医学界新聞

対談・座談会

2017.12.18



【座談会】

医療勤務環境の自主改革を

木戸 道子氏(日本赤十字社医療センター 第二産婦人科部長)
酒井 一博氏(公益財団法人 大原記念労働科学研究所 常務理事・所長,研究主幹)=司会
伊藤 清子氏(神奈川県立がんセンター 副院長)


 労働基準監督署(労基署)が医療機関に立ち入り,是正勧告を出したとの報道が相次いでいる。マスコミに取り上げられることで注目を集める労基署の立ち入りは,国が進める「働き方改革」の流れとも重なり,医療の勤務環境を再考する大きなインパクトを与えている。一方で,医療界は“外圧”によって改善に乗り出す姿勢のままでよいのか。

 本紙では,自主的な勤務環境改善をめざす厚労省「医療勤務環境改善マネジメントシステム」の導入に携わるなど産業保健が専門の酒井一博氏を司会に,医師の働き方改善や女性医師支援に携わっている産婦人科医の木戸道子氏,副院長として院内の勤務環境改善にかかわる伊藤清子氏による座談会を企画。医療機関と医療者が自主的に取り組む勤務環境改善への道筋を検討した。


酒井 私は,労働における疲労の科学的な研究の他,医療・介護職や教員など,人を相手にする「ヒューマンケアワーク」に共通する労働問題に取り組んでいます。当研究所は机上の発想から評論するのではなく,あくまで現場主義を貫き学際的な観点からエビデンスベースでの問題解決をめざしています。

伊藤 労働科学の知見が看護界に生かされたのが,2013年の「看護職の夜勤・交代制勤務に関するガイドライン」の作成でした。

酒井 そうですね。労働科学が医療界との接点を持ったのは1965年,「夜勤は2人以上,月8日以内」と示された「2-8(ニッパチ)判定」の時代です。以来,日本看護協会(日看協)とも協力してエビデンスを蓄積し,11項目からなる夜勤・交代制勤務のガイドラインを作り上げました。看護師の勤務環境も改善したのではないでしょうか。

伊藤 はい。多くの病院が改善に向けて努力するようになっています。それでも,ガイドラインにのっとり就労時間を遵守したからといって勤務環境の改善が十分とは考えていません。私は2008年から3年間,医療安全管理者を務めたことで「職員の健康なくして医療の質と安全はない」と強く実感しました。現在は,看護師のさらなる勤務環境改善に向けた,日看協「看護職の健康と安全に配慮した労働安全衛生ガイドライン」の改訂に携わりながら,院内外の勤務環境改善に継続的に取り組んでいます。

組織のパフォーマンスを上げる新しい制度設計を

酒井 木戸先生が,医師の働き方改善に関心を持ったきっかけは何ですか。

木戸 医療安全や医師の健康に危険をもたらしかねない,当直を挟んだ30時間以上の連続勤務が常態化していることへの疑問からです。

酒井 医師の勤務環境改善にかかわった当初,当直の実態には驚きました。

木戸 看護職の三交代制に当てはめれば,日勤,準夜勤,深夜勤,次の日の日勤まで4勤務。忙しければ次の準夜勤まで4勤務半以上の連続勤務が医師では当たり前とされてきました。

 特に産科は他科に比べ当直回数がダントツに多く,月に10~20回行う若手の医師もいます1)。医師養成数と比較して産科医が増えない状況に,勤務環境の厳しさが関係しているのではないでしょうか。

酒井 長時間労働が当たり前となる背景は何でしょう。

木戸 患者のため,自己研鑽のためには病院に長くいるべきという風土が根強いことです。

伊藤 私が新人の頃のレジデントも,自分の知識・技術が遅れないよう何日も病院に居続けるのが当たり前でした。

酒井 「背中を見て学べ」では,若い医師や医師を志す者には決してプラスに映らないと思うのですが。

木戸 おっしゃる通りです。働き方に関する社会の意識が変化している中,時間外診療の多い診療科や地域では医師確保が困難となり,診療科の偏在,地域格差がますます増幅しかねません。

伊藤 近年は過労による事故や自殺,医療の質低下の問題が社会的に認識され,風向きも変わりつつあります。

木戸 国の「働き方改革」は医療界には追い風です。ベストなコンディションで安全な医療を提供するのが医療者の責務。今,変えなければいつ変えるのか。個人の能力を最大限活用し,組織のパフォーマンスを上げる「新しい働き方」の制度設計が必要です。

医師の交代制勤務のメリット

酒井 高い専門性と個別性を有する医療者の働き方は画一的に規制するのではなく,一定程度自己管理できる余地があってよいはずだと考えています。2014年には医療機関の勤務環境改善を目的に医療法が改正され,医療の質の向上や経営の安定化の観点から,医療機関が自らの理念に基づき改善をめざす「勤務環境改善マネジメントシステム」が各医療機関に導入されました。病院の実情に応じStep by stepで改善を進めるため,目に見える効果はすぐには出にくい。それでも,自主的な改善が図られる契機になると期待しているのです。

 木戸先生の施設では医師の働き方に交代制勤務を導入するなど,勤務環境改善に取り組まれてきました。きっかけは何ですか。

木戸 2009年の労基署による是正勧告です。勤務環境を改善せざるを得なくなり,当時の副院長

この記事はログインすると全文を読むことができます。
医学書院IDをお持ちでない方は医学書院IDを取得(無料)ください。

開く

医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

医学界新聞公式SNS

  • Facebook