医学界新聞

寄稿

2017.09.18



【寄稿】

測れないものは改善できない
手術の「全例」報告制度を医療安全に活かす

宮田 剛(岩手県立中央病院 副院長)


 手術部におけるオカレンスや手術後の合併症などは,当事者としては自ら進んで発表したいものではなく,有害事象が起こったとしてもどちらかというと大っぴらにはしたくないのは当然の心情である。医療安全部職員と当事者(特に外科医)の間で,「それはインシデントですから報告を出してください」「いや,合併症だから事前に可能性の説明もしているし報告する必要はない」というような対立構造はよく聞かれる。

 「より安全で,円滑な手術の遂行」という手術部の使命を果たすためには,その障害要因を抽出して克服していかなければならない。「想定された合併症だから報告しない」のではなく,「減ったほうが良いと思われる有害事象として,合併症全てを把握する」システムとすれば,心理的ハードルは下がる。

 当院では手術部で起こったヒヤリハット事例を手術オカレンスとして取り上げ,従来の随意のインシデント報告とは別に,手術全例に対してこれらの有無と内容を報告するオカレンス報告制度を,また外科としては手術に関連した全ての合併症を記録報告する制度を2016年1月からそれぞれ開始した。本稿では,両制度の概要と成果を報告する。

手術部オカレンス報告制度

表1 オカレンスレポート(クリックで拡大)
 まずは,手術部オカレンス報告制度の運用について述べる。報告用紙は,あらかじめ40の項目をプリントした紙運用である(表1)。手術終了時にオカレンスがなかった場合には「なし」に,オカレンスがあった場合には該当するものに丸をつける。主治医(執刀医),麻酔科医,外回り看護師で内容に合意の上,それぞれサインする。集計は手術室のクラークが行い,毎月の手術部運営会議と医療安全管理部会議にて報告・フィードバックされている。40項目の内容は,東北大病院手術部のオカレンス報告制度を参考にして作成された。

 2016年1月から本制度を開始し,毎月平均485件の手術に対して平均40.4件のオカレンスが報告されている。月別の推移をみると,フィードバックや各種改善努力により,「手術部位マーキング未実施」などが徐々に減少傾向を示している。

 一方で従来通り,医療安全管理部への各部署からのインシデント報告も運用されている。これは職種に限らず,スタッフがインシデント/アクシデントと感じたものを電子カルテ上で報告を行うシステムである。上記オカレンス報告制度が開始された2016年1月からの同時期の1年間で,手術部から報告されたインシデントは全部で81件であり,全手術5605件中の1.4%,チェックすべき項目の定義が若干異なるものの,オカレンスとして報告された485件(全手術数の8.7%)の5分の1以下であった。

消化器外科術後合併症報告制度

 上記オカレンス報告と時期を同じくして,消化器外科でも手術症例全例に対する合併症報告制度を開始した。これは,想定範囲内の合併症であっても全て「手術によって生じた有害事象」として記録報告し,改善の糧とするものである。合併症の分類はClavien-Dindo分類に従い,消化器外科に関連する部分を抜粋して表裏1枚の紙にまとめた(表2)。手術患者が退院する際に術者が提出し,集計は消化器外科長が担う。そして毎月,消化器外科のカンファランスにてフィードバックを行うシステムである。

表2 手術合併症報告(実際は表裏1枚の紙,表面のみ抜粋)(クリックで拡大)

 2016年1月から1207件の手術が施行され,全体で237件(19.6%)の合併症が報告された。最多の合併症は創感染,次が膵液瘻であった。創感染に関しては常に対策進行中だが,膵頭十二指腸切除後の膵液瘻に関しては再建法の改善などによって減少傾向を見せている。また消化管縫合不全の頻度も減少傾向を見ている。

 スタッフ12人と初期研修医2~3人で行われる消化器外科カンファランスは,上部消化管・下部消化管・肝胆膵の3チーム合同で行われ,合併症に関してはチームを超えて共有し,科内全体を知る機会としている。

「全例」把握で正確性が増し,報告者の抵抗感も軽減 

 両制度の要点は,①合併症やオカレンスのなかった場合にも「なし」と記録する全例報告制度であること,②記載は詳細を求める自由記載ではなく規定の項目に丸をつけるだけの簡便な選択式であること,である。

 これらは「記録のための記録」に終わらせずに,あくまで改善をめざしたベンチマークとして利用され,定期的なフィードバックの上,対策を協議するべきである。そのようなフィードバックがあると,報告した側としても「自分の報告は改善努力に向かって利用されている」という大義が生まれるし,管理者側としては,自部署の有害事象を全例ベースの数値としてとらえる機会となり,課題を把握する意味でも重要な手立てになる。「測れないものは改善できない」のである。

 これまで一般的となっているインシデント報告制度は,それを「インシデントであると感じる感性」と,「報告をして改善に役立てようという意欲」のベンチマークにはなり,有用なシステムであることに変わりはない。これらの報告数は,減少するよりもむしろ増加するくらいの感性が育つことが望まれる。ただし,実際に起きている有害事象の数をそのまま表しているわけではないことは注意が必要である。

 そこで,心理的ハードルを排して有害事象を客観的に定量評価するシステムも必要と考えられ,今回提示した制度を紹介した。手術「全例」に報告を課すことで有害事象発生頻度把握の正確性が増すとともに,報告者の抵抗感を軽減すると感じている。

 今後は,抽出された課題の改善に向けて管理側が指示して現場が「やらされる」状況を作るのではなく,現場の当事者が意欲的に改善努力を行う雰囲気を作り,医療安全文化の醸成につなげることができるか否かが鍵になると考えている。


みやた・ごう氏
1985年東北大医学部卒。同年より岩手県立磐井病院にて外科研修の後,88年東北大第二外科入局。以後,食道外科,外科代謝栄養学を専門とする。院内外の栄養サポートチーム活動や一般社団法人医療安全全国共同行動にも参加。2013年より東北大先進外科学分野准教授,14年より岩手県立中央病院に赴任し,15年より現職。医療安全管理部長,消化器外科長を兼務。

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