エリーティズムとボトムアップ―自己を肯定しつつ,否定する(岩田健太郎)
連載
2017.09.18
The Genecialist Manifesto
ジェネシャリスト宣言
「ジェネラリストか,スペシャリストか」。二元論を乗り越え,“ジェネシャリスト”という新概念を提唱する。
【第51回】
エリーティズムとボトムアップ
――自己を肯定しつつ,否定する
岩田 健太郎(神戸大学大学院教授・感染症治療学/神戸大学医学部附属病院感染症内科)
(前回からつづく)
ぼくが医学教育にかかわってだいぶになるが,この5年くらいで,自身の教育態度に大きな方針変換を施している。それが,エリーティズム(elitism)とボトムアップ(bottom up)の問題だ。
もともとぼくは,教育とは「自分を乗り越える存在を育て上げること」だと思ってきた(今でもそう思っている)。教え子が自分を乗り越え,さらに素晴らしい仕事をしてくれれば教育者として本望という気持ちでいた。そして,感染症屋としては世界のどこに行っても通用するトップレベルの人物育成が自分の仕事であると思っていた(今でもそう思っている)。アメリカの大都市でも,アフリカの奥地でもきちんとした仕事ができる。自分の所属する大学とか医局とか同門会とか,そういう仲間内だけでしか通用しない小人物にならない。まあ,こういった目標を持って教育を行ってきた。
誤解を恐れずに言うならば一種のエリーティズムである。そして,亀田総合病院や神戸大の教え子たちには,卒業後はスタンドアローンの医者として世界のどこに出しても恥ずかしくないようなスーパーな働きを期待してきた。
*
繰り返すが,今でもエリーティズムは持っている。そして,それは必ずしも悪いことではない。しかしながら,「エリート教育だけではだめだ」と思うようにもなった。それがこの5年くらいの心境の変化である。
スーパーな働きを期待するということは,そのようなパフォーマンスが示されない場合は失望するという意味だ。だから,ぼくはこれまでたくさんの失望感も味わってきた。しかし,この失望を止めようと考えている。つまり,ハイエンドな人材ばかりを育てる必要はない,という割り切りができるようになったのだ。
世の中には得手不得手というものがある。Aということを,1の努力でやってのける才能の持ち主もいれば,10の努力を要する者もいる。いや,どんなに頑張ってもできない者だっている。かくいうぼくも運動神経(医学用語にあらず)が鈍く,長年やってきたサッカーが一向に上達しない自分の情けなさを呪ってきたものだ。できない者には,できない。それを簡単なハードルとして軽々と乗り越えてきた人は「何やってんの!」となじるのである。
*
もっとも,「できない」という壁を自分自身が勝手に作っていることもある。本当はできるのに,やっていないのだ。「どうせ俺には無理」と挑戦する前から諦めているのである。怠惰のために,臆病のために。
しかしながら,そういう怠けている者,怯えている者の尻を叩いて無理やりやらせてみても,やはりうまくはいかないのだ。そういうやり方で厳しく教えてしまうとその項目に対する嫌悪の情が芽生えてしまうからだ。時にそれは教育者に対する嫌悪の情にすら転化する。嫌悪の情が生じたものは長続きしない。
とはいえ,諦めてしまうのはもっとよくない。人物を諦めるのは一番残酷な仕打ちである。それは,厳しくしつけるよりもさらに残酷な仕打ちだ。
医学教育専門家と呼ばれる人たちのなかには,この手の残酷な仕打ちをえげつなく,いとも簡単に行っている人が多い。一般論として(もちろん例外はあるが),英米における「教育」の要諦は優れた人物のセレクションにあるとぼくは思っている。専門家たちはソフトでナイスでフレンドリーな教育を展開し,自身の教育理論と哲学にのっとった柔らかい教育を実践するのだが,相手の出来が悪く,ホープレスだと判断すると容易にドロップアウトさせるのである。タチが悪いことに,彼らは自分たちの残酷さにまったく気付いていない。
*
では,パフォーマンスの悪い教え子を厳しくしつけるでもなく,かといって諦めたり捨てたりするでもな...
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