医学界新聞

寄稿

2019.02.25



【寄稿】

病棟における口腔管理の最前線から(前編)
病棟専属の歯科衛生士としての実践と研究

白石 愛(熊本リハビリテーション病院歯科口腔外科/歯科衛生士)


 私は,療養型病院,訪問歯科,老健などで,試行錯誤を重ねてきた一歯科衛生士である。なぜ試行錯誤を重ねてきたかというと,歯科衛生士は歯科医師の指示のもとで診療補助や保健指導等において診療報酬上で評価される項目は存在するが,病棟への介入における評価はほぼないに等しいからである。しかしながら,医療現場において口腔管理は喫緊の課題であり,ニーズは山積している。「現場で求められるもの」と「実際にできること」のギャップに苦慮することも多かった。

 2011年に熊本リハビリテーション病院に入職後は病棟専属の歯科衛生士となり,「現場で求められるもの」にようやく介入できることが,とてもうれしかったことを覚えている。

「看護師による口腔スクリーニング」の実現に至るまで

 入職後ほどなくして看護部との会議が行われ,病棟における口腔管理を充実させるために,当院の歯科医師が口腔スクリーニングの採用を提案した。病棟でさまざまな声が挙がることを覚悟していたが,看護部長をはじめ病棟サイドの反応から良い感触を得ることができた。看護師全員が口腔管理を行えるように練習期間を設けることや,電子カルテへの導入が決まった。

 その後,ポケットサイズの口腔評価表を看護師全員が持ち,病棟入院患者の歯科的な問題を拾うようになった。看護師が,病棟をラウンドする歯科衛生士をつかまえては,評価基準について質問する日々が始まった。病棟での口腔管理が稼働し始めたのである。今となっては当たり前の光景だが,私にとっては改革が始まった記念すべき日となった。

 それと並行して,入院当日に歯科衛生士による評価を開始し,口腔スクリーニングと口腔内の評価をダブルチェックで漏れなく行うことになった。週1回の嚥下カンファレンスやNST(栄養サポートチーム)にも歯科衛生士が参加するようになった。

 私個人としては,念願だったNST専門療法士の資格を取得することができ,現在は病棟をラウンドしながら,訪問診療や外来フォローも行っている。

歯科衛生士が病棟に介入して見えてきた「臨床研究の萌芽」

 入院時から患者と会話を交わすことにより,全身状態と口腔,患者の病識と口腔への関心等との関連が少しずつ見えるようになってきた。

 口腔管理のできている患者はおのずと全身管理もできているが,口腔管理が不十分な患者は生活習慣にも改善が必要な場合が多い。また,前者はかかりつけの歯科を持っており,入院前に歯科治療を済ませてきていることが多く,自信を持ってわれわれ歯科衛生士の口腔チェックに協力してくれる。後者は,ためらいや拒否的な態度を示す場面が見られる。経口摂取を行っていない患者では,口腔機能が廃絶の道をたどっていくという現実を目の当たりにすることもある。一方で,入院療養やリハビリを行う中で生活習慣の変容があり,口腔機能の向上が見られるといううれしい出来事に遭遇することもたくさんある。

 こうした臨床で得た感触を踏まえると,口腔機能をスコア化することによって,何か見えてくるものがあるのではないか。このことが,臨床研究を始めるきっかけとなった。

熊本地震,車中での論文執筆

 臨床研究を始めた頃の思い出深い出来事がある。それは,脳卒中とサルコペニア,口腔問題との関連を明らかにすることを目的とする臨床研究だった。一般高齢者の口腔機能の廃絶は高齢者の咀嚼や嚥下障害,低栄養と関連することが知られている。しかし,私が普段かかわっている脳卒中患者の口腔状態と全身のサルコペニアの関連はそれまで未解明であった。

 共同研究者とリサーチクエスチョンの設定に頭を悩ませ,臨床の合間に患者のデータベースを作成し,参考書を片手に統計ソフトと格闘する日々が続いた。解析結果は予想通りのものだった。回復期の脳卒中高齢者の口腔機能の低下は,全身のサルコペニアと関連していた。それまで未解明であったこの知見に「オーラルサルコペニア」と名付け,さっそく論文執筆に着手した。しかしその矢先,気象庁震度階級では最も大きい震度7を観測する地震が,2016年4月14日夜(後に前震と判明)および16日未明に発生した。

 1か月以上の車中泊を余儀なくされた。職員や患者家族も被災し,帰る家を失った者も少なくなかった。日中は避難所で何かできることはないか,困っている方はいないかと走り回り(写真①),余震で眠れない夜は,車の中や避難先でパソコンに向かい執筆を続けた。執筆に集中すると恐怖心が和らいだ。

写真① 熊本地震における避難所での健康教室。変装して登場すると,子どもたちに笑顔がみられた。

 震災から約半年後,先に英語論文として投稿していたClinical Nutrition誌よりアクセプトの連絡があった1)。翌年2月には第32回日本静脈経腸栄養学会学術集会(JSPEN 2017)のフェローシップ賞応募セッションで研究発表を行い,後日受賞の連絡をいただいた。歯科衛生士として初受賞であった。受賞した演題はESPEN(欧州臨床栄養代謝学会)にて発表を行った(写真②)。

写真② ESPEN(欧州臨床栄養代謝学会)でのポスター発表にて(オランダ・ハーグ)。

 地方の民間病院の歯科衛生士であっても,身近な臨床の疑問から臨床研究の題材を見出し,英語論文として発表することができる。そのエビデンスが,未来の医療を変えるかもしれない。患者さんの健康につながるかもしれない。これが,私が臨床研究に夢中になった動機である。

終末期口腔ケアの事例から

 最近,末期癌患者の終末期にかかわることが何度かあった。いずれも口腔の問題に苦しむ本人からの希望である。脱水で口が乾き,舌の痛みや口腔内汚染もあり,そして痛みで意識が朦朧としている中でも,「口を何とかしてほしい」と言われるのである。そして口腔ケアや保湿を施すと,「とても気持ちがいい」と言われ,「君が天使に見えたよ」と言われることもあった。当初は「もう口腔ケアどころじゃない」という周囲の声もあったが,本人の希望と理解ある人たちのおかげで,最期まで望みを叶えることができた。

 10年ほど前は,病院に歯科がありながら病棟に出向くのを反対されたこともあった。しかし今では看護師やリハスタッフと入院患者の状況を共有し,医師からも相談や依頼を受けるようになった。外来での周術期パスや骨粗鬆症パスも始まった。医療スタッフ皆が口腔管理を考える中で歯科衛生士として働く環境を,ありがたく思っている。

 口は想いを伝え,美味しく食す,感受性豊かな器官である。その口を皆で守っていきたい。患者を笑顔にしたい。その気持ちを胸に,これからも臨床と研究に取り組んでいきたい。口腔管理の可能性は,無限に広がっている。

後編につづく

チームアプローチによる口腔評価と医科歯科連携の推進に向けて

吉村 芳弘氏(熊本リハビリテーション病院リハビリテーション科副部長・栄養管理部長/医師)

 高齢者医療では,全人的アプローチの重要性が指摘されている。医師主導の医療(疾患モデル)から,多職種によるチーム医療(高齢者モデル)へのシフトチェンジである。その中で,口腔管理は重要な位置を占める。一方で,栄養評価はほとんどの病院で行われているが,口腔評価はそうではない。また,医科歯科連携の必要性の根拠は依然として概念的でエビデンスに乏しい。

 入院高齢者の口腔の状態を「見える化」し,医科歯科連携のエビデンスを明らかにすることは大学の研究者ではなく,高齢者医療の最前線で働くわれわれに与えられた使命である。病棟専属の歯科衛生士による実践と研究は,その使命を推進する上で重要な役割を担っている。また看護部による主体的なかかわりも不可欠であろう。当院のモデルが,全国に発展することを期待したい。

参考文献
1)Clin Nutr. 2018[PMID:28017450]


しらいし・あい氏
熊本県歯科医師会立熊本歯科衛生士専門学院卒。歯科クリニック,療養型病院,訪問歯科,老健などに勤務後,2011年より社会医療法人熊本丸田会熊本リハビリテーション病院歯科口腔外科。第32回日本静脈経腸栄養学会学術集会(2017年)にて「脳卒中回復期の口腔問題とサルコペニアとの関連――オーラルサルコペニアの新提言」でフェローシップ賞受賞。歯科衛生士,NST専門療法士。

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