医学界新聞

寄稿

2019.01.07



【寄稿】

新たながん治療法開発への期待

DDSを基盤とした治療開発で,これからのがん治療はどう変わるだろうか。期待される革新を,DDS研究に携わる臨床医,薬学研究者,核化学研究者が紹介する。


治療効果とQOLの両方を患者に届ける

濱口 哲弥氏(埼玉医科大学国際医療センター消化器腫瘍科診療部長/教授)


 がんは日本人の国民病とも言え,2人に1人はがんに罹患し,3人に1人はがんで亡くなります。また,高齢化が進むにつれて,ますますがん罹患数,死亡数は増えていくことでしょう。

 現時点では手術などの局所療法で根治できないがんの多くは,「生存期間の延長」「QOLの改善・維持」を目的にがん薬物療法がなされます。使用される薬剤の多くは臨床的な薬効量と副作用量が近接しているため,薬物有害反応により患者のQOLを損なうことがほとんどです。

 そこで,治療効果を高め,かつ薬物有害反応の軽減を図ることを目的に,抗がん薬をより選択的にがん罹患部に到達させるがんDDS製剤の開発が進んできました。現在,保険承認されているがんDDS製剤にはドキシル®(ドキソルビシン内包PEGリポソーム),パクリタキセルにアルブミンを付加したアブラキサン®(アルブミン結合パクリタキセル),抗体薬物複合体のカドサイラ®(トラスツズマブエムタンシン,抗HER2抗体微小管阻害薬複合体)やアドセトリス®(ブレンツキシマブベドチン,抗CD30抗体微小管阻害薬複合体)などがあります。

 がん薬物療法の現場でポイントとなるのは,まず腫瘍が縮小するなどの治療効果が認められること,次に薬物療法を長く継続できることです。特に薬物療法を長く継続するに当たり,薬物有害反応をどのようにコントロールするかは,治療効果の継続だけでなく患者のQOLの維持にも直結します。

 がん薬物療法の薬物有害反応として古くから広く認知されている悪心・嘔吐などの消化器症状,白血球減少に加え,1990年代から標準治療となった抗がん薬の薬物有害反応に,蓄積性感覚性末梢神経障害や皮膚障害があります。これらの薬物有害反応は支持療法でコントロールが困難なことも多く,QOLに影響を及ぼし,がん患者の社会復帰に向けての障害となっています。薬をがん罹患部に選択的に送達し,コントロールの難しい薬物有害反応を軽減できれば,がん薬物療法を受ける患者のQOLは大きく改善されることでしょう。

 例えば,パクリタキセルは多くのがん種に抗腫瘍活性を有し,がん薬物療法の中核を担う薬剤の一つです。しかし,水にほとんど溶けないため,溶解補助剤として無水エタノールと界面活性剤のポリオキシエチレンヒマシ油が使われています。ポリオキシエチレンヒマシ油は,それ自体に重篤なアレルギー惹起作用が報告されています。そのため,パクリタキセルの投与には,副腎皮質ステロイドおよび抗ヒスタミン薬の前投薬が必要です。また,パクリタキセルに特徴的な蓄積性感覚性末梢神経障害は患者のQOLを損ないます。神経障害の軽減にさまざまなアプローチがなされてきましたが,予防法,治療法が確立されていないのが現状です。

 がんDDS製剤のアルブミン結合パクリタキセルは水溶性で,無水エタノールとポリオキシエチレンヒマシ油を使いません。アレルギー予防の前投薬は不要で,従来のパクリタキセル製剤より高用量の投与が短時間で可能となりました。国内では2010年に乳がん,2013年に胃がん,非小細胞肺がん,2014年に膵がんに対して保険承認され,標準治療として確立しています。

 近年では抗体薬物複合体の開発も進められ,実臨床で生かされています。抗がん薬をより選択的にがん罹患部に送達することのできるがんDDS製剤は,がん薬物療法の新しい分野として注目されています。残念ながら,アルブミン結合パクリタキセルでは蓄積性感覚性末梢神経障害に関する問題は十分に解決されていないため,新たな剤形の開発の成功を望んでいます。

 DDSは医学,薬学,工学,その他広範な学問領域の研究者の交流で発展してきました。2019年

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