医学界新聞

対談・座談会

2018.10.15



【対談】

医療ブロックチェーンが宿す可能性

水島 洋氏(国立保健医療科学院研究情報支援研究センター長)
笹原 英司氏(NPO法人ヘルスケアクラウド研究会理事)


 仮想通貨ビットコインの基盤技術として脚光を浴びるブロックチェーン(MEMO)の応用が広がりを見せてきた。2018年7月に経産省が公表した報告書1)は,物流や権利処理,そして医療・ヘルスケア分野への応用に言及している。これまでの情報管理システムとは一線を画すブロックチェーンは医療にどんな可能性をもたらすか。

 医療分野へのブロックチェーン活用を研究する水島氏,笹原氏による対談では,医療分野の情報活用の現状と,新技術がデータ活用にもたらす革新への期待が話された。


水島 笹原先生は医療ITやフィンテック(FinTech)を扱う企業のアドバイザーを長年お務めと聞いています。

笹原 普段は企業のコンサルティング業務が中心です。

水島 ブロックチェーンの研究を始めたきっかけは,金融分野でしたか。

笹原 はい。2015年ごろに,あるイノベーションコンテストで仮想通貨の演題を聞いたのが最初でした。

水島 そのころ日本ではブロックチェーンへの関心が高まりつつも,仮想通貨取引所のハッキング事件などを受け,新技術の安全性を不安視する声が多かったです。一方,海外では金融分野にとどまらず,ブロックチェーンを他分野へ応用する動きがどんどん始まった時期に当たります。

笹原 米国HHS(Health and Human Services)がブロックチェーンのイノベーションコンテストを行ったのも2015年です。医療行政が先陣を切って取り扱ったのは衝撃でした。

水島 それから3年,世界最大のヘルスケアIT会議HIMSS 2018年集会では,ブロックチェーンは人工知能,ビッグデータ,IoTといった注目分野と並ぶほどの演題数となっています。

 私は希少疾患対策を研究していて,患者情報のよりよい収集・活用方法を模索する中でブロックチェーンに関心を持ちました。ブロックチェーンの応用は医療情報の管理方法をはじめ,医療分野に革命的変化をもたらす可能性があります。今日はブロックチェーンの特徴を整理した上で,現状と課題を踏まえつつ,医療ブロックチェーンの持つ可能性を話し合います。

ブロックチェーンの特徴と記録するデータの種類は

水島 ブロックチェーンの技術的特徴は高いセキュリティです。それは,①多数のコンピュータが相互にデータを共有する分散型台帳技術と,②情報の耐改ざん性に裏付けられています(仕組みはMEMOを参照)。

笹原 ①は従来の中央管理システムとは一線を画します。多数のコンピュータが相互に情報を承認・監視することで情報の正しさを保証します。

水島 相互バックアップで安全性も担保しますね。システムには誰でもデータを閲覧可能なパブリック型と,限られたコンピュータのみが台帳を持つプライベート型があります。パブリック型は記録の透明性が魅力ですが,医療情報はプライバシーの塊ですから,関係者以外は情報が閲覧できないプライベート型での構築が基本でしょう。

笹原 はい。電子カルテやPHR(Personal Health Record)を誰でも閲覧できるのは困ります。似た事情を持つ金融分野では,プライベート型のシステムの実装が広がっています。

水島 ②データの改変を許さない仕組みと,ブロックの生成時刻が記録され,履歴を担保できるのも特徴です。ブロックチェーンが仮想通貨の基盤技術になっているのも,信頼できる履歴を残せるとの理由からです。

笹原 経産省の検討会でも履歴の保証には注目が集まりました。現状では電子署名の有効性など法律上の課題はあるものの,活用に向けて議論が進んでいる段階です。

 しかし,書き換え不可能なデータベースにはメリットの反面,情報を削除できないデメリットも伴います。欧州では,個人情報の「忘れられる権利」が一般データ保護規則(GDPR)で保障されているように,情報が消去不可能なのは問題です。

水島 そうですね。そのため,医療情報そのものをブロックチェーンに記録するのは難しいでしょう。そもそもブロックチェーンは画像など比較的大きいデータの保管には不向きなデータベースです。医療情報そのものはブロックチェーンではなく,これまでのようにサーバーに保管し,サーバーへのアクセス権をブロックチェーンで管理する方法が有力と考えています。

笹原 「患者が医療機関に対して診療情報の参照,登録のアクセス権を与える」という仕組みですね。診療情報が一つの医療機関の電子カルテ内にとどまり,医療機関の垣根を越えた利用が限られる現在の構造が大きく変わる可能性を秘めています。

点在する診療情報を集約する

水島 笹原先生の指摘に同感です。ブロックチェーンはこれまで以上に広範囲でのデータ共有に役立ちそうだと私は思っています。

笹原 世界最先端のIT国家,北欧のエストニアのような仕組みですね。

水島 エストニアの健康情報システムでは,安全なネットワーク環境(X-Road)を基盤に政府が一括管理しています。電子カルテシステム,電子処方箋システム等は国に一つで,医療機関はこのシステムに接続して患者さんの既往歴や服用薬の情報を共有します。

笹原 エストニアでは医療に限らず,会社登記,自動車運転免許の登録・更新などの業務プロセスが全て電子化された「電子政府」を構築しています。こういったサービスの共通連携基盤にブロックチェーンを組み込んだ例もあるようです。他国も国家レベルでのデータ共有を重視する流れにあります。インドではエストニアの仕組みを参考に,国民の医療データを共有するとの目標を2018年8月に掲げました。

水島 医療機関ごとに電子カルテシステムが違い,データ共有になかなか至らない日本とは違いますね。

 また,日本では診療情報の電子管理は一般化したものの,患者自身は情報利用に関与できない状況です。エストニアで個人情報の電子的共有に同意が得られているのは,国民ポータルサイトによる情報利用の透明性が大きいです。自分の個人情報の管理,活用状況がポータルサイトでいつでも確認でき,誰が,いつ,どんな理由でアクセスしたかを確認できます。

笹原 水島先生の構想の全体像がわかってきました。あらゆる医療機関の電子カルテをクラウド上に一本化し,患者さんにはPHRの形で提供する。そして,患者さんは受診する医療機関に診療情報へのアクセス権を提供するということですね。

水島 はい。情報の管理,利用を患者が主体的に行うのです()。この電子カルテシステムの目的は,服薬歴の一元管理というお薬手帳の本来の姿と類似します。複数の医療機関を受診する患者はもちろん,他院への紹介や緊急搬送,さらには遠隔診療にも利用機会があります。初めて受診する医師から適切な医療を受けるには,健診データも含めこれまでの医療記録を統合的に提供できる仕組みが必要です。

 患者が主体的に診療情報を管理するシステムの例
診療に関する情報はサーバーに一括管理し,患者からアクセス権を得た医療機関がデータを登録,参照する。医療機関の他,研究機関等にデータを提供することも

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