
野中 康一


金 容壱(淀川キリスト教病院腫瘍内科)


①Cirera L, et al. Randomized clinical trial of adjuvant mitomycin plus tegafur in patients with resected stage III gastric cancer. J Clin Oncol. 1999;17(12):3810-5.[PMID:10577853]

②Burris HA 3rd, et al. Improvements in survival and clinical benefit with gemcitabine as first-line therapy for patients with advanced pancreas cancer:a randomized trial. J Clin Oncol. 1997;15(6):2403-13.[PMID:9196156]

③Masuda N, et al. Adjuvant Capecitabine for Breast Cancer after Preoperative Chemotherapy. N Engl J Med. 2017;376(22):2147-59.[PMID:28564564]

 英語で医学論文を読めば気取った気分になれた頃,胃癌術後患者にUFTを使うべきかが気になった。UFTとはフッ化ピリミジンを含んだ,テガフール・ウラシル配合薬のことである。当時,手術可能な胃癌での標準治療は根治術のみ(術後無治療)だった。そのことも知らずに,文献を求めてPubMedで検索した。

 検索式,MeSHなどを駆使したが膨大なヒット数だった。目まいがした。それでも①を見いだした。術後にマイトマイシンとテガフール(UFTではない)を用いることで,5年生存率が上昇したとするランダム化比較試験(RCT)である。精読はしたが,実臨床に応用できなかった。

 批判的吟味にかぶれ出した。その頃,進行期の膵癌患者にゲムシタビン(GEM)を用いた化学療法を行うべきか,文献②に当たった。膵癌薬物療法の画期となる臨床試験である。しかし,主要評価項目は「臨床的利益(痛みと全身状態の評価指数が改善する度合い)」であった。全生存期間(OS)も延長させているが,それは副次評価項目においてである。

 試験結果では何よりも主要評価項目を重視すべきである。GEMなしでもオピオイドを適切に使えば痛みが和らぎ臨床的利益は得られる。なので,無理に抗癌薬治療は行わない。浅はかな当時の結論である。膵癌は容易に腹腔神経叢を巻き込み,難治性疼痛が頻発する。その難治性癌の代表格に化学療法によって臨床的な利益がもたらされた。余命も延長させた。その結果の重みを,理解できていなかった。

 医学を連綿と織りなされる生地に例えるなら,その横糸は科学的根拠であり,縦糸が臨床知になる。①で気付かされたように,PubMedは論文という形で横糸を束で見せるが,どのように生地に織り込まれるかは示さない。そして,縦糸である臨床知がずさんなら,②のような重要な結果が手元にあってもそれを無視した私のように,まともな医療はできないのだ。

 多くの間違いを犯したが,知識・経験が増えた。標準治療の変遷という大きな流れの中に,目の前の臨床試験の結果を位置付けられるようにもなった。横糸であるエビデンスは年々歳々変わりゆく。一方,臨床知である縦糸は変化しづらい。そう錯覚し始めた。

 乳癌術後にフッ化ピリミジン(カペシタビン)を用いても,標準治療を上回るほどの効果はない。複数の臨床試験において,ある時期までほぼ一貫した結論であった。その知識は私の中で確信に変わっていた。そして③を目にし,衝撃を受けた。

 乳癌の薬剤感受性は高い。早期乳癌に術前化学療法を行う場合,顕微鏡的に腫瘍が消失することもまれでない。その者の予後は良い。一方で腫瘍が消え残ることも多い。そんな彼女らを被験者として2群に分け,カペシタビンを用いた術後抗癌薬治療の効果を無病生存期間(DFS)で比較したRCTが③である。結果としてDFSはもとより,統計学的有意差をもってOSをも改善させた。そして,標準治療が変わった。

 適切な患者層を選択し(③では腫瘍が消え残った者のみ選別し,対象を“濃縮”した),有効な薬剤を用いたおかげで,さらに多くの女性が癌から解放されることになった。医学が発展していくためには,伸びしろを見いだす判断力と,臨床試験の企画・遂行という「硬い板をくり抜くような」熱意が必要である。臨床医の「まあ,こんなもんだろう」という惰性では,なし得ない業である。

 生地が医学であるとすると,染めた生地を仕立てるのが医療である。個々人に合わせ仕立て上げる医療のため,生地と糸に聡くありたい。


谷 憲三朗(東京大学医科学研究所ALA先端医療学社会連携研究部門分野長・特任教授)


①Dzierzak EA, et al. Lineage-specific expression of a human beta-globin gene in murine bone marrow transplant recipients reconstituted with retrovirus-transduced stem cells. Nature. 1988;331(6151):35-41.[PMID:2893284]

②Hacein-Bey-Abina S, et al. Sustained correction of X-linked severe combined immunodeficiency by ex vivo gene therapy. N Engl J Med. 2002;346 (16):1185-93.[PMID:11961146]

③Urnov FD, et al. Highly efficient endogenous human gene correction using designed zinc-finger nucleases. Nature. 2005;435(7042):646-51.[PMID:15806097]

 1970年代後半から医学領域での組み換えDNA研究は目覚ましい進展を遂げました。学生時代,硬式テニスに明け暮れていた私が,当時のECFMG(Educational Commission For Foreign Medical Graduates)やVQE(Visa Qualifying Examination)を無謀にも受験した際に,多くの分子生物学関連問題に遭遇した驚きは今も新鮮に脳裏に刻まれています。

 横須賀米海軍病院で全科ローテートインターンを経験したのち,大学院生として東大医科研・三輪史朗教授のご指導のもと,赤血球酵素異常症に関する研究をタンパク質・酵素学レベルで行いました。その後,大学院生期間の1982年から2年間,米シティオブホープ医学研究所・吉田昭部長のご指導下で,ヒトホスホグリセリン酸キナーゼ(PGK)遺伝子のプロモーター遺伝子やPGK偽遺伝子のクローン化,ヒトアセトアルデヒド脱水素酵素(ALDH)1&2型cDNA遺伝子のクローン化に世界に先駆けて成功しました。

 帰国後には,三輪先生のライフワークであったヒトピルビン酸キナーゼ(PK)のcDNAクローン化に成功しました。その翌年に発表されたのが①です。ヒトβグロブリン遺伝子を発現する組み換えレトロウイルスベクターをマウス造血幹細胞に導入,マウスに骨髄移植し,マウス赤血球でヒトβグロブリンの発現を確認しました。造血幹細胞遺伝子治療を示唆した画期的な研究成果です。私たちはこの方法をPK異常症の治療に応用すべく,PK遺伝子発現オンコレトロウイルスベクターを用いたマウスレベルでの研究を行い,その可能性を示しました。

 この結果を契機に①の研究責任者R. Mulligan博士と共同研究を開始しました。東大医科研病院において浅野茂隆病院長のご支援のもと,日本初の「がんに対する遺伝子治療」として,ヒト顆粒球マクロファージコロニー刺激因子(GM―CSF)遺伝子発現オンコレトロウイルスベクターによる遺伝子導入培養自己腎癌細胞ワクチンを用いた転移性腎癌患者に対する遺伝子治療第I相臨床試験を実施しました。

 一方,この間にフランスのA. Fischer博士らにより,Mulligan博士開発のオンコレトロウイルスベクターを用いたX連鎖重症複合免疫不全症に対する共通γ鎖遺伝子導入自己造血幹細胞移植によってT細胞再構築が起こることで,移植2年後には免疫不全から回復したと②で発表されました。遺伝子治療技術が難病の治癒をもたらし得る治療法になったことに深く感銘を受けるとともに,私が行ってきた研究を将来的に患者さんへ届けないといけないと決意を新たにしたことを覚えています。

 しかしその後の経過観察において,レトロウイルスベクターが染色体遺伝子内に組み込まれたためと判断される白血病発症の報告があり,ゲノム毒性の観点からオンコレトロウイルスベクターを用いる遺伝子治療への警鐘が鳴らされました。当時の遺伝子治療技術は,治療を要する異常遺伝子とは異なる遺伝子領域に治療遺伝子を挿入する遺伝子補充法が主流でした。相同組み換え法を用いた真の遺伝子置換技術はマウスES細胞にしか有用ではなく,臨床レベルに達していませんでした。

 その中で高効率なヒト体細胞の遺伝子改変方法の開発が③で報告されました。この方法では,新規zinc―fingerヌクレアーゼタンパク(染色体の特異配列を認識するzinc―fingerタンパクに二重鎖切断を行うヌクレアーゼドメインを付加したもの)を遺伝子改変により核内に発現させ,同時に導入した染色体外ドナーDNAとの相同組み換えを起こさせます。遺伝子異常を高効率に修復できると示した革命的と言える論文です。真の遺伝子治療が可能になったと実感し,新たな時代の幕開けを肌で感じ身震いしたことを覚えています。

 その後,TALEN法やCRISPR―Cas9法も続いて開発され,これらのゲノム編集技術

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