卒後研修と「医療の質・安全」(加藤良太朗,小西竜太)
対談・座談会
2018.02.12
【対談】卒後研修と「医療の質・安全」研修医が安心して働ける環境をつくるために | |
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社会全体で今,注目が集まる「働き方改革」。医療現場の長時間労働は特に問題視されており,研修医の働き方にも早急な改革が求められる。しかし,医療の質や安全性を担保しながら長時間労働を防ぎ,かつ,医師としての成長を実現するのは容易ではない。
研修医の働き方改革にはどんな視点が必要で,どうすれば実現できるのか。米国で医師・弁護士として医療安全に取り組んだ経験を持つ加藤氏と,臨床・教育・経営戦略の3つに尽力する小西氏の議論から,その方向性が見えてきた。
加藤 若い医師が安心して働ける環境づくりは私のライフワークだと思っています。私が大学を卒業した1999年頃,国内の医療訴訟の件数は増加傾向にありました。研修医が医療過誤の責任を問われて告訴される事例もあり,他人事に思えなかったのを覚えています。
医療安全に関心を持つようになった私は,米国留学中にはロースクールに通い,弁護士資格も取得しました。その後に勤務した米国の病院では内科医としての診療に加え,医療安全の取り組みにも携わりました。
小西 私も現在,救急総合診療科の仕事に加え,医療安全管理室と一緒にさまざまな取り組みを行っています。私の場合,最初のきっかけは卒後4年目にチーフレジデントとして研修医の教育やマネジメントに携わった経験です。教育カンファレンスや診療サポートなどの活動に1年間注力したことで,医療安全や病院経営に興味を持ちました。
研修医が安心して働き,成長できる環境を整えることは将来の医療を守ることにもなります。現状をしっかりととらえ,めざすべき方向を探っていきましょう。
後期研修医は一人前?
加藤 私が日本に帰ってきて一番驚いたのは,初期研修医と後期研修医の扱いの差です。米国ではどちらもresidentと呼ばれ,「半人前」であることを前提に教育や診療の体制ができています。例えば,カルテに研修医のサインしかない場合,保険会社はお金を払ってくれないので,指導医が診療内容をきちんと確認して責任を持つシステムになっています。
一方,日本で単に研修医といえば初期研修医がイメージされ,後期研修医は一人前扱いされることに違和感を覚えました。当院でも,卒後3年目の研修医が上級医として初期研修医を指導したり,他科へのコンサルトに呼ばれたりすることがあり,一人前としての振る舞いが求められています。
小西 初期研修を終えた途端,扱いがガラッと変わりますよね。初期研修医については労働時間や診察できる患者数を制限する病院も多いですが,後期研修医になるとそうした制限は少なくなる場合がほとんどです。労働時間や責任が急激に増加し,心身に大きな負担を抱える研修医も少なくありません。
加藤 長時間労働はバーンアウトや過労死につながりかねませんし,医療過誤のリスクも高めます。将来の医療を担う研修医,そして何よりも患者さんを守るために,労働環境の改善は急務です。
小西 一方で医療ニーズは増大しており,後期研修医も一人前の医師としての働きを求められているのが実情です。
加藤 それを象徴するのが,新専門医制度をめぐる議論にもありましたね。「後期研修医の偏在で地域医療が崩壊する」という懸念です。
しかし私は,地域医療というさまざまなスキルが求められる難しい現場を卒後3年目の若者頼みとする発想自体,無責任のような気がしています。一人前としての働きを期待するなら,それ相応の教育やサポートが必要です。
小西 私が研修を受けた沖縄県では,後期研修医が離島の診療所に派遣されても困らないよう,研修プログラムや診療サポートが充実していました。しかし,全国的に見るとこうした体制は不十分で,卒後3年目での独り立ちは難しいと思います。
増大する医療ニーズと,後手に回りがちな体制整備。長年にわたり蓄積したひずみが,後期研修医を一人前と半人前のどっちつかずの立場に追い込んでいるのではないでしょうか。
加藤 現場は,研修医を単なる戦力としてみなすのをやめ,修行中の身なのだという認識をもっと強く持つべきでしょう。個人の意識を変えるだけでなく,制度面から整えていくことが必要です。
他国のまねだけでなく,日本ならではの制度を
小西 研修医の労働環境に関する制度は米国が先行していると思います(表1)。日本では研修医を含めた全ての労働者に労働基準法が適用され,最長勤務時間を週40時間,連続勤務時間を8時間と定めていますが,多くの病院での労務管理の実態は違法状態といえるでしょう。
表1 各国での臨床研修医の勤務時間制限(小西氏作成) |
米国では職能団体であるACGME(米国卒後医学教育認定評議会)による規制で,最長勤務時間が当直を含めて週80時間,連続勤務時間が24時間と定められており,医療現場の現実により即した制度になっています。
加藤 週80時間という最長勤務時間の制限ができたのは,ちょうど私が米国で研修を受けていた2003年です。この制限ができてからは無理やり「帰れ」と怒られることもありました。その後も連続勤務制限や勤務間隔などさまざまな制度ができましたが,どれもきちんと守られていたように思います。
小西 日本では「36(サブロク)協定」と呼ばれる労使間の同意のもとで時間外労働が認められています。労働時間は各施設の裁量に任せられており,週40時間という制限は形骸化してしまっています。なぜ米国では制度を順守できているのでしょう?
加藤 各研修施設にACGMEの厳しい監査が入るからです。また,制度を守らなければ公的資金がカットされるなどのプレッシャーもあります。
小西 こうしたインセンティブは日本も見習うべきだと思います。
加藤 また,米国ではグループ診療制が主流であることにも注目すべきです。グループ診療制だとオンコールに備える必要がないので,単独主治医制に比べて労働時間を管理しやすいです。
小西 当院でも,私の所属する救急総合診療科ではグループ診療制をとっています。グループ診療制では診療内容が相互にチェックされるので,質や安全性が標準化されやすいというメリットもあります(表2)。重症患者への対応や教育活動などに複数人で対応できるので,日本でもグループ診療制を積極的に導入するほうがよいと思います。
表2 単独主治医制と複数主治医/グループ診療制の比較(小西氏作成) |
加藤 しかし,日本には規模の小さい病院が多いです。グループ診療制への全面的な移行は難しいのではないでしょうか。
小西 働き方改革が求められる現在なら,発想を変えて取り組めば実現に近づくはずです。無理だと決めつけずに工夫することが大切です。
ただ私も,グループ診療制が一概に良いと思っているわけではありません。治療方針の決断は単独主治医制のほうが早い場合が多いですし,グループ診療制では責任の所在が曖昧になる可能性があります。
加藤 実際に最近の米国では,グループ制が行き過ぎてシフト制に近い形態になってしまっています。それに伴い,研修医たちの“ownership”,つまり「自分の患者さん」という責任感が薄れる傾向にあり,問題視されています。「自分の勤務時間さえ何事もなければいい」とか,「自分はもう帰るから,あの手技はやっておいてね」などということが起こり得るのです。
小西 主治医の存在は患者さんの安心感や満足度を高めます。こうした主治医制の良さを忘れてはいけません。現状の課題を踏まえ,保つべき良さは保ちながら,日本ならではの制度を考えていきたいものです。
加藤 今の日本の医療制度は,1人でできることには限界があるという前提が抜けている気がします。皆が150%の力で頑張って,ようやく動いている今の状態を続けていくのは危険です。もし誰かが崩れても安全・安心な医療を提供できるような余裕を持った体制の整備をめざすべきです。
成長と安全が改革のキーワード
加藤 労働時間の制限を厳しくしすぎると自己研さんの時間が確保できず,医師としての成長が遅れてしまうとの懸念もあります。厚労省の「医師の働き方改革に関する検討会」でも,自己研さんの時間と労働時間の切り分け方について議論されています。
小西 確かに,長時間労働防止と成長の両立なくして,研修医の働き方改革は達成できません。しかし,自己研さんの名の下に長時間労働が見過ごされ,医療過誤や過労死につながっては元も子もないでしょう。
ポイントは教育の効率化です。例えば,経験症例数などのプロセスで評価するのではなく,手技の到達度などのアウトカムを評価するシステムをつくるべきです。アウトカム評価を軸として適切な指導を行えば,短い時間でも成長させられます。
加藤 米国でも,どの手技を何件やったかではなく,どの手技ができるようになったかというEPA(Entrustable Professional Activities;信頼して任せられる業務)という概念を用いて研修医を評価するようになりつつあります。
小西 教育する側もされる側も,単に時間を費やせば成長できるという考えは捨て,効率の良い教育システムに変えていかなければなりません。
加藤 効率を上げるには教育の一貫性も必要ではないでしょうか。研修医はさまざまな施設や診療科を経験します。それぞれが連携せずバラバラの教育を行っていては非効率です。各研修プログラムの質を高めるためには,どこの施設や診療科でも通用するような医師としての基礎能力は何かを共有し,そこに重点を置いて教育を考えていくべきです。
小西 また,教える側が一方的にシステムを整え教育を施すだけでなく,研修医がそれに共鳴して主体的に参加する関係性を理想とすべきでしょう。待っていれば教えてもらえるという受け身ではなく主体的に学ぶ姿勢のほうが,より効果的な成長を望めますし,医療安全上のリスク低減にもつながると思います。
加藤 研修医が委縮せずに積極的に動けるように促すためには,研修医の安全も確保する必要があるのではないでしょうか。米国では研修医が医療過誤を起こした場合,指導医が責任を取ることになっています。医療訴訟の多い国ですが,研修医が訴えられることはほとんどないのです。これは特に法律で決まっているわけではなく,研修医の名前は訴状から外す文化のようなものがあります。
小西 そうした文化は研修医の将来を守るという意味ではよいですが,安全な医療の提供が第一だということを忘れてはなりません。何か問題が起きたら指導医が責任を取ってくれるから,と気を緩めるのではなく,医師免許を持って働いている以上,研修医も緊張感を持って臨んでほしいと思います。
加藤 守るべきルールやチェック体制が具体的に整備されていれば,研修医も安心して経験を積めるのではないでしょうか。「ルールにのっとった上で生じた問題には指導医が責任を取るが,ルールを守らなかった場合には責任は取れない」などと線引きを明確にするのがよいかもしれません。
成長も安全も,指導医と研修医のどちらか一方の努力に任せるのではなく,両者が一丸となって取り組むことが大切です。
積極的な医療安全に今こそ転換しよう
小西 リスクマネジメントが一大産業になっている米国と比べると,日本の医療安全対策に投じられる資金は桁違いに少ないです。診療報酬では入院1件当たり350~850円しか医療安全が評価されず,多くの病院では医療安全管理室に1~2人しか職員を配置できません。米国の大病院では医師,看護師,薬剤師,事務職員,システムエンジニアなど数十人規模なのが当たり前です。
加藤 当院も含め,「安全な医療の提供」を理念に掲げる病院は多いのですが,現実的にはマンパワーも資金も足りません。医療安全にはもっと資源を投入してしかるべきです。
小西 医療安全の取り組み自体も工夫していく必要があると思います。今の医療安全のイメージといえば,患者さんに治療の同意をきちんともらったかとか,何かが起きた場合にレポートを提出するとか……。問題を回避するための努力だったり,失敗を怒られたり,どちらかというと受け身でネガティブな取り組みが多いですよね。これをもっとポジティブな要素を含んだ取り組みに変えていかないと,医療安全の文化は根付かないと思います。
加藤 同感です。医療訴訟を恐れた後ろ向きの対策だけでなく,医療全体のレベルを上げるための前を向いた取り組みが医療安全の本来の姿です。
若い医師の中には,組織のシステムの不具合を改善したいという思いやアイディアを持っている人もいるでしょう。これを埋もれさせてはもったいない。私や小西先生は,若手の頃から医療安全に携わることで病院全体の運営にもかかわってきました。こうしたキャリアも選択肢の一つだということを知ってほしいですね。
小西 日本では医療安全は「できて当たり前」の空気のようなものだと思われているような気がします。しかし実際には到達困難な非常に高い目標であって,実現するには多くの資金や人的資源が必要です。
加藤 医療安全は,研修医が成長に向けた経験を安心して積むための基盤です。働き方改革の機運が高まっている今こそ,医療安全の取り組みを積極的なものに転換しなければなりません。
(了)
かとう・りょうたろう氏
1999年東大医学部卒後,帝京大市原病院(現・帝京大ちば総合医療センター)で研修。2001年より米ワシントン大医学部内科勤務。04年に同大ロースクールに入学し,ニューヨーク州弁護士の資格取得。米セントルイス退役軍人病院ホスピタリスト科長,米ピッツバーグ大医学部集中治療科などを経て,15年より現職。
こにし・りょうた氏
2002年北大医学部卒後,沖縄県立中部病院で研修。06年に沖縄県立南部医療センター総合内科,08年より関東労災病院医療マネジメントフェロー。10~12年に米ハーバード大公衆衛生大学院に留学し,医療政策・管理学修士号取得。12年より現職。
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