現場に渦巻く「研修医の感情」(平島修,水野篤)
対談・座談会
2017.02.13
【対談】現場に渦巻く「研修医の感情」 | |
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臨床で必要なものは,医学知識と技術だけではありません。時に診療に影響を及ぼす「感情」の理解は,研修医として臨床に出ていく上で欠かせないものです。
現場で医師が抱く感情について,書籍『医師の感情――「平静の心」がゆれるとき』(医学書院,2016)では,臨床医である著者の視点から克明に描き出しています。診療現場で抱く感情とは何であり,その感情が生まれる理由はどこにあるのか。本書に魅せられたという平島氏と水野氏に,自らの研修医時代を振り返りつつ,医師に湧き起こる感情について話し合っていただきました。
水野 実は2015年ごろから,「診療や指導において感情とは何なのか」と悩むことがあるんです。そんな理由もあって,医療現場に渦巻く感情について書かれた本に没頭しています。ジェローム・グループマンの『決められない患者たち』(医学書院,2013)などに心を打たれ,『平静の心――オスラー博士講演集(新訂増補版)』(医学書院,2003)も読み直しました。
内容がより臨床に近い『医師の感情』には,差し迫った現場で揺れ動く,リアルな心情が描かれていますね。
平島 『医師の感情』では,臨床現場で日常的に出合う感情として,「不安・恐怖・悲しみ・恥・怒り・困惑・幻滅」といったものが挙げられています。医学生から臨床医になる過程で変化していく感情を言語化した書籍を読んだのは初めてで,とても印象に残りました。「初めて白衣を着た時の違和感」などは,ありありとよみがえってくるものでした。
水野 懐かしい違和感です(笑)。
平島 駆け出しだったころは感情の嵐で,担当患者さんが亡くなるとベッドサイドで号泣していましたよ。
水野 今は後輩を指導する立場で,研修医が感情を揺さぶられる場に立ち合うこともしばしばです。そういった経験から,感情を認識しコントロールするすべを学ぶことを大切にしています。
例えば,投稿論文が不採択だと知らされ,テンションが下がった状態では,患者さんの診療に向けるパワーが弱くなってしまうので,論文が採択されたかどうかのメールを朝には見ないようにしています。これは本紙連載でもオススメしました(臨床医ならCASE REPORTを書きなさい第6回/第3190号)。
平島 医療現場のリアルな感情を,医学生や研修医に,まずはもっと知ってほしいですね。
患者に「共感」できないことはある
平島 患者さんにどうしても共感できない場面は,臨床現場に出ればきっとあります。例えば,アルコール依存症や薬物依存症,病的肥満などの自ら招いたとも言える疾患や,不定愁訴の患者さんへの共感は難しいものです。
水野 自分の理解できる範囲を超えた患者さんには,ネガティブな感情が出てきてしまいがちですね。
平島 「医師は患者を平等に扱い,感情移入せずにしっかり診るもの」という“理想像”を,医師自身も一般の人も持っていると思います。でも全ての患者さんに対してその理想像を保つのは無理でしょう。前回のカルテに「急性アルコール中毒」と書いてあれば,受診理由を聞く前に,「また急性アルコール中毒なんだろう」と思い,その時点で共感の心が失われてしまう。
水野 『医師の感情』でも同じようなことに言及していましたね。疾患を自ら招いたと考えられるような患者さんに医療者は軽蔑の念を抱き,アルコール依存症のホームレスのことを医療者間ではshpozやdirtbag(汚いやつ)と呼ぶ……と。ネガティブな感情が生まれてしまう現実を知らない若手ほど,そのような雰囲気にすぐ染まってしまうのだと思います。そうなっていくと患者さんへの共感の感覚はさらに鈍っていくのかもしれません。
平島 医学生時代,初めての当直実習で,担当の先生がアルコール依存症の患者さんに怒鳴っていたのを見て驚きました。だから研修医1年目のころは,アルコール依存症の患者さんに同じように怒鳴っていたんですよ。「本当は怒鳴ってはいけない」と語る先生もいましたが,当時はどちらが正しいかわかりませんでした。
今振り返ってみると,感情を爆発させて怒鳴る必要は全くなかったと思います。医学生や研修医には,患者さんに対してネガティブな感情が生まれ得ることを教えたほうが,心の準備として良いかもしれません。
水野 そうですね。効率が求められる多忙な現場で共感力を保つのは難しいことだと感じます。僕自身,救急外来で患者さんから罵声を浴びせられたり,軽症なのに救急外来しか受診しない患者さんとかかわったりする中で,自然と感情を押し殺すようになり,研修医1年目の後半には“作業化”して業務を行うようになっていました。
そのような態度が要因となって,1年目の最後に疾患を見落とすという大きな失敗をし,訴訟の一歩手前までいく経験をしたんですよ。そのとき,効率化だけではなく,患者さんへの姿勢が大切だと実感した記憶があります。臨床的な実力が高まっても,姿勢が変わらなければ同じことを繰り返したかもしれません。
平島 僕は研修医1年目に,2年目の先生から患者さんへの態度について強く指導されたことを鮮明に覚えています。救急外来の当直業務に慣れてきた冬の日,その先生との当直明けの振り返りで思いもよらないことを言われたんです。「お前の患者さんへの態度,言葉遣いは何だ! お前は何様だ!」と。
自分では横柄な言葉遣いに全く気付いていませんでした。医学生や1年目研修医の共感力の養成に,現場の指導医や2年目研修医が態度を示し,指導していくことがいかに大切かを身を持って知った経験でした。先輩医師が現場で模範を示していくことが,まさに重要です。
自分には無理だと思ったときの「恐怖」
平島 患者さんを救えるかわからない状況で,自分の能力を超えたことを任されたときの動揺について,印象に残る経験があります。
指導医として研修医と2人で当直をしていたときのことです。運ばれてきたのは,ショック状態の重症患者さん。僕が中心静脈ラインを取っていたところで,研修医が異変に気付きました。呼吸が止まり,心停止したんです。
その時,研修医に「心臓マッサージを始めて!」と指示しました。ところが,その瞬間に研修医は全く動けなくなってしまったんです。「心停止したら心臓マッサージ」という知識と実践はまるで違うものです。「患者さんを助けられなかったら」という恐怖で真っ白になったのでしょう。
水野 同じような経験はあります。初期研修医のとき,救急に興味があったので,2年目からドクターカーで現場に出動していました。「救急外来での経験も積んだし,JATECコースも受講したから,何でもできる!」と,意気揚々と1人で行ったのです。
ところが到着してみると,草むらの陰に,ただ人が倒れていて……。まずは「生きているかどうか」の確認から取り掛かる必要があるのに,一瞬,医療者であることを忘れて,ぽかんと眺めてしまいました。病院でモニターを付けた患者さんを診るのとは大違いで,何が何だかよくわからなくなってしまったのです。動脈が触れているのか,いないのか。それを自分が決めていいのかすらも迷いました。
平島 最初はそうですよね。
水野 全責任が降り掛かって真っ白になったときに,その状態で周りから,「早く処置をして!」みたいに言われたら,イライラしたに違いないです。「できるわけがないですよ!」と。
平島 総合内科医は専門を超えてやらざるを得ないので,「うまくいくかわからない」という兆しがあるとイライラの感情が出ることもあります。医師として働く上で,「恐怖」に対する自己防衛として出てくる「怒り」を完全に解消するのは困難だと感じます。
しかし逆切れしていいかと言えば,そんなわけはないですよね。自分の気持ちがどう動き,恐怖がどんな対応を生み出すのかを知ってからは,「焦っていてもやることは変わりません」と
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