医学界新聞

対談・座談会

2017.05.15



【座談会】

腎病理の「読み方」をどう習得するか

長田 道夫氏
(筑波大学医学医療系教授)
門川 俊明氏
(慶應義塾大学医学部 医学教育統轄センター教授)=司会
久道 三佳子氏
(聖マリアンナ医科大学病院 腎臓・高血圧内科医長)


 腎生検は腎臓病の診断に欠かせない検査の一つであり,診断名のみならず,病態の把握,治療方針の決定や予後を知る上で重要である。しかし,実際に腎病理から病態を把握して治療につなげるのは必ずしも容易ではない。例えば,診断名と病理所見を一対一に対応させて覚える“パターン認識”では,複数の病変が併存する場合,主病変が何かを判断し,その病態が治療に反応するかを見極めるのは難しい。臨床につながる情報を腎病理からどう読み解いていけばよいのだろうか。

 本紙では,腎生理を専門とする臨床医として医学教育にも携わる門川氏,病理医として腎病理診断の読み解きを日頃指導している長田氏,腎臓内科で研修医を指導する立場の久道氏に,腎病理の読み解きの難しさの理由や考え方をお話しいただいた。


門川 腎臓病の診療では臨床情報だけでなく,腎生検による病理診断が臨床医の重要な判断材料となります。臨床医は,病理医が出席する腎生検病理カンファレンスで,病理所見から患者の病態の説明を受け,診断の確定と治療の選択を行います。ですから,臨床医にとって腎病理の読み方を理解しておくことは重要です。長田先生,病理医の立場からはどうですか。

長田 腎病理の場合は病理医も標本だけでは診断の確定ができるとは限らず,病理診断には臨床情報の十分な理解が必要です。腎生検は適切な治療に反映されてこそ意味を持つので,臨床医も病理のことを理解しておかないと,患者にフィードバックはできません。このように腎臓病の診療は臨床医と病理医の共同作業になるため,両者が互いの立場を理解しておくことが望ましいです。そこで本日は腎病理の基本的な考え方についてお話しします。

疾患特異的な病変が少なく,腎臓病の広い知識が求められる

門川 腎病理診断は病理の中でも“特殊な領域”と言われ,病理医にとっても難しい分野だと聞きます。その特殊性とは何ですか。

長田 一般的な他の病理診断,例えば“がん”であれば「悪性か否か」が判断の中心になります。これは形態をパターンとして見ることでおおよそ診断できます。しかし,腎臓病は同じ疾患にいろいろな病変が見られ,1つの病変がさまざまな疾患に現れます。つまり腎臓病には疾患特異的な病変がほとんどありません。だから,“パターン認識”だけでは診断できず,病名を絞り込み病態を解釈するためには,臨床情報を含めた腎臓病の広い知識を持つ必要があるのです。

 腎臓病は正常な組織が徐々に壊れて機能低下が起こり,腎病理診断はその間のワンポイントから組織が障害されていく過程を推定する必要があるという点も,とっつきにくい理由でしょう。

門川 かなり統合的な過程を経て診断をしているのですね。長田先生は医学部で教育に携わっていますが,医学部の学生には腎病理をどのように教えているのでしょうか。

長田 学生教育ではアトラス本を“図鑑”として活用し,病変の“パターン認識”で病理を教えるのが一般的です。学生は,まず“絵合わせ”から入ります。アトラス本は1つの病名のページに特徴的な病理像が整理してあるので,病名がわかっていればそこを開いて読めばわかりますね。ところが,病名がわからないために腎生検を施行するときや,複数の異なる疾患を併発している症例で,どちらが主に病態にかかわっているかを評価する必要があるときなどは,アトラス本だけで診断をすることはできません。それが,病変の“パターン認識”では適切な診断ができない理由です。病理総論的な視点や臨床情報を参考にする必要があります。

久道 長田先生の言うとおり,私も学生のときからアトラス本を活用していましたね。パターンで一つひとつの病理所見は見られるようになったのですが,それを統合した診断に関しては参考書が少なく,今まさに壁にぶつかっています。なんでこの病変ができているのか,今後どのような治療が必要か,回復の見込みはあるかなどをイメージできるまでに時間がかかります。

長田 その壁を越えれば,腎病理はグッとできるようになりますよ。私の研究室に入る大学院生は,臨床を6~7年経験した後,腎病理に興味を持ってやってきて,腎生検病理診断も熱心に勉強しています。私も臨床医の経験があるのでよくわかりますが,自分で診療して,生検をして,病理学的な判断をして患者さんをフォローするのはとてもやりがいがあります。病理は目に見えるから本当はわかりやすいはずなので,教育体制には課題がありそうです。

指導者が心掛けたい,相手のレベルに応じた教育

門川 では,初期研修や後期研修でどのように腎病理を学んでいけばよいのでしょうか。腎病理診断は病理所見と臨床情報を統合する必要があるので,腎病理カンファレンスは難しいと感じることが多いようです。初めはカンファレンスで使われる用語でさえも,意味がよくわからない。研修医には,どこから教えればよいでしょう。

久道 臨床に出たばかりの初期研修医の場合,病理所見にある病変自体がわからないので,用語の解説から始める必要があると思います。腎臓内科専攻の後期研修医は,経過や臨床所見といった臨床情報を,どのように腎病理診断に活用し,鑑別,活動性判断のポイントとなるのかを体系化していく段階です。カンファレンスで上級医が話している臨床情報と病理所見を組み合わせた見方を定着させるまでには慣れが必要でした。

長田 臨床医に基本的な病理の知識は必要ですが,病理医も気をつけなくてはなりませんね。病理の解説を臨床医にわかるペースで進めないと,カンファレンスが一方通行になりがちです。臨床医の疑問にはお構いなしだったり。

門川 教える側にも課題があるということですね。研究会など,他にも勉強をする機会はありますか。

久道 腎病理の研究会があります。でも,卒後4年目くらいまでは解説を聞いても頭の中ではつながっている感覚が少なく,勉強法に悩んだ時期もありました。

長田 その気持ちはよくわかります。私も興味を持って勉強し,研究会に参加しているのに,「何だかよくわからない」という時期がありました。その理由は何なのでしょう。

久道 大規模な研究会では典型例ではなく,珍しい症例を扱うことが多いからかもしれません。若手はどう珍しいかがそもそもよくわからず,議論から置いていかれてしまうこともあります。

長田 なるほど,珍しさだけが売りの症例は確かにわかりにくいでしょう。

 門川先生は若手の腎臓内科医を集めて,勉強会を定期的に開催していますね。腎病理の初心者を集めて勉強するなら典型例を題材にしようと思います。

門川 それが良いですね。若手医師にとっては,Commonな症例を議論することが大切だと考えています。

 久道先生は今まで腎病理の勉強をどのようにしてきましたか? 腎生検や症例のカンファレンスに加えて,上級医と一緒にプレパラートを見るような教育は,やはり必要でしょうか。

久道 理想を言えばその通りですが,それは上級医によるところがあります。そこには,腎病理医が少ないことに加え,腎病理を得意とする臨床医が少ないという現場の事情もあります。

 また,腎生検入院では,患者さんは腎生検後すぐに退院し,腎病理の結果が出るのはずいぶん先になるので,自分の担当していた患者さんの診断から治療決定までの一連の流れをフォローしきれないことが多いのも,習得や指導が難しい理由の一つでしょう。

長田 実際に病理診断を指導できる腎臓内科医は少ないだろうと感じます。どんな分野でもそうですが,指導者が本当にわかっていないと教育効果はなかなか上がらないものです。腎病理では形態の説明,異なった病変とのつながり,病変の経時変化の予測など,空間的な観点と時間軸から考える必要がありますが,これまでは経験から習得するしかなく,あまり明確に文章化されてきませんでした。ですから,腎病理の診断過程を明らかにすることが理解を深める最初の一歩になると思います。

■腎病理診断のステップを丁寧に繰り返すことが上達への道

長田 腎病理について私自身が理解を深められたのは,実験や病理総論などを通して,一つの病変パターンを「どう考えていけばいいのか」という根幹ができたことが大きいです。この考え方の基本となる「腎病理診断の構造」を理解できれば知識はどんどん身について診断できるようになるはずです。

門川 でも,病理医の先生自身も普段どのような診断過程を経ているか,深く考えたことがないのではありませんか。腎病理の習得や指導には,その点の言語化がポイントだと思います。

長田 教える側も教わる側も,どうしてそう診断するのか,どうしてそう読んでいくのか,理由を説明できなくてはなりません。このたび,『なぜパターン認識だけで腎病理が読めないのか?』(医学書院)を門川先生と執筆し,「腎病理診断の構造」を文章化する機会を得ました。本書では,病型診断から蛍光抗体法などを用いた病因診断を通して,最終的な診断を下すというステップなどを順序立てて説明しています。

門川 この書籍では,腎病理診断のプロである長田先生がどういう流れで診断をしているのかを体系化することをめざしました。私は腎病理の専門家ではないので,「その用語は○○という意味ですね」「その順番で考える理由は何ですか」ということを,症例に沿って,経験の浅い人に理解できるような形に仕立て直したつもりです。

久道 本書を読んだら診断から治療までの一連の流れがイメージできるようになり,カンファレンスの要点も短時間でつかめるようになりました。いろいろな先生方から教わった知識を,断片的でなく,つなげながら理解することができています。

門川 それは良かったです。この考え方を身につけるために,長田先生はどれくらいのトレーニングをすればよいと考えますか。

長田 もちろん個人差はありますが,いろんな症例を300例くらい一緒に見れば,ある程度は読めるようになると思います。ポイントは時間をかけ丁寧に教えることです。病名をつけることは簡単ではありません。私は学生に腎病理を教えるときは,5例に3時間かけることもあります。

門川 具体的にはどのように指導しているのですか。

長田 腎生検の目的,結果をどう臨床に還元するかを議論し,その上で見えたものを文章で表現してもらいます。病変を一緒に観察しながら,徹底的に添削するという方法が一番効果的です。見えたものを言語化すると,見えてないものが浮かび上がってきますから。こうすると,どんな病変からも,診断に必要な情報が抽出できるようになっていきます。

 病変を見て「なぜか」を説明すると勉強になるので,教わるほうだけでなく,教えるほうの上達にもつながります。

久道 本日の座談会では,腎病理の難しさやキャリアに応じた指導のポイントを知ることができました。今後は自分自身の研鑽を積むとともに,研修医の指導に当たっていきたいです。

門川 この本を長田先生と作り上げたことで,私自身,腎病理の勉強になりました。もちろん,腎病理診断を自分でできるようになるには,一定数の症例を見てトレーニングする必要がありますが,本書を読んでもらえば,トレーニングに必要な時間が随分,短縮できるのではないかと思っています。

長田 腎臓病診療では病理と臨床との連携が重要です。腎病理の診断プロセスを一度体系的に学ぶと,腎病理の読み解きができるようになり,診療がもっと面白くなります。もちろん,患者さんのためになることは間違いありません。

(了)


ながた・みちお氏
1981年昭和大医学部卒。85年に同大大学院修了(医学博士)。東女医大腎臓小児科助手,独ハイデルベルク大解剖学細胞生物学研究員などを経て,94年筑波大基礎医学系病理学講師に着任。2003年より現職。腎病理を専門とし,実験病理と診断病理の2つから腎病理を考えている。日本腎病理協会世話人代表を務める。

もんかわ・としあき氏
1991年慶大医学部卒。96年に同大大学院を修了(医学博士)。学術振興会特別研究員,米ワシントン大腎臓内科リサーチフェローなどを経て,2010年より慶大医学部医学教育統轄センター専任講師,14年より現職。医学教育を専門とするとともに,腎臓内科,水・電解質,血液透析の臨床,腎臓尿細管の研究を行っている。

ひさみち・みかこ氏
2012年聖マリアンナ医大卒。東医歯大病院,都立墨東病院で初期研修を行い,16年3月に聖マリアンナ医大大学院を修了(医学博士)し,同年4月より現職。17年4月に日本腎臓学会腎臓専門医を取得。大学院では急性腎障害後の慢性腎臓病進展予測における尿中バイオマーカー(L-FABP)を研究し,臨床での視野が広がったという。

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