宇宙分野に学ぶチーム作り(種田憲一郎,奈良和春)
対談・座談会
2019.04.01
【対談】
安全性とパフォーマンスを最大化させる
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対談を収録した2019年2月22日,小惑星リュウグウに探査機「はやぶさ2」がタッチダウンを行った。「はやぶさ2」の原寸大模型の前にて撮影(JAXA筑波宇宙センター,茨城県つくば市)。 |
種田 憲一郎氏(国立保健医療科学院上席主任研究官)
奈良 和春氏(有人宇宙システム株式会社有人宇宙技術部次長) |
約20年前に起こった患者の取り違えや薬物の誤注入などの事故をきっかけに,医療安全の確保は個人の注意力だけに依存しない,組織的なアプローチがめざされてきた。科学的根拠に基づくチームワークのフレームワークであるTeamSTEPPS®(Team Strategies and Tools to Enhance Performance and Patient Safety)の国内での普及に注力し,全国の病院で医療安全研修などの講師を務める種田氏によれば,「チームトレーニングは医療安全だけでなく,効率性の向上にも欠かせない」という。医療者の働き方改革の議論が進む今,安全性とパフォーマンスの向上にどのような取り組みが求められるだろうか。
本紙では,有人宇宙飛行という失敗が許されない状況下でチーム作りを担ってきた奈良氏と,種田氏の対談を企画。業種の壁を超えて知見を共有した。
種田 医療事故の要因を個人の責任にするのではなく,事故に至った背景やシステム的要因に注目する考え方が,日本でもこの20年で主流となりました。また,最近は医療者の健康と患者安全の両立を求める社会的背景から,医療者の長時間労働を改善し,パフォーマンスを高める仕組み作りにも関心が集まっています。
対談をお願いした奈良さんの所属する有人宇宙システム株式会社は,宇宙飛行士が滞在する国際宇宙ステーション(ISS)の運用を宇宙航空研究開発機構(JAXA)から一手に引き受けています。宇宙飛行士の地上での訓練と宇宙での任務の支援を通じて,チームで宇宙飛行士の生命を預かる仕事です。奈良さんはこれまで100人を超える,世界中の宇宙飛行士の訓練を担当したそうですね。
奈良 はい。現在はその経験と当社が蓄えた知見を,航空業界や原子力業界,そして医療現場といった他業種向けに紹介する業務を担当しています。安全性や業務効率を向上させる仕組みは業種を超えて活用できる内容が多く,他業種から多くの研修や講演のご依頼をいただいています。
ロケットの打ち上げからISSでの滞在,地球への帰還までのプロセスにエラーが発生すると,宇宙飛行士の任務の遂行,場合によっては生命にかかわる事態になります。私たちにはエラーの可能性を極限まで減らし,ミッションを安全に成功させることが求められてきました。
種田 治療成果のエビデンスを重視するEBMの広まりに比べ,科学的根拠に基づく医療安全やチーム作りが志向されてきたのは近年のことです。病院管理者は宇宙飛行士間のチームワークを向上させる訓練や,地上の運用管制員を含めたチーム作りに関心を持つのではないでしょうか。今日は医療の安全性とパフォーマンスを高めるために,宇宙分野におけるチーム作り,組織作りを中心にお話を伺います。
宇宙でも医療でも重要なノンテクニカルスキル
種田 対談に先立って,ISSに司令を出す地上の運用管制センターを見学しました。フライトディレクターと呼ばれるリーダーを中心に,さまざまな役割の運用管制員がチームとして動く体制が整っている印象を受けました。
奈良 ISSで活動する6人の宇宙飛行士を支援するため,日本だけでなく,米欧の運用管制室と連携して24時間365日にわたって協働しています。
種田 充実した体制には驚きました。特に訓練にはかなりのリソースをつぎ込んでいらっしゃるようですね。訓練の実施を繰り返して得られる知見をもとに,他業種への研修ではどのようなお話をされるのでしょうか。
奈良 CRM(Cockpit Resource Management)と呼ばれる,ヒューマンエラーの削減をめざす航空・宇宙分野の考え方を基に,安全意識を高める仕組み作りを解説します。いかにチームとして安全を確保し成果を上げるか。専門技術ではなく,コミュニケーションや状況認識といったノンテクニカルスキルの理解が研修の中核です(表)。
表 CRMを基に構築されたノンテクニカルスキル(奈良氏提供)(クリックで拡大) |
種田 医療安全においてもノンテクニカルスキルの重要性が認識されています。米AHRQと米国防総省が開発したTeamSTEPPS®にも,チーム・コンピテンシーとして,状況モニターやコミュニケーションなど,ノンテクニカルスキルと同じ要素があります。チームとして安全を確保し,効率よく成果を上げるトレーニングの重要性は共通しています。
協調性は学んで習得できるのか
種田 宇宙飛行士は宇宙に行く前にどれくらいの期間,訓練を行うのですか。
奈良 2年半です。その後,約6か月間宇宙で任務に携わります。つまり,約3年にわたって6人の宇宙飛行士が固定のチームを組むことになります。
種田 2年半の訓練期間中にはチーム作りについて,講義を含めて十分に学ぶのでしょうね。
奈良 実は,「チームの在り方とは」といった講義はほとんどありません。実践的な訓練にチームビルディングの要素を織り込んでいます。
例えば,宇宙船が雪山や海上に不時着し,救助を待つという想定で行う訓練(写真)。仲間と連携し,宇宙船に備えられた資材だけで過酷な環境を生き延びます。2年半にわたって一緒に訓練を積む中で,チームを作り上げるのです。
写真 サバイバル訓練の様子 |
雪山への不時着を想定した訓練(ロシア)。救助を待つ一昼夜,極寒の環境下で,チームで安全を確保する(提供=JAXA/GCTC)。 |
種田 なるほど。かなり過酷な訓練のようですが,チームメンバーを決めるプロセスと重視する要素は何ですか。
奈良 一緒に宇宙に滞在するメンバーの決定には精神心理の専門家がかかわります。最高のパフォーマンスを果たせる組み合わせを徹底的に考えて結成します。
その前段階となる宇宙飛行士の選抜試験では,チームを円滑に作れる協調性を重視しています。有名な例では,真っ白なジグソーパズルを数人でどう解き進めるか,審査員が別室で見て資質を判断するプロセスもあります。
種田 閉鎖空間で何日も共同生活を送る試験もあると聞きます...
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