医学界新聞

寄稿

2017.07.31



【寄稿】

Progressing Palliative Care:進化する緩和ケア
ヨーロッパ緩和ケア学会第15回世界大会報告

加藤 恒夫(かとう内科並木通り診療所院長)


 ヨーロッパ緩和ケア学会(European Association for Palliative Care;EAPC)の第15回世界大会が2017年5月18日から20日にかけてスペインのマドリードで開催された。筆者は,2005年にドイツで開かれた第9回アーヘン大会以降,継続的に参加しながら,ホスピス・緩和ケア発祥の地であるヨーロッパの緩和ケアの変化を観察し続けてきた1~3)

それぞれの大会を踏まえて,継続的に発展するEAPC

 これまでに筆者が観察してきたEAPCの特徴は大きく2つある。まず1つは,それぞれの大会がそのテーマを,変化する社会や医療を反映したものとして取り上げ,回を重ねつつ,一貫性と継続性を持たせながら取り組むことである。

 もう1つは,時代の変化に対応するための公約(commitment)や憲章(charter)を採択し,それらを参加各国の国内組織に持ち帰らせ,2年後の大会で各国での取り組みの成果が確認されることである。

 近年のEAPCの大会テーマをに示す。

 近年のEAPCの大会テーマ

2017年マドリード大会の特徴――変化する社会とともに

 今大会は,「進化する緩和ケア(Progressing Palliative Care)」をテーマに開催された。総合討論(plenary session),並行討論(parallel session),自由討論(free communication)などの各セッションは分野ごとに統合され運営された。さらに,政治的・社会的に激動するヨーロッパ社会におけるEAPCのこれからの課題として,「ボランティア憲章(Volunteering Charter)」が採択され,今後の活動の方向性が提唱された。

 初日のplenary 1では,Diane Meier氏(Ichahn School of Medicine at Mount Sinai,USA)が「Progressing Palliative Care:Current Perspectives and Future Directions」と題して基調講演を行った。Meier氏は今後の緩和ケアを左右する因子として①医療の技術的進歩と高額化,②高齢者や死亡数の増加,③地球規模での人の移動,④経済・社会的格差などを挙げた。今後の社会保障の財政破綻を防ぐために,どのようにコスト削減するかが重要な課題であると述べた。財政負担の大きな一因は死亡直前のコスト増であり,その対策として,死亡の時期が6か月以内と予測される場合,緩和ケアに切り替えて在宅での看取りの準備を進める必要があると指摘。こうすることで医療費の大幅削減が可能なことは実証済みだという4)

 講演の最後にMeier氏は「医師としての自分たちは,医学教育で人の死と死んでいく過程(death and dying)について学んだ経験がなく,今後の医学教育の課題となるだろう」と結んだ。Meier氏の基調講演はまさに,現代社会が直面する課題を見据えており,激動期のヨーロッパ社会にEAPCがどう関与するかという,学会としての意図が反映されたものであった。

「ボランティア憲章」――社会資本としてのボランティア活動の推進

 次に,今大会で採択された「ボランティア憲章」を,大会最終日のparallel session「Primary and Community Care」より読み解いてみる。この憲章は,「公衆衛生的アプローチとしての緩和ケア」5)の考えを踏まえた2013年のPrague Charter「人権としての緩和ケア宣言」を引き継いだものである。前回大会以来,「健康問題の解決策としての社会資本の育成(Social Capital and Health)」6)を導入することによる,さまざまなレベルでの活動が提案された。実際,今回のマドリード大会の多くの分科会で「社会資本(Social Capital)」という言葉が頻繁に聞かれた。

 また,Libby Sallnow氏(St Joseph’s Hospice/North London Hospice,UK)らによる発表「The Impact of a New Public Health Approach to End-of-Life Care:Results from a Systematic Review and Mixed Methods Study」により,社会的孤立が健康障害と死亡の主要な要因であることが確認された7)

 これを踏まえ,新しい公衆衛生的対処法として,「地域の問題は地域で解決する力をいかに養うか」「慈しみある地域社会(Companionate Society)をいかに作り上げるか」などが提案された。そして,以下の3点を今後の行動目標に設定した。

1)健康問題における専門職と地域住民の実践上の役割分担(区分)を明確にする
2)地域社会での健康問題に対する個人的な成長をめざす
3)地域の健康問題への対処能力を開発する

 これらは,今後の高齢化社会(高齢者の孤立)と人の大規模な移動(移民・難民)による社会格差への対処策として語られたものであり,そのために,地域ボランティアの組織化が要求され始めたことを意味する。さらに,地域に最も近いプライマリ・ケアの能力開発が重視されたものでもある。

 しかし,これらはまだ概念上のプランであり,今後の実践モデル開発とそれを通じた研究が待たれている。これらの開発・研究には①運動の開始者:initiator,②推進者:promoter,③支援者:supporter,④評価者:evaluatorの4者が必須である。この中で①initiatorと②promoterとは,問題意識に基づく社会・組織的活動の開始者(地域における意識ある緩和ケアの活動家)であり,③supporterはそれぞれの国の学会レベルの緩和ケア組織を,④evaluatorは学術団体,とりわけ大学組織を指している。今回採択された「ボランティア憲章」は,緩和ケア推進における,地域と学術団体の協働による科学的根拠の確立を基にしたボランティア活動の推進とCompanionate Societyの実現を憲章化したものだと言えよう。

日本への教訓――統合の場の創造と継続的議論を

 翻って日本の緩和ケア関連諸団体についてはどうなのか――。これまでの活動を筆者は継続して見ているが,それらの年次大会での社会的課題の取り上げ方や問題の解決に向けた活動には「継続性の不足」を感じざるを得ない。

 死に直面した時には,患者・家族・地域の社会的問題が凝縮して出現してくるものである。その意味で緩和ケア関連諸団体は,単に緩和ケアのみを対象としていればいいのではない。社会問題そのものと直面しているに他ならないのである。したがって,緩和ケアに関連する専門職は,社会的変化に最も近い位置に存在し,その解決の先駆者たり得る役割を担う(担うべき)職業的責務がある。

 そのためにも,国内の関連諸団体が一堂に会して緩和ケアをめぐる社会的問題を探ると同時に,今後の社会と健康問題(より良き生と死)の解決策を,それぞれの団体の特性に合わせて科学的根拠に基づき提案し,必要とあれば政治とも協議することが要求されている。

参考文献
1)加藤恒夫.Connecting Diversity──多様性を継ぎ合わせる ヨーロッパ緩和ケア学会第10回大会報告.週刊医学界新聞.2007;2742.
2)加藤恒夫.Palliative Care――the right way forward 人権としての緩和ケア:ヨーロッパ緩和ケア学会第13回大会報告.週刊医学界新聞.2013;3035.
3)加藤恒夫.〈第18回日本在宅医学会大会 第21回日本在宅ケア学会学術集会 合同大会 特別講演3〉人権としての緩和ケア.緩和医療研究会機関誌.2017;24(1).
4)Milbank Q. 2011[PMID:21933272]
5)J Pain Symptom Manage. 2007[PMID:17482035]
6)イチロー・カワチ,他.ソーシャル・キャピタルと健康.日本評論社;2008.
7)Palliat Med. 2016[PMID:26269324]


かとう・つねお氏
1973年岡山大医学部卒。1993~2009年日本プライマリ・ケア学会評議員,2000~04年日本死の臨床研究会国際交流委員長,07~09年日本緩和医療学会評議員などを務める。現在,英国緩和医療学会(Association for Palliative Medicine of Great Britain and Ireland)およびヨーロッパ緩和ケア学会(European Association for Palliative Care)会員。

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