造血幹細胞移植と感染症⑤ サイトメガロウイルス再活性化の予防戦略(森信好)
連載
2018.10.15
目からウロコ!
4つのカテゴリーで考えるがんと感染症
がんそのものや治療の過程で,がん患者はあらゆる感染症のリスクにさらされる。がん患者特有の感染症の問題も多い――。そんな難しいと思われがちな「がんと感染症」。その関係性をすっきりと理解するための思考法を,わかりやすく解説します。
[第29回]造血幹細胞移植と感染症⑤ サイトメガロウイルス再活性化の予防戦略
森 信好(聖路加国際病院内科・感染症科副医長)
(前回からつづく)
前回は同種造血幹細胞移植(allogeneic HSCT;Allo)後感染症の主役でもあるサイトメガロウイルス(cytomegalovirus;CMV)再活性化についてお話ししました。CMVは免疫調整ウイルスであり,肺炎などのdirect effect以外にも,再活性化するだけでその他の細菌感染症や真菌感染症のリスクであるindirect effectも起こすのでしたね。また,ドナー(D)とレシピエント(R)のCMV抗体の有無によってリスクが異なり,特にR+では高リスクになると説明しました。では,CMV再活性化をいかに予防すればよいのか,本稿で詳しく解説しましょう。なお,今回の原稿執筆に当たり開示すべきCOIはありません。
これまでの抗CMV薬
国内で使用できる,CMVに活性のある抗ウイルス薬のおさらいです(表1)。
表1 サイトメガロウイルス(CMV)に活性のある抗ウイルス薬(IV=静注,PO=経口)(クリックで拡大) |
1つ目はヌクレオシド類似体であるガンシクロビル(GCV)とそのプロドラッグであるバルガンシクロビル(VGCV)です。2つ目はピロリン酸類似体であるホスカルネット(FOS)です。そして最後は日本では未承認ですがヌクレオタイド類似体のcidofovirです。CMVに対する日常診療でcidofovirが登場することは極めてまれですので今回は割愛し,GCV/VGCVおよびFOSについて主に説明します。
Prophylaxis vs. Pre-emptive therapy
CMV再活性化の予防戦略を語る上で重要なのは予防投与(prophylaxis)と先制攻撃的治療(pre-emptive therapy)です。それぞれどのような特徴があるのでしょうか。
Allo後においてCMV再活性化はそのこと自体がさまざまな悪影響を及ぼしますので,決して起きてほしくないものです。したがって,「好中球減少と感染症」における抗菌薬予防投与と同じ考え方で,移植の初めの段階,あるいは生着後から抗ウイルス薬を投与して再活性化が起きないように予防してしまう戦略がprophylaxisです。これは実に理にかなっていますね。
1990年代前半まではこのprophylaxisが主流でした。でも大きな問題がありました。それは抗ウイルス薬による副作用です。GCVの重篤な副作用は何と言っても好中球減少です。1990年代前半に相次いで報告されたランダム化比較試験(RCT)1, 2)ではいずれもGCVによるCMV diseaseの予防効果はあったものの,好中球減少に伴う細菌感染症や真菌感染症などで,結局予後は改善しないとの結果でした。FOSでも予防効果はありますが,重篤な腎機能障害などの副作用があり3),prophylaxisとしては定着しませんでした。
苦肉の策として,抗CMV活性を一応有し,より副作用の少ないアシクロビル(ACV)4)やバラシクロビル(VACV)5)によるprophylaxisも研究され,一定の効果は示されましたが,やはりGCVなどには効果が及ばず高リスク群で根付くことはありませんでした。
そこで,効果を担保しつつも極力副作用を減らそうという戦略が生まれます。これがpre-emptive therapyです。つまり副作用の多い抗ウイルス薬を初めから投与するのではなく,生着した後,1週間に1~2回CMV抗原血症の検査を行い,数値が上昇していれば初めて治療を行う6)というものです(図)。CMV disease,特にCMV肺炎に至る10日前の段階ですでに血中からCMVが検出され得る7)ことが知られていますので,CMV diseaseに至る瀬戸際で食い止める考え方です。GCV8)のみならず,VGCV9)やFOS10)でもその有効性が示されています。このpre-emptive therapyが1990年代中盤から現在に至るまでの20余年にわたりCMV再活性化の予防戦略のメインであり続けてきました。とはいうものの,やはりGCV/VGCVは使用に伴う好中球減少の副作用が懸念されますし,FOSも腎機能障害のみならず電解質異常の副作用があります。また,CMV抗原血症を事前にうまく検知できればよいのですが,特にAllo後に多いCMV胃腸炎ではCMV disease発症前の検査感度が20%程度11)とかなり低くなっており,抗原血症だけに頼るpre-emptive therapyにはどうしても限界があるわけです。
図 Prophylaxisとpre-emptive therapyの時期 |
新しいCMV再活性化予防戦略
そこで,pre-emptive therapyの課題から再びprophylaxisが見直されることになります。Prophylaxisの最大の問題点は抗ウイルス薬の副作用でした。その副作用を極力抑えた3つの薬剤が相次いで研究され,臨床試験が行われます(表2)。Brincidofovir,maribavir,そしてレテルモビル(LTV)です。
表2 新規薬剤の概要(文献12~16より作成)(クリックで拡大) |
Brincidofovirはcidofovirのプロドラッグであり,phase II12)ではplacebo群に比べてCMVのイベントが有意に低く,cidofovirの重篤な副作用である腎機能障害も見られませんでした。期待を一身に背負ってphase IIIが行われましたが,残念ながら有効性を示すことができず臨床試験は打ち切りになりました。Maribavirもbrincidofovir同様phase II13)で示した有効性をphase III14)で示すことはできませんでした。
そうした中,LTVが唯一素晴らしい結果を出し,まさにCMV再活性化予防戦略のパラダイムシフトを起こさんとしています。
まず,2014年に発表されたphase II15)では,生着後12週間にわたりLTVを1日60 mg,120 mg,240 mgの用量別に投与しplaceboと比較したところ,用量依存的に効果を発揮することが明らかとなり,placebo群では予防失敗が64%であるのに対し,240 mg投与群では29%と有意に予防効果が示されました。
その後2017年に報告されたphase III16)が大きなインパクトを与えます。20か国で行われた多施設共同研究であり,LTV投与群とplacebo群に割り付けて14週まで投与し,その後24週までにCMV diseaseを発症あるいはCMV-DNAが上昇しpre-emptive therapyを行った患者の割合をprimary end-pointとしています。結果,LTV群で有意に低く(37.5% vs. 60.6%,P<0.001),24週における死亡率もplacebo群に比べて有意に低い(10.2% vs. 15.9%,P=0.03)ことが示されました。一方で有害事象はLTV群とplacebo群で有意差は見られませんでした。
この臨床試験を受けて米国の多くのがんセンターではAllo移植の生着後早期におけるCMV再活性化予防戦略としてpre-emptive therapyからLTVによるprophylaxisに大きくかじを切っています。一方で用量が少ない場合にはLTVの耐性出現17)の懸念も出ていますので,今後の動向が注目されます。
今後の課題
100日目までの「生着後早期」ではLTVによるprophylaxisが今後の主流となるでしょうが,100日目以降の「生着後後期」において近年増加しているCMV再活性化に対する予防戦略はまだ固まっていません。VGCVのprophylaxisとpre-emptive therapyの比較試験18)でも有意差を示すことができませんでしたので,当分はこれまで通りpre-emptive therapyになりそうです。
今回はCMV予防戦略について詳細にお話ししました。Prophylaxisとpre-emptive therapyの概念についてご理解いただけましたか。また2017年に報告されたLTVによるprophylaxisが生着後早期の予防戦略を大きく変えようとしていますので,ぜひ注目してみてください。 |
(つづく)
[参考文献]
1)Ann Intern Med. 1993[PMID:8380242]
2)Ann Intern Med. 1993[PMID:8380243]
3)J Infect Dis. 1992[PMID:1323614]
4)Lancet. 1994[PMID:7907729]
5)Blood. 2002[PMID:11929799]
6)Blood. 1996[PMID:8916975]
7)Blood. 1992[PMID:1325214]
8)N Engl J Med. 1991[PMID:1658652]
9)Blood. 2006[PMID:16352807]
10)Blood. 2002[PMID:11830461]
11)Bone Marrow Transplant. 2004[PMID:14676775]
12)N Engl J Med. 2013[PMID:24066743]
13)Blood. 2008[PMID:18285548]
14)Lancet Infect Dis. 2011[PMID:21414843]
15)N Engl J Med. 2014[PMID:24806159]
16)N Engl J Med. 2017[PMID:29211658]
17)J Infect Dis. 2016[PMID:26113373]
18)Ann Intern Med. 2015[PMID: 25560711]
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