医学生・研修医のうちに知っておきたい「看取りの作法」(日下部明彦)
インタビュー
2018.12.10
【interview】医学生・研修医のうちに知っておきたい「看取りの作法」 日下部 明彦氏(横浜市立大学総合診療医学教室准教授)に聞く |
看取りの場面での医師の立ち居振る舞いは,その後の遺族の悲嘆に大きな影響を及ぼす。しかし,医学教育において看取りの作法を学ぶ機会は少なく,個人のセンスと経験に任されているのが現状だ。「死亡を確認したことを家族へどのように伝えたら良いのだろう?」「死亡診断後の声掛けは,あれで本当に良かったのだろうか?」と悩んだ経験を持つ若手医師も多いことだろう。
「地域の多職種でつくった『死亡診断時の医師の立ち居振る舞い』についてのガイドブック」1)には身だしなみや態度,遺族への説明の仕方など場面ごとに留意すべき事項が簡潔にまとめられており,医学生・研修医のうちに目を通しておきたい資料だ。本ガイドブックの作成者で,現在は卒前における看取り教育にも取り組む日下部明彦氏に話を聞いた(関連記事)。
――死亡診断時の医師の立ち居振る舞いに対して問題意識を持った経緯から教えてください。
日下部 きっかけは,消化器内科医から緩和ケア医に転身し,ホスピスで病棟長を務めていた頃の出来事です。管理職になると病棟看護師からいろんな要望や苦情を受けるのですが,その中でも特に多かったのが「当直医の看取りの場面での振る舞いがひどい」というものでした。
苦情の対象となった当直医はアルバイトです。そのホスピス病棟は年間100人以上を看取るのに対して医師は数人で,主治医が全ての看取りに立ち会うのは不可能でした。それで夜間・休日は,近隣病院からのアルバイト医師に看取りをお願いしていたのです。
――どのように“ひどい”のですか。
日下部 ホスピス病棟の看護師は看取りやグリーフケアに対する思い入れが強いですから,死の間際まで最善を尽くしている。その最中に,当直医が寝ぐせ頭にサンダル履きでバタバタと部屋に入ってきて,そそくさと死亡診断だけ済ませて帰っていくのです。そういう状況に対して,「今まで積み上げてきたケアが台無しになった」と看護師が落胆するのも当然でしょう。
――病棟長として,当直医に注意してほしいというわけですね。
日下部 ただ,当時の私はまだ30代です。他の病院から来た年配の医師に対して,態度を改めるように進言するのは勇気のいることでした。そこで,「直接言うのが無理なら,マニュアルとしてさりげなく示してはどうだろう」と思いついたのです。それで探してはみたものの,適当な資料が見つからない。そういえば,教わったこともなかったなぁと気付きました。
――じゃあ自分でつくろうと?
日下部 はい。結果的にはホスピス病棟長の頃は多忙で実現できなかったのですが,在宅クリニックに異動後に本腰を入れて着手しました。というのも,病院なら死亡診断時の医師の態度が悪かったとしても,その後は看護師がフォローしてくれるので何とかなります。でも在宅看取りは,医師だけで完結することもある。つまり,看取りに際しての医師の責任は,病院よりも在宅のほうが大きいのですね。
在宅においても主治医以外の医師が看取る場合も多いことを考えると,やはりマニュアルをつくっておく必要があると再認識しました。
――主治医ならともかく,自分が担当でない患者さんの死亡診断に立ち会ったとき,初対面の家族の前でどう立ち居振る舞えばいいのか。難しいです。
日下部 しかも病院・在宅を問わず,臨床医である以上はそういった場面に必ず遭遇します。今後は日本が多死社会を迎えると同時に,「働き方改革」の一環で1人の患者を複数の医師で診る動きも加速するでしょう。その場に居合わせた医師が死亡診断を行う傾向はますます強まるはずです。
家族が医師に求めることは? 死亡診断後にどう声を掛ける?
日下部 マニュアルの作成後,「死亡診断時の医師の立ち振る舞いについてのマニュアル作成の意義」と題して第24回日本在宅医療学会(2013年)で発表したところ,好意的な反響がありました。中には「研究として発展させたほうがよい」というアドバイスをくれた人もいて,より広く普及させるための戦略を考えるようになりました。結果的に勇美記念財団の助成を得て,横浜市南区の在宅医8人と訪問看護師10人へのインタビューのほか,自宅で死亡診断を行った遺族へのアンケートを実施しました。その成果物が「地域の多職種でつくった『死亡診断時の医師の立ち居振る舞い』についてのガイドブック」(以下,「ガイドブック」)です。
――当事者であるご遺族にも聞いているのですね。
日下部 誰が作っても似たような内容になることは事前に予想していました。経験を積んだ医師にとっては当たり前のことしか書かれていないので,異論が出ない代わりに凡庸になる恐れもある。より説得力を増すには,当事者の声が必要だろうと考えた結果です。
この判断には,私自身の経験も影響しています。ホスピス病棟だと,看取った後しばらくたってからご遺族があいさつに来られることがあるのですね。それで在宅医療にかかわり始めてから,今度は自分からご遺族の家に出向くようにしました。そうすると,私以外の医師が看取った場合でも,その場の雰囲気や当時の心境を教えてくれるのです。看取りの際の医師の立ち居振る舞いの最終アウトカムはご遺族の評価なのだと,そのとき強く実感しました。
――ではアンケート結果で,特に印象的だった項目は何でしょう。
日下部 「家族が死亡診断時に必要と考えたこと」という項目で,「落ち着いた雰囲気である」が上位でした(図)。予期された死であるなら急ぐ必要はないので,ゆっくりと対処してほしいわけですね。これは病院でも顕著なのですが,心電図モニターがフラットになると医師が慌てて入って来て,終末期の患者と家族の間に流れる厳かな雰囲気が台無しになってしまう事例はよくあります。
図 家族が死亡診断時に必要と考えたこと(文献1をもとに作成,n=99)(クリックで拡大) |
他には「よく知らない医師が行う場合にも,医師がおおむねの経過を知っている」。たとえ主治医以外の医師による往診・診察であっても,経過を理解した上で臨む必要があるでしょう。
――経過を知らないと,家族とのコミュニケーションもままならないですものね。死亡診断後は,どのような声掛けをすればいいのでしょうか。
日下部 まずは話しやすいムードをつくること。そのためには,忙しそうにせず,ゆっくりとした所作で聴く体勢を取ることが大事です。
その上で家族へのお話の際のポイントは3つあります。まず,患者さんのつらさに関して説明すること。死亡直前の下顎呼吸を見て動揺する家族もいます。「穏やかなお顔ですね」などと話し,患者本人は苦しまなかったことを理解してもらう必要があります。次に,患者さんへの尊敬の気持ちを表現すること。「よく頑張りましたね。主治医からも聞いております」などの声掛けですね。最後が特に重要で,家族をねぎらうこと。傾聴の過程で「ご家族の皆さまもよく頑張りましたね」などと自然に発すると,家族は感情を表出しやすくなります。
――経験を積んだ医師ならば確かに“当たり前のこと”でも,若手医師にとっては難しいかもしれません。
日下部 確かに,卒前教育の段階からグリーフケアを学ぶ看護師と違い,医学教育において看取りの作法を学ぶ機会はほとんどありません。初期研修医のうちに指導医に教えてもらえる場合もあるでしょうが,全ての研修医がそうした機会に恵まれるとも限りません。
だからといって,家族の気持ちを考えると,「若いからできなくても仕方ない」では済まされないですよね。「ガイドブック」は在宅を想定して作ったものの,病院内でも使える内容をめざしました。最も目を通してほしいのは,医学生や研修医なのです。
形式的なマナーより大事なこと
――「ガイドブック」の公表後,大学に異動されています。
日下部 在宅医療の現場に身を置き,地域連携に対する問題意識が高まってきました。地域のスタッフが聞き取った患者・家族の気持ちが,病院の医療者には全く伝わっていない。医療は人々の生活の一部に過ぎないのに,病気中心の発想から抜け出せていないと感じたのです。看取りの教育も含め,医師の態度教育に絡む問題は時間がかかります。外部から批判するだけでなく大学の内部から,医学生や研修医への教育に力を入れることで変えていきたいと考えての決断でした。
――医学生への教育で,「ガイドブック」をどう活用しているのでしょう。
日下部 現在は医学部4年生に対して,総合診療医学講座による在宅医療・終末期医療の講義の中で使っています。終末期がん患者の事例をもとに医療倫理上の問題点を説明し,その後に「ガイドブック」の解説を行うという流れです。同時にその教育効果についても検証を行っていて,第22回日本緩和医療学会(2017年)で最優秀演題賞を受賞することができました。
――医学生のうちに最低限のマナーは押さえておくことが大事ですね。
日下部 通説みたいなことでも根拠を持って教えれば自信がつくし,いざというときに慌てずに済むのだと思います。ただし,授業では「『ガイドブック』通りにやりなさい」とは言いません。結局は現場でのアドリブでやっていくほかないですから。形式よりも大事なのは,「最期まで患者を尊重して丁寧な診療を心掛けること」と「遺族の心情に敏感になること」です。医学生・研修医にはこれらの原則を守った上で,自分なりのスタイルを確立していってほしいと願っています。
参考文献・URL
1)えんじぇる班.地域の多職種でつくった『死亡診断時の医師の立ち居振る舞い』についてのガイドブック.2014.
くさかべ・あきひこ氏
1996年横市大医学部卒。初期研修修了後,消化器内科医として終末期がん患者の看取りを数多く経験する中で緩和医療と出会う。医局ローテーションを離れ,2007年より横浜甦生病院ホスピス病棟長,12年よりみらい在宅クリニック副院長として,地域医療や専門職連携,終末期医療に従事する。14年10月より現職。「死亡診断時に立ち会ったご遺族も,将来は患者になる。その人たちに,“医療はいいものだ”と思ってもらいたい」。
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