再生医療研究の歩む道(澤芳樹,髙橋政代)
対談・座談会
2018.08.06
【対談】
再生医療研究の歩む道
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澤 芳樹氏(大阪大学大学院医学系研究科心臓血管外科学教授/日本再生医療学会理事長)
髙橋 政代氏(理化学研究所生命機能科学研究センター網膜再生医療研究開発プロジェクトプロジェクトリーダー) |
2007年に京大の山中伸弥氏がヒトiPS細胞を樹立して以来,iPS細胞関連の基礎研究,臨床研究ともに日本は世界をけん引する位置にいる。社会への再生医療の実装を見据え,iPS細胞を用いた再生医療研究をどう進めるか。
本紙では,2014年,iPS細胞に由来する網膜色素上皮細胞シートの移植手術を世界で初めて実施した髙橋氏と,日本再生医療学会理事長を務め,2018年5月にiPS細胞を用いた心筋細胞シートを重症心不全患者に移植する臨床研究の条件付き承認を得た澤氏による対談を企画。再生医療の現在地,技術開発に向けた考え方,今後の展望をお話しいただいた。
髙橋 澤先生の臨床研究が,5月16日に厚労省の承認を得ました。iPS細胞を用いた世界初の心不全の臨床研究として,国内外から注目を浴びています。
澤 研究を行ってよいとされましたので,いよいよ今からがスタートです。
髙橋 iPS細胞の臨床応用をめざす研究者として,澤先生の研究が進むのは喜ばしく思います。これまで多くの準備を重ねてこられたのでしょうね。
澤 心不全患者の救命を使命に,これまで人工心臓や心臓移植による治療を行いながらも,助けられない患者さんがいることは心臓血管外科医として無念でした。その思いから,再生医療に20年ほど取り組んでいます。
iPS細胞の研究に取り組む前は,筋芽細胞が放出するサイトカインが心機能を改善することに着目し,患者自身の脚の骨格筋由来の筋芽細胞から作ったシートを心臓に移植する,「ハートシート®」の開発に尽力しました。2007年に臨床研究を開始し,2015年9月に薬事承認されています。ただ,ハートシート®はその原理から,毎回患者自身の細胞を事前に採取して培養する負担があります。ストックできるiPS細胞を心不全治療に生かす着想を得たのは,山中先生がヒトiPS細胞の樹立に成功した直後の2008年です。以後,10年にわたり京大と共同研究をしてきました。
髙橋 私も有効な治療法が限られる疾患を細胞移植によって解決したいと考えて,再生医療研究に力を注いできました。研究対象は,視細胞を支持する網膜色素上皮細胞の障害によって起こる加齢黄斑変性です。網膜色素上皮細胞は完全には自己再生しないため,網膜色素上皮細胞疾患を治すには細胞移植しかありません。1995年に神経幹細胞で研究を始めてから,ES細胞,iPS細胞と研究対象を広げてきました。現在はHLAが合致する他家iPS細胞由来網膜色素上皮移植の臨床研究を行っているところです。また,視細胞移植の準備も進めています。
澤 髙橋先生がiPS細胞の臨床研究を始めた当時は,研究不正が大きく報道されるなど,科学研究に対する世論の風当たりは厳しいものでしたね。その中で世界初の移植手術を成功させ,道なき道を歩んできた髙橋先生の功績は大きなものです。
再生医療が治療として普遍化するには,臨床研究で成功事例を重ねなければなりません。今日は,再生医療の技術開発に向けた私たちの考えを中心に議論したいと思います。
臨床のニーズを満たす手応えが研究の推進力に
澤 髙橋先生と私の研究には技術的な共通点があります。細胞をバラバラではなく,シート状にして移植するということです。
髙橋 特に視細胞の場合,この点は研究の成否を分けるポイントでしたね。2年ほど前まで,網膜色素上皮細胞の研究では視細胞の機能を喪失した動物にバラバラの視細胞を移植する方法が世界の主流でした。実験結果がきれいに出やすかったためです。しかしその後,バラバラの細胞移植には根本的な欠陥が見つかって,この手法による研究は全てストップしてしまいました。
研究者には一見遠回りに思える,細胞シートを使う手法を取っていたのは,臨床で出会う患者さんの「導き」があったからです。実験結果の出しやすさではなく,治療に応用するにはシートのほうが適していることを根拠に研究に取り組んだことが,結果的に正しい道につながっていました。
澤 心臓でもバラバラの細胞を移植する手法はあり,私も動物実験をしています。しかし,臨床応用するには効果が不安定で行き詰まっていたときに,細胞シートを使って研究していた岡野光夫先生(東女医大特任教授)の発表を見ました。これだ,と思って取り入れてみると,細胞シートの効果の高さと安定性がわかりました。学生時代に読んだ岡田節人先生の『細胞の社会』(講談社)が説く通り,細胞は組織となって初めて,本来の働きができるものだと実感しました。
今進めている研究は,臨床医として痛感するアンメット・メディカル・ニーズを解決できる手応えがあります。研究成果を出してから臨床応用を考える発想ではなく,臨床応用のニーズをもとに研究を組み立てています。
髙橋 助けなければならない患者さんが目の前にいることこそが,再生医療研究に没頭する推進力になっています。
航空機開発は300メートルしか飛べないところから始まった
髙橋 網膜色素上皮細胞も心筋細胞も,iPS細胞からシートを作る技術を確立したことで,移植の材料を得ることができました。次のステップとして,実際に手術をする上で,安全性と有効性を最大化する方法の探究が必要です。
澤 2014年に行った網膜色素上皮細胞移植の報告書1)が発表された今は,第一歩を踏み出したところですね。
髙橋 ええ。医療に限らず,どんな技術でも進歩の歴史は試行錯誤の過程です。現在の再生医療を20世紀前半に開発が進んだ航空機になぞらえれば,「初飛行を終えたところ」でしょう。
今は大陸間を安全に飛ぶ航空機も,1903年,ライト兄弟による飛行では300メートルほどしか飛んでいません。「短距離しか飛べないなら,飛ばす意味がない」と批判されても,始まりはそこからでした。でも,その後,十数年にわたり進歩を重ねたからこそ,現代の航空機が誕生したのです。
澤 航空機開発の軌跡は心臓移植手術の歴史とも重なります。ヒトからヒトへの心臓移植は1967年,南アフリカで行われたのが最初です。このときのレシピエントは,術後たった18日間しか生存していません。その翌年,日本初の移植術も生存期間は3か月程度でした。それでも,米国などを中心に世界では毎年実施され続け,地道に改良が重ねられました。シクロスポリンの登場というブレークスルーを経て,1980年代にようやく治療法として確立し,移植を受けて10年,20年と生きる患者も多くなりました。
心臓移植手術における努力の積み重ねは,他の治療法が尽きた患者さんを救いたいとの願いがつながったものです。再生医療研究においても,既存の治療法で治せない患者さんの力になりたいという思いと,発展途上の治療法開発に協力してくれる患者さんの思いを胸にベストを尽くし続けていきます。
再生医療の開発戦略は,外科的視点での「最適化」
髙橋 日本における再生医療の臨床研究の進め方について,国内外で議論を呼んでいます。多いのは安全性を疑問視する声です。澤先生は治療の...
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