米国における研修医の労働時間規制とその影響を示すエビデンス(野木真将)
寄稿
2018.07.09
【寄稿】
米国における研修医の労働時間規制とその影響を示すエビデンス
野木 真将(米国クイーンズメディカルセンター・ホスピタリスト部門)
米国で研修医は一般的に「レジデント」と呼ばれます。一説では,1889年に最初のレジデンシープログラムを始めたジョンズ・ホプキンス大がこの用語の発祥地とされています。当時の研修医は病院に寝泊まりして診療に従事するのが一般的で,常に病院に「住んでいる」ことからresident(居住者)と呼ばれたのではないかと言われます。
それから時代は変わり,現在の米国の研修医は労働時間を厳しく管理されるようになりました。各地の研修プログラムは,全研修医の労働時間がACGME(卒後医学教育認可評議会)の規制内であることを報告する責任があります。本稿では,米国における研修医の労働時間規制の歴史的変遷とその影響を概説します。
リビー・ザイオン事件(1984年)とニューヨーク州の試み(1998年)
ニューヨーク州でのある医療事故をきっかけに,米国では研修医の労働時間に注目が集まりました。
リビー・ザイオンは当時18歳の女性で,うつ病に対してフェネルジンというMAO阻害薬を服用していました。入院後に興奮不穏状態の彼女に対して,担当した研修医はメペリジンという鎮静薬を投与。その後,患者はセロトニン症候群で死亡しました。
リビーの父親はニューヨーク・タイムズ紙でコラムを持つほどの有名な弁護士であり,研修医による「殺人」だと怒りをあらわにして訴訟に挑みます。この判決は全米で注目されましたが,最終的には刑事責任は問われませんでした。ただし司法の場では,研修医の過酷な労働実態が明らかにされ,医療の質に悪影響を及ぼしている可能性が指摘されたのです。
こうして訴訟はいったん収束しましたが,リビーの父親は娘を失った悲しみを,研修医トレーニングの改善のための情熱に変えます。ついには1998年,ニューヨーク州法として,研修医の労働時間が規制されました。通称「リビー・ザイオン法」と呼ばれるもので,内容としては「連続勤務24時間以内,1週間の労働時間は80時間以内」という取り決めでした。ただしこの数値自体は特にエビデンスがなく,コンセンサスに基づくものでした。
ACGME規制(2003年 ・2011年)
この流れに追随する形で2003年,ACGMEが全米のレジデンシープログラムに対して,「週に80時間までの勤務」「各シフト間の休息は最低10時間」などの規制を始めました(表)。その後2011年には,「1年目研修医は連続勤務16時間まで」「2年目以降の研修医は連続勤務24時間まで」という追加規制が加わりました1)。
| 表 ACGMEによる労働時間規制の変遷 (クリックで拡大) |
筆者が渡米して研修を始めたのは2011年で,ちょうど追加規制が始まった年からその恩恵にあずかりました。日本での研修に比べて労働時間が短いのは新鮮でしたが,かと言って仕事がとても楽に感じたわけではありませんでした。どちらかというと,「早く帰宅しなさい。でもカルテはしっかりと書くなど,やるべきことはやりなさい」と追い立てられている感じがしたからです。労働時間は自己申請でしたが,勤務時間超過の理由を添付しなければならないため,多くの研修医は過少申請をしていたのではないかと思います。しかし,ACGMEからの抜き打ちのアンケートによりプログラムを経由せずに勤務時間について正直に報告できるシステムもあったため,申請と実態との差があまりにも大きければ問題視されました。
JAMA報告(2013年)
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