縛らない医療,ひらかれた看護(中田信枝,中西三春,中村ゆきえ)
対談・座談会
2018.05.28
【鼎談】縛らない医療,ひらかれた看護
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中村 ゆきえ氏(金沢大学附属病院 看護部 キャリア開発センター 看護師長)
中田 信枝氏(東京都立松沢病院 看護科主任) 中西 三春氏(東京都医学総合研究所 精神行動医学研究分野 心の健康プロジェクト 精神保健看護研究室 主席研究員) |
身体抑制(身体拘束)への社会的な関心が高まっている。厚労省調査(精神保健福祉資料)によれば,精神科病院における身体拘束は10年余りで倍増したことが明らかになった。この背景としては身体的治療を要する高齢者や認知症患者の増加が指摘されており,急性期病院も同様の課題を抱えている。
本紙では,身体抑制(身体拘束)の最小化に取り組む金沢大学附属病院と都立松沢病院の看護師,および認知症研究者による座談会を企画。先駆的施設の取り組みから学ぶとともに,日本全国で「縛らない医療」の実践を普及させるための方略を探った。
中村 金沢大病院では一般病棟および精神科病棟での身体抑制(抑制帯の使用)が2016 年2月にゼロとなり,ミトンやセンサーマット,監視カメラの使用も激減しました。その経緯は連載「看護のアジェンダ」(第3252号)の中でも主に看護管理の視点から紹介されていましたが,私は病棟看護師の立場から改めて振り返ります。
認知症患者に対するケアの工夫,臨床倫理に基づく看護実践
中村 当院における身体抑制最小化の取り組みは,看護部年度目標として身体抑制減少が掲げられた2014年度に本格化しました。
当時私は精神科病棟に所属していましたが,認知症患者への行動制限が漫然と行われている現状がありました。介護保険施設では原則縛らない方向性に変わってきたのに,なぜ病院で同じことができないのか。そんな疑問から調べてみたところ,抑制や隔離に至る理由として最も多かったのは迷惑行為でした。「でもそれは縛る理由になるのか?」という問題意識を持ち,皆で共有し,ケアの工夫を始めました。認知症患者に対する成功体験が積み重なったところで,他の精神疾患にも対象を広げて,徐々に抑制が減っていったという経緯です。
中田 当院の場合もまずは認知症病棟から始まり,それに刺激を受けて他の病棟も取り組むようになりました。認知症患者から始めるのは効果的なのかもしれません。
中西 示唆的ですね。認知症は施設や病院,診療科を問わず,あらゆる場面で遭遇しますから,医療保険と介護保険の不整合,診療科ごとの取り組みの差異が表出しやすいのでしょう。
その不整合に気付いた上で,ケアの工夫を始めたのが重要な点だと思います。単に身体抑制を禁止するだけでは結果的に他の手段による制限が増えてしまう現象が世界中で起きています。「ご本人はどういう生活をしたいのか? 今の状況は? そのギャップはどうしたら埋まるのか?」。抑制を減らすためには,これらの丁寧なアセスメントが必要で,それはまさに看護の腕の見せ所ではないでしょうか。
中村 看護部目標として2014年度と15年度は身体抑制数の減少が掲げられていたのですが,16年度は「尊厳ある方への看護であることを実践にあらわす」となりました。私たちは「尊厳ある方への看護」を意識することで,数にこだわるのではなく,専門職としての看護を深めることができたのだと思います。
この10年ほど,組織を挙げて臨床倫理に関する学習や実践を継続してきたことも大きな要因です。その一環として,2015年には臨床倫理コンサルティングチームが設置され,専従の副看護部長が院内ラウンドを行い,病棟カンファレンスに参加するようになりました。困ったことがあればすぐに相談できるようになり,必要時には多職種を含む倫理カンファレンスが実施され,そこで解決策が見つかることも増えました。
中西 なるほど,日常の看護実践のなかに臨床倫理が組み込まれるのですね。身体抑制の最小化に取り組む過程ではスタッフがひとりで不安を抱え込んでしまう場面がおそらくあるでしょうから,組織的なサポート体制を構築することは大切です。
一般病院の認知症疑い患者への身体拘束実施率は45%
中西 私からは一般病院における認知症ケア調査の結果をご紹介します1)。概要は表1のとおりです。未診断の認知症患者の存在が以前から指摘されており,この調査では事前に定義付けした上で「認知症疑い」の分類を用いています。結果として,一般病院の入院患者の14.6%,認知症疑いの患者に限れば44.8%が調査日時点で身体拘束を受けているという結果でした。
表1 一般病院における認知症ケア調査の概要(クリックで拡大) |
さらに分析すると,身体拘束の様態としては「ベッド柵」が多くなっています。これはおそらく,施設によって身体拘束のとらえ方が違うことが影響しているからでしょう。拘束の理由も併せて聞いているのですが,「リスクがある」というのは,「実際に事故があったわけではないけれども,リスクがある状態だと判断した」という意味です。つまり「このままいくと自己抜去しそうだと思ったから」という身体拘束が14.0%,「実際に自己抜去をしたから」という身体拘束が9.6%です。
表2は,身体拘束の実施との関連を示した解析結果です。認知症ケア加算を算定している病棟の身体拘束実施率は,算定しない病棟の0.76倍でした。実際の割合で示すと,「認知症疑い患者の45%で実施」に対して,「認知症ケア加算を算定している病棟でも42%」です。つまり,認知症ケア加算の算定で身体拘束の実施率は低くなるのですが,効果は限定的であると考えられます。
表2 身体拘束の実施との関連 |
病床機能でみると回復期よりも急性期が,また診療科別でみるとリハビリテーション科や脳神経外科での身体拘束実施率が高くなります。医療的処置の種類とも関連しているのでしょうか。「認知症の診断なし」だと認知症疑いであっても実施率が下がるのは診断名の有無が拘束の判断に影響を与えるためかもしれません。ただ,これは今後さらなる研究が必要な点です。
中田 認知症ケア加算を算定している病棟でも42%という割合は,予想以上に高いですね。
中西 医療従事者の意識変容を促すだけでは限界があって,新たな政策的アプローチが必要なのかもしれません。病院属性の多くは身体拘束と有意な関連を示さなかったことから,診療の構造そのものを変える必要性を感じています。
日本の診療構造で難しいのは,医療保険と介護保険が連動していない点です。例えば,介護保険の利用者が入院すると,ご本人とケアマネジャーのかかわりがいったん切れてしまう。これが英国だと,自治体職員がソーシャルワーカーのような立場で入院中から退院後の生活まで継続フォローする仕組みになっています。そのほうが,治療やケアの目的を共有しやすいと思うのです。
「医療安全の壁」を前に問われるトップの姿勢
中田 ここまでの論点も踏まえつつ,都立松沢病院における取り組みをご紹介します。精神科病院における身体拘束の急増が注目されるなか,当院では身体拘束を年々減少させ,2011年度と比べると17年度は83%減となりました。
これまでを振り返ると,身体拘束を最小化する上で3つの壁がありました。まずは「医療安全の壁」です。何か事故が起きると経過や原因を問われ,管理者にそのつもりはなくても,スタッフは自責の念に駆られてしまう。報告書類の提出は心理的負担が大きいし,訴訟のリスクだってある。「自分の勤務中には転んでほしくない」「点滴を抜いてほしくない」という心情が強くなり,防衛的になっていたときもありました。
2012年の新棟移転時に現院長(齋藤正彦氏)が就任し,病院トップから行動制限最小化の指針が示されたのが転機でした。医療安全対策も根本的に見直され,「現場を萎縮させないリスクマネジメント」というメッセージが職員に対して送られました。院長からは,「何かあれば私が責任をとるから」という話まで出ました。ただそうは言っても,最初のころは職員も半信半疑でした。そこから何年もかけ,現実に事故が発生した際の病院の姿勢を垣間見たりするなかで,職員の意識が徐々に変わってきたように思います。
中西 身体拘束の最小化に成功した精神科病院の共通要素を分析したレビュー論文があるのですが,組織としての意思決定と病院トップの関与がまず初めにない限り,その後の取り組みがうまくいかないことが指摘されています2)。まさに松沢病院の話に重なりますね。
中田 職員は常に事故と隣合わせの現場にいて患者の安全と尊厳との間でジレンマと闘っていることを,病院幹部や医療安全部門の担当者が理解して,相互の信頼関係を構築することが必要だと感じます。
「治療の壁」に医師と看護の連携,QOLの視点が不可欠
中田 次が「治療方針の壁」です。治療内容によっては,身体拘束せざるを得ない場合もあります。以前当院の精神
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