医学界新聞

2018.01.15



Medical Library 書評・新刊案内


“私らしさ”を支えるための高齢期作業療法10の戦略

村田 和香 著

《評 者》齋藤 佑樹(仙台青葉学院短期大准教授・作業療法学)

大切なことを言葉にしてくれる一冊

 本書は高齢期の作業療法に精通した村田和香氏が,25人の作業療法士とその担当した高齢者28人に対し行ったインタビューと観察記録をまとめ分析したものである。

 本書のテーマは“臨床の知”である。臨床の知とは,直感と経験と類推から成り立つ知であり,仮説と演繹的推理と実証の反復から成り立つ“科学の知”と並び,臨床を支える上で重要な知である。科学の知は,抽象的な普遍性によって,分析的に因果律に従う現実にかかわり,それを操作的に対象化するが,対して臨床の知は,個々の状況を重視して深層の現実にかかわり,対象者が示す隠された意味を,相互交流的に読み取りとらえる働きをするものである。それ故に臨床の知は一般化し,言語化することが難しいとされている。

 作業療法士ならば誰もが経験する“対象者と向き合う上で大切にしていながらも的確に言語化できない”“学生や後輩に伝えたいがうまく伝えることができない”ことが,タイトルにもある“10の戦略”の名の下に言語化されている。

 本書には事例も多数掲載されている。それは臨床場面の質感をも感じさせるリアリティにあふれるものであり,読み進める中で,過去に自分が経験した臨床の一場面を鮮明に思い出すことが何度もあった。それは,本書が臨床家と対象者の思考や相互交流を忠実に収集し,的確な言語でまとめ上げているからなのだろう。自分の臨床を想起しながら,技を言語化・組織化していく作業はとても楽しいものである。

 文中には“10の戦略”を用いる上で役立つ理論や学説,評価法も多数紹介されている。多くの場合,まず理論や各論的な知識を学び,それらを臨床で適宜用いるというプロセスを経る。しかしこのプロセスは,複数の知識を臨床技術へと統合していくまでに多くの時間や迂回を要することが多い。一方で本書は,まず臨床の知に触れ,そこから“いま必要な”理論や各論的な知識へと適宜アクセスすることができる構成になっている。既存の理論書や各論書と相補的な関係の下に,臨床の質を支える一冊になるだろう。

 作業療法は,単に心身機能の回復や技能の習得を支援する技術ではない。対象者が動機付けられ,生きるための術を身につけ,“自分らしく生きる”物語を更新し続けることができるよう,対象者の脇を伴走する,全人的で相互交流的な技術である。対象者一人ひとりは唯一無二の存在である。決して定型化することができない臨床場面で,知や技を安定的に発揮し続けることは容易ではない。だからこそ臨床の知を言語化した本書には価値がある。

 タイトルには高齢期とあるが,本書の内容は,領域や対象者のライフステージによって重要度と緊急度に違いはあっても,全ての領域で働く作業療法士にとって有意義なものである。経験を重ねた臨床家にとっては,自身の臨床技術を言語化・組織化する材料として,作業療法の多様性を学ぶ学生や,自らの知見を広げたいと考える若い作業療法士にとっては,これから学ぶべき知識を俯瞰する地図として,背中を押してくれる一冊になるであろう。

A5判・頁176 定価:本体3,400円+税 医学書院
ISBN978-4-260-03251-3


≪ジェネラリストBOOKS≫
いのちの終わりにどうかかわるか

木澤 義之,山本 亮,浜野 淳 編

《評 者》小澤 竹俊(めぐみ在宅クリニック院長)

終末期の患者・家族にかかわる医療者必読

 団塊の世代が高齢化を迎え,日本の社会は超高齢少子多死時代となりました。社会保障費が高騰する中で,病状が進んだ患者さんが亡くなるまでの全てを,急性期の病院でカバーすることは困難になります。これからの時代,治療抵抗性となった患者と家族に対して医療者はどのようにかかわると良いのでしょう。従来の診断と治療というかかわり方では対応は難しいでしょう。病状を伝えるだけではなく,これからどのようなことが起こり,どのような準備をしていくと良いのか,本人・家族と一緒に考えていく必要があります。

 ここ数年,注目されている課題は,「意思決定支援」です。治療の最中からこれから予想される将来について話し合いを行い,希望する医療,希望しない医療について患者・家族の意思を確認しておくことは,望まない救急搬送を最小限にします。かつて治療方針は,医師が最善と思われる内容を指示してきた時代がありました。しかし,医師の最善と思う内容と,患者・家族が最善と思う内容は異なることがあり,リビングウィルや事前指示(AD)のように,患者の自己決定が尊重される動きが広がってきました。ところが,施策的に事前指示を展開しても,その目的が事前指示の書類作成に陥れば,その成果は必ずしも患者のQOL向上には寄与しないことが明らかになりました。意思決定支援は,ただ自分の希望する治療内容を書類に書くことではありません。これから起こるさまざまな出来事について,きちんとした情報を元に話し合いをしていくプロセスが大切になります。

 例えば,あなたはツアーコンダクターで,生まれて初めての場所に旅行に行く人の相談を受けることになりました。あなたは,移動手段や観光スポットを回る順番,宿泊所,食事などを決めなくてはいけません。そのためには,どのようなことを学ぶ必要があるでしょう? その旅行先の詳しい情報を知らないと,相談に乗ることはできません。気候から歴史,御国自慢,郷土料理まで幅広く知るのはもちろんですが,旅行に行く人の嗜好も大切な情報になります。

 いのちの終わりを迎えた人の場合も同じです。これからどのような身体の変化が起きてくるのか,どのくらいの予後が予測され,もし身体・精神的な苦痛があったとしても適切な緩和ケアが提供できること,その上で,どの場所で過ごせるのか,そして,家族への配慮などの知識は欠かせません。私たちが,いのちの終わりを迎えた患者・家族にかかわる上で必要な知識がなければ,一緒に話し合いながらこれからのことを相談することができません。

 この本では,事例提示を基に,これらの必要な情報を学ぶことができます。さらに学びを深めたい人には参考になる文献もサマリー付きで紹介されています。急性期の病院にかかわらず,これからの時代は住み慣れた地域で最後まで過ごせる社会が求められます。どこで働いていたとしても,看取りにかかわる医師には,必読の書としてお薦めします。

A5・頁304 定価:本体4,000円+税 医学書院
ISBN978-4-260-03255-1


BRAIN and NERVE―神経研究の進歩
2017年07月号(増大号)(Vol.69 No.7)
増大特集 あしたのアルツハイマー病治療

《評 者》水澤 英洋(国立精神・神経医療研究センター理事長・総長)

認知症臨床研究の推進に大きく貢献する特集

 医学書院の『BRAIN and NERVE』誌69巻7号で標記の増大特集号が発刊された。20項目168ページに及び,アルツハイマー病治療研究の現状と将来への展望が細大漏らさずまとめられている。ここでいう治療とは病態修飾治療のことである。全体の構成は,第1項目の序に続き,第2~6項目ではさまざまな臨床研究とそれを支える支援組織,第7~11項目では臨床研究の前提となるレジストリやコホート研究,第12~17項目では,臨床評価尺度,画像,脳脊髄液,血液,遺伝子のバイオマーカー,第18~20項目では臨床研究を支えるバイオインフォマティクスと統計学となっており,編集担当の森啓教授の「一分の隙もない網羅的な議論を集める」という方針が十分に達成されていると思われる。この領域も英米が先行しており,わが国の研究もそれらと連携する形で進められている。このことから,それぞれの項目では必要に応じて海外の状況が紹介されており,世界の現状も理解することができる。

 また,各項目の執筆者は皆当該研究の研究代表者あるいは分担者であり,まさにわが国の第一人者の方々が一堂に会した観がある。現在望み得る最高の陣容で,それぞれの研究がわかりやすく解説されている。アミロイドβタンパク質に対する抗体治療で脳内のアミロイドβタンパク質が減少することを目の当たりにした衝撃,そしてそのような治療をしても認知機能はよくならないという落胆,落胆を乗り越えるべく示された認知症症状が始まる前に治療しようという方針などが,うまく解説されている。そして発症前治療を確立するためには,健常人も含めたレジストリを準備して,高品質の臨床研究を行う必要があり,しっかりした研究支援体制の重要性が強調されている。

 現時点では,これ以上の特集は望み得ないと思われる充実した内容であるが,近い将来のブレイクスルーに応じて次のチャンスにお願いしたいことを一,二挙げてみたい。

 まず,前述の臨床研究,レジストリ,バイオマーカー,バイオインフォマティクスなどそれぞれの研究体制が複雑であり,個々の総説は理解できても,それらの相互関係や全体像はなかなか理解しにくい。この全体を俯瞰したオーバービューのようなものがあると一般読者には親切かもしれない。

 もう1点は,今後への期待である。今回は,病態修飾薬を開発するという前提での特集であるが,アルツハイマー病の病変は高齢者になればほとんど必発であり,その治療とは究極的には老化の制御ともいえるが,何をどこまでめざすのかという議論が必要のように思われる。なぜなら,それによって人々はアルツハイマー病を恐れ,忌み嫌い,嘆いたり,誰にでも起こり得ることと受け入れられたりと,その気持ちを大きく左右してしまうからである。われわれの目標はアルツハイマー病を根絶することなのか,共生していくのが良いのか,寿命の制御との関連など,きちんと正しい情報をわかりやすく伝える必要があると思われる。その意味で,当事者である認知症症状を持つ方々の思いを伝える項目があってもよいと思われる。

 本特集は認知症に関係する神経内科,精神科,老年科のみならず内科,脳神経外科など多くの領域の医師,看護師,介護福祉士など,関連する多職種の方々にとって,座右とすべき優れた特集といえる。本特集が,日本の認知症の臨床研究の推進に大きく貢献することを確信する次第である。

一部定価:本体3,800円+税 医学書院

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