アルツハイマー病変の早期検出はどんな可能性をひらくのか(柳澤勝彦)
インタビュー
2018.10.01
【interview】
アルツハイマー病変の早期検出はどんな可能性をひらくのか
柳澤 勝彦氏(国立長寿医療研究センター研究所長)に聞く
世界に先駆けて超高齢社会に突入した日本。認知症患者数は今後も増加を続け,2025年には65歳以上の高齢者の約5人に1人に当たる,730万人に上るとの推計もある。認知症の予防法や根本的治療法の開発が喫緊の課題となる中,国立長寿医療研究センターと島津製作所の研究グループは,アルツハイマー病変(脳へのアミロイドβ蓄積)をわずか0.5 mLの血液から検出する手法を確立し,2018年2月のNature誌に発表した1)。アルツハイマー病の制圧に向け,本手法はどのように貢献するのか。研究グループ代表の柳澤氏に,手法の原理や応用の可能性を聞いた。
根本的治療薬開発の道筋をつける
――アルツハイマー病の治療薬開発が難航しています。
柳澤 根本的治療をめざし,アミロイドβ(Aβ)の産生を抑制するBACE阻害薬などの開発が進められてきましたが,2018年に入り臨床試験の中止が相次いでいます。
アルツハイマー病の薬として国内では現在,3種類のアセチルコリンエステラーゼ阻害薬,1種類のNMDA受容体拮抗薬が認可されていますが,いずれも神経伝達を活性化する対症療法的な薬であり,神経細胞死そのものを止めることはできません。
――根本的治療薬の開発は,なぜ思うように進まないのでしょうか。
柳澤 臨床試験に二つの問題があったと考えられます。まずは,介入のタイミングが遅すぎた可能性です。これまでの臨床試験では,認知症を発症した方に治験薬を投与していましたが,患者の脳では認知機能低下が始まる20~30年も前からAβ蓄積が起きています(図1)。発症した段階では相当程度,脳が損傷を受けていて,治験薬の効果が出にくかったと想像されます。これまでの臨床試験で効果が認められなかった薬でも,もっと早い段階で投与すれば効いていたかもしれません。
図1 アルツハイマー病の時間軸(文献2に加筆)(クリックで拡大) |
もう一つの問題は,被験者にアルツハイマー病以外の認知症患者が含まれていた可能性があることです。これはアルツハイマー病変の確認が不十分で,認知機能低下のみで被験者をリクルートしていた研究も多かったためです。アルツハイマー病と臨床診断された方のPET検査陰性率に鑑みると,その割合は被験者の3分の1に上るとの推定もあり,アルツハイマー病に対する薬の本来の効果を見えにくくしていた可能性があります。
――根本的治療薬の開発には,Aβ蓄積などのアルツハイマー病変を発症前に客観的に確認すること,認知症の原因がアルツハイマー病かどうかを鑑別することが必要なのですね。
柳澤 はい。私たちがこのたび,血液を用いたAβ蓄積の検出法を開発した動機はまさにそこです。アルツハイマー病は,患者数が多いにもかかわらずいまだ根本的な治療法がない,アンメット・メディカルニーズが最大の疾患です。この研究は,アルツハイマー病の制圧に向けた大きな一歩と考えています。
なぜ血液で脳の病変を検出できるのか
――脳へのAβ蓄積を検出する方法には,脳脊髄液検査やPET検査もあります。血液検査にはどのような利点があるのですか。
柳澤 臨床試験には何千人もの被験者が必要ですが,脳脊髄液検査やPET検査には侵襲性や費用の高さという壁があります。今後,さらに初期の段階で介入を行うとすれば,認知機能が正常な人にも検査を受けてもらう必要があります。今回確立した方法で用いるのはわずか0.5 mLの血液ですから,より安全で簡便な方法として大規模検査を実施することも可能です。検査の精度も,仮にPET検査が全て正しいとして,約90%と極めて高い値です。
――血液検査の原理を教えてください。
柳澤 脳から血液に漏れ出てくるわずかなAβを,免疫沈降法と質量分析法を組み合わせて検出します。Aβはアミロイド前駆体タンパク質(APP)が2か所の切断を受けてできるペプチドですが,老人斑の主要成分となるAβ1-42の他にも切断箇所のわずかに異なる断片が生じます(図2)。脳で重合するのはAβ1-42であり,Aβ1-40やAPP669-711といった他の断片は重合能を持ちません。
図2 Aβ関連ペプチドの構造(文献1)(クリックで拡大) |
アミロイド前駆体タンパク質(APP)が2か所の切断を受け,AβやAβ関連ペプチドとなる。脳内で重合し老人斑を形成するのはAβ1-42。切断箇所の異なるAβ1-40やAPP699-711は重合能を持たない。 |
採取した血液から,Aβ関連ペプチドのみを免疫沈降法によって抽出した後,質量分析することで各ペプチドの量を測定します(図3)。重要なのはAβ1-42と,Aβ1-40やAPP669-711の存在比です。私たちの表示法では,脳へのAβ蓄積が陰性の被験者ではAPP669-711よりもAβ1-42のピークが高いのですが,陽性の場合は逆にAβ1-42のほうが低くなります。
図3 血液中のAβ関連ペプチドの質量スペクトル(文献3)(クリックで拡大) |
AはAβの脳内蓄積が陰性,Bは陽性の被験者。陰性の場合はAPP669-711よりもAβ1-42のピークが高いが,陽性の場合は逆にAβ1-42が低くなる。 |
――老人斑を構成するAβ1-42の「量」そのものではなく,APP669-711との「比」が重要なのですね。
柳澤 はい。比に注目したのがこの研究のポイントです。血液で脳へのAβ蓄積を判定できないかという研究自体はかなり前から行われていましたが,難航していました。それは,脳から血液に漏れ出てくるAβ関連ペプチドは1%以下とごくわずかな上に,血液中では不要なタンパク質とみなされ,どんどん分解されてしまうからです。タンパク質を壊す活性は個人差が大きく,体調によっても変動します。このように,血液中のAβ1-42の量は脳へのAβ蓄積とは関係のない要因による影響を受けるため,マーカーとしては使えませんでした。
――では,なぜAP......
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