EBM時代の精神科医療(渡邊衡一郎,橋本亮太,稲田健,堀合研二郎)
対談・座談会
2018.06.18
【座談会】ガイドラインと実臨床のギャップを埋める
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科学的根拠に基づく医療(evidence-based medicine;EBM)の柱として,さまざまな領域で診療ガイドライン作成が進んでいる。精神科でも統合失調症やうつ病などのガイドラインが発表されて数年がたった。しかし,非推奨とされる向精神薬の多剤投与が問題となるなど,ガイドラインの普及には課題が残る。
個別性の高い診療が求められる精神科では,ガイドラインをどう位置付け活用すればよいか。ガイドライン普及に尽力する精神科医の渡邊氏,橋本氏,稲田氏と,統合失調症当事者支援団体を運営し自身も当事者の堀合氏が,精神科におけるEBM実践の在り方を議論した。
渡邊 私は『うつ病治療ガイドライン』,稲田先生は『統合失調症薬物治療ガイドライン』,橋本先生はその両方の作成にかかわってきました。2016年には私たち3人を中心にEGUIDEプロジェクト(MEMO)を立ち上げ,これら2つのガイドラインを普及するための活動を行っています。本日は,当事者の立場で私たちの取り組みに協力してくださっている堀合さんにも議論に加わってもらいます。よろしくお願いします。
ガイドラインはできた,次の課題は「どう使うか」だ
渡邊 精神科では,医師や医療機関ごとの診療内容のばらつきが大きい傾向にあると言われています。この状況を改善し最新の知見を臨床に生かすべく,ガイドライン作成が進められてきました。しかし,ガイドラインの発表後も,非推奨とされる向精神薬の多剤投与が問題として残っているなど,十分に活用されているとは言い難い状況です。一部の精神科医からは「豊富な臨床経験があればガイドラインは不要」との声も聞きます。橋本先生と稲田先生は精神科診療にガイドラインが浸透しにくい背景をどう見ていますか。
橋本 精神科は極めて多様な病態・社会背景を抱えた患者さんを対象にします。一方,ガイドラインは多数の人を平均したデータに基づいたものです。実臨床の多様性とガイドラインの画一性というギャップから,ある種のなじみにくさが生まれているのではないでしょうか。
稲田 高い個別性が要求される精神科診療では,ガイドラインに「当てはめる」という姿勢は通用しません。ガイドラインの普及に当たっては,推奨内容の周知から一歩踏み込んで,「どう使うか」を含めた発信が重要です。
渡邊 堀合さんはガイドラインについてどのような印象をお持ちですか?
堀合 私自身はガイドラインの普及活動に協力し始めるまで,その存在すら知りませんでした。症状が不安定だった頃には医師が書いた本などを読み,統合失調症に関する情報を集めるように心掛けていたのですが……。知り合いの当事者に聞いても,ガイドラインの存在を知っている人は皆無でした。
渡邊 精神科疾患の治療は医療者だけでなく,患者,家族,支援者も一丸となって進めていくべきものです。EBMの実践に向け,ガイドラインができた今こそ,その内容と使い方を皆で共有しなければなりません。
「良い材料」と「シェフの腕」がおいしい料理を生む
渡邊 ガイドラインでは,科学的根拠に基づき確率的に効果が高いとされる治療が推奨として示されています。つまり,ガイドライン通りに治療すれば絶対に治るわけではないし,ガイドラインとは異なる治療が全て間違いかというとそうでもない。では,われわれ医療者はガイドラインをどのように位置付け,診療に臨めばよいでしょうか。
稲田 ガイドラインはあくまでも判断材料の一つです。多くの人に当てはまることが目の前の患者さんにも当てはまるのか,十分に吟味することが必要です。患者さんとも相談しながら「ガイドラインではこの治療が推奨されています。でもあなたの場合,○○という事情があるのでこうしましょう」と判断することはあり得ます。
橋本 私はよく,ガイドラインの位置付けを「料理」に例えて説明します。ガイドラインは料理の材料みたいなもの。われわれ医療者はシェフです。材料をおいしい料理に仕上げるにはシェフの腕,つまり医療者の経験が欠かせません。
渡邊 ガイドラインと臨床経験は相反するものではないということですね。ガイドラインを軸にしつつ,患者さんとの対話や臨床経験に基づいて判断することで,科学性を担保しながらも個別性を大切にした診療が可能になるのです。
ベテランでも知識のアップデートが必要
渡邊 ガイドラインの適切な位置付けへの理解を促し臨床現場に生かすために,私たちは日本神経精神薬理学会,日本うつ病学会,日本医療研究開発機構(AMED)の支援を受け,EGUIDEプロジェクトを行っています1)。橋本先生がプロジェクトチームの代表で,稲田先生が統合失調症事務局,私がうつ病事務局を務めています。橋本先生,概要を紹介してください。
橋本 2016年度から,精神科医を対象に『統合失調症薬物治療ガイドライン』と『うつ病治療ガイドライン』の講習を全国各地で行っています。講習は両ガイドラインとも丸一日のプログラムです。午前は講義形式で,ガイドラインの内容を章ごとのポイントに絞って説明します。午後は参加者を経験年数ごとのグループに分けて症例検討を行い,ガイドラインの使い方を実践的に学びます。
稲田 初年度は468人,2年目は418人の精神科医が受講してくださいました。
渡邊 講習の前後にはガイドラインの理解度を測る全37問の小テストを行っています。うつ病パートでは受講前の平均点は31.2点で,受講後には平均34.6点,半数近くの参加者が満点でした(2016,17年度の合算)。講習を経て理解度が上昇したことがわかります。
稲田 統合失調症パートも同様の傾向でした。興味深いことに,理解度と精神科医としての経験年数に相関がないこともわかりました。この結果は,本講習を受ければ経験年数にかかわらずガイドラインの理解度が向上すること,経験豊富な医師でも知識のアップデートが必要なことを示しています。
渡邊 講習で得た知識がその後の診療に生かされているかどうか,処方内容などの調査も行っていますよね。
橋本 診療の質指標(Quality Indicator;QI)を用いて評価し,受講者や参加施設へのフィードバックを行っています(表)。QIはがん医療など他の領域ではよく使われる概念で,EBMの実践度合いを表します。
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