日本のがんゲノム医療(西田俊朗)
寄稿
2018.01.01
【寄稿】
日本のがんゲノム医療臨床実施に向けた2018年度体制整備の現状
西田 俊朗(国立がん研究センター中央病院 病院長)
近年,遺伝子型が病気の発症や治療効果,薬の副作用などに影響することが明らかになってきた。特にがん領域では,がん細胞が持つ独自の遺伝子変異を標的とする分子標的治療薬が画期的な治療効果と予後改善をもたらした。2015年1月にオバマ前米大統領が「Precision Medicine Initiative」を発表し,患者個々のゲノムやその他の生体分子情報に基づくPrecision Medicine(精密医療)が,次世代の医療として注目されようになった。一方で,NGSが登場し,数百個の遺伝子を同時かつ迅速に検査できるようになった。これによりクリニカルシーケンスが実施可能となり,「ゲノム医療」が日常診療で実行可能なところまできた。 中でも,ゲノム医療の実現が最も近く,体制整備が進んでいるのは,がんであろう。国は厚労省を中心にがんゲノム医療中核拠点病院(仮称;以下,中核病院)やがんゲノム医療連携病院(仮称;以下,連携病院)を整備するとともに,パネル検査を先進医療で実施し,その実績に基づく薬事承認等を計画している。さらには,先進医療や治験等の研究的な医療を含めた臨床情報とゲノム情報を収集し,より適切な医療を,より早く国民に届けるための仕組みも考えられている。 本邦のがんゲノム医療の実現に向けた取り組みは,政府の健康・医療戦略推進本部の下に「ゲノム医療実現推進協議会」が設置されたことに始まる。その議論の中で,ゲノム情報を用いた医療を行うには遺伝子関連検査の品質・精度の確保,医療従事者の教育・育成,体制構築,社会環境の整備を要することが示された。2017年3月には「がんゲノム医療推進コンソーシアム懇談会」が設置され,その報告書に「がんゲノム医療の実施に必要な要件」が明記された。
これは,がんゲノム医療を保険診療下で行うに当たっては,検体処理や解析,診断に高い精度や専門性が求められることを示している。適切な承認薬等がない未開発領域では新しい治療法を開発する必要があり,ゲノム情報とともに臨床情報を集積し,解析することも求められる。 「がんゲノム医療中核拠点病院(仮称)等の指定要件に関するサブワーキンググループ」では,ゲノム医療を中心的に実施する中核病院の具体的要件が検討された。 この分野では開発的医療への取り組みが必要なため,指定要件を満たす医療機関の中から審査の際に優劣をつける必要が生じた場合には,「新規医薬品や未承認薬・適応外使用の臨床研究等を,法令を遵守して,安全に実施できる体制」がある点が特に重視される。すなわち中核病院には,臨床研究中核病院もしくはこれに匹敵するような機能や能力が求められている。また,現状ではゲノム医療に精通した人材は少ないため,各分野での人材育成も必要とされる。なお,人材の育成状況,施設の整備状況等を鑑み,初回認定後2年をめどに指定要件の再検討や施設拡大が考慮されている。 2018年度には,中核病院と連携病院を地域性も考慮して選定し,限定的ではあるが臨床現場でがんゲノム医療が実施される(図1)。成人だけでなく小児がんもカバーされるように考慮されており,小児がん拠点病院が実施施設の候補に挙がっている。 現在,がんゲノム医療実施に向けて拠点施設の整備の他にも複数のプロジェクトが並行して進んでいる(図2)。本邦では保険承認されたパネル検査がまだない。そこで,2018年度開始をめどに,共通プロトコルを基にしたパネル検査の先進医療での実施が計画されている。この先進医療を通して,がんパネル検査の体外診断用医薬品としての承認,DNAシーケンサーの医療機器としての承認,そしてシーケンスされたDNA配列を解析するプログラムの医療機器承認をめざしている。
さらには,がんゲノム情報管理センター(仮称)を中心に,本邦で行われるゲノム情報の解析結果と,それに基づいて実施される診療情報を,個人が特定できない形で収集して「がんゲノム情報レポジトリー(仮称)」を構築し,がんの知識データベースを造っていくことが企画されている。これは新規の診断法や治療法開発につながるよう,学会や製薬業界と協働して行われる。
* 以上,簡単ではあるががんゲノム医療実施に向けた体制整備状況と今後の展開を概説した。がんゲノム医療は,現実的にはこれから造っていく医療である。その多くが研究開発的な医療(治験や先進医療)になるため,高い医療の質と安全性が求められる。同時に,その情報を収集し,適正かつ効率よく次世代医療造りをすることも求められている。一日でも早く,それぞれのがん患者に合ったがん医療が届けられる日が来ることを祈念してやまない。
にしだ・としろう
中核病院には,臨床研究中核病院レベルが求められる
①外部機関への委託を含め,パネル検査を実施できる体制がある
②パネル検査結果の医学的解釈ができる専門家集団を有している
③遺伝性腫瘍等の患者に対して専門的な遺伝カウンセリングができる
④パネル検査等の対象候補患者を十分に有している
⑤パネル検査結果や臨床情報を,安全が担保された方法で収集・管理し,「がんゲノム情報管理センター(仮称)」に登録できる
⑥生体試料を新鮮凍結保存可能な体制を有している
⑦先進医療,医師主導治験,国際共同治験等の実施実績と,適切な実施体制を備えている
⑧医療情報の利活用や治験情報の提供等について,患者等にとってわかりやすくアクセスしやすい窓口を有している
・検体を適正に扱うため,「ゲノム研究用病理組織検体取扱い規程」や「ゲノム診療用病理組織検体取扱い規程」を参考に手順を整備している
・専門の人材を配置している
・品質保証のため,病理検査室・臨床検査室を第三者認定している
・遺伝子変異の意義付けをするエキスパートパネルが定期的に開かれ,その実績がある
・エキスパートパネルに,がん薬物療法,遺伝医学,分子遺伝学やバイオインフォマティクスの専門家等の多職種が参加している
・院内に遺伝カウンセリングが適正に実施できる人材を配置している などパネル検査の保険承認に向け,先進医療で実施を予定
図2 がんゲノム医療実用化に向けた工程表(厚労省「がんゲノム医療推進コンソーシアム懇談会 報告書 概要」より一部改変)(クリックで拡大)
1981年阪大医学部卒。米タフツ大医学部研究員,阪大病院教授,大阪警察病院副院長兼臨床研修センター長・外科系統括部長,国立がん研究センター東病院病院長などを経て,2016年より現職。「がん診療連携拠点病院等の指定要件に関するワーキンググループ」「がんゲノム医療中核拠点病院(仮称)等の指定要件に関するサブワーキンググループ」座長。
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