医学界新聞

対談・座談会

2017.01.23



【対談】

インストラクショナルデザインをいかした
「学ぶ組織」の作り方
浅香 えみ子氏(獨協医科大学越谷病院 看護副部長)
髙橋 一也氏(工学院大学附属中学校・高等学校教頭)


 看護の領域では近年,インストラクショナルデザイン(ID)(MEMO)への注目が集まっており,現場の研修に取り入れる施設もある。看護師は研修を行う機会が多く,業務の傍ら効果的・効率的な教育を行う必要があることがその背景にある。ではIDをどのような観点で取り入れればよいのか。米国でIDを学び,2016年“教育界のノーベル賞”とも言われる「グローバル・ティーチャー賞」TOP10に日本人で初めて選ばれた髙橋一也氏と,臨床教育や組織マネジメントへのIDの活用を積極的に試み,このたび『看護にいかすインストラクショナルデザイン』(医学書院)を刊行した浅香えみ子氏の二人に,人材育成の発想を変える「学ぶ組織」の作り方について提起いただいた。


浅香 看護の現場では,さまざまな教育体制が組まれています。特に,新卒看護師の離職を防ぐ研修に力を入れてきた経緯があり,施設ごとに実践力を育む取り組みがなされています。私も10年ほど前,救急領域における患者急変対応の学習コースを立ち上げました。ところが,それを教育工学の専門家に見てもらったところ,経験的にやっていた研修設計をガラガラッと崩されました。その際,研修には「入口と出口」の設定が必要だと学んだのがIDとの出会いです。髙橋先生はなぜIDを学んだのですか。

髙橋 きっかけは,学生時代にICTの発達で学校や教育,人々の生活がどう変わるか興味を持ったことです。僕は大学で,『グーテンベルク聖書』という1455年に世界で最初に印刷された本について研究していました。かつて手書きだった書物も現代では超高精細画像でデジタル化され,貴重な本も世界中の人が手軽に読めるようになりました。つまり,一部の人しか持ち得なかった知識を,世界中の人々と共有できるまでになった。そこで,コンピュータを使うことで教育がどう変わるのかに関心を持ち,IDを勉強しました。

コミュニケーションをどう意図的に発生させるか

浅香 ところで,看護部の院内研修は年間どれくらいだと思いますか?

髙橋 月に1~2回で,年間20回くらいですか。

浅香 当院は現在20回ほどですが,以前は年間68回やっていました。200回以上実施する施設もあると聞きます。

髙橋 通常業務とは別にですよね? 僕が看護師だったら,辞めてしまうなあ(笑)。教育現場も,授業をやればやるほど生徒の学力が上がると思っている人が多いのが実情です。そうではなく,1回のワークショップや授業を,モチベーションを維持できる範囲で濃密に効率良く行うことが大切です。

浅香 当院はIDを取り入れたことで,業務や研修の能率を考えるようになりました。研修を減らしたことで看護の質が落ちたということもありません。次の課題として,失敗できない緊張感のある医療現場に,楽しく学べる環境をどう作るかを考えています。先生の学校の授業はどんな様子ですか。

髙橋 全ての授業をPBL(Project Based Learning)で行うようにしています。教員が一方的に教える授業は少ないですね。内容も面白いですよ。例えば英語の授業では,レゴブロックを用いてストーリーを組み立ててからプレゼンをするなど,遊びの要素を取り入れながら楽しく学んでいます。

 校内の空間にも工夫を凝らしています(写真1)。廊下の壁にはホワイトボードがあり,いすやテーブル,レゴブロックなどを置いています。生徒が気軽に集まって話せる居場所を意図的に作り,生徒同士のコミュニケーションを発生させているのです。

写真1 工学院大附属中・高の校内の様子

浅香 看護の現場は電子カルテが普及したことで,看護師は端末に向かう時間が増え,話さなくても仕事が進む環境になっています。自然と人が集まらざるを得ないような場を作り,会話を生む必要がありそうです。先生は,なぜ空間作りに着目したのでしょう。

髙橋 IDは優れた教授設計だと思って勉強していたころ,ラーニング・ピラミッドを見て衝撃を受けたからです()。講義では学習者の学習定着率は5%だけです。IDを用いて演習を行えば30%まで上がりますが,IDでできるのはここまで。教員がいくら能率よく教えても,ハンズオンを組み込まないと学習者の脳の働きはボーっとしているときと変わらず,理解度は伸びないのです。学びは授業や研修だけで完結するのではなく,環境をデザインし持続されるものでなければなりません。そこで僕は今,教頭という管理者の立場から,IDに何をプラスすれば「学ぶ組織」としての学校を設計できるか考えています。

 ラーニング・ピラミッドと平均学習定着率(文献1より改変)

浅香 IDの考えを持つことで,管理者の役割と人材育成者としてかかわる役割に共通するものがあると,私も最近感じています。管理者はIDを知っておいたほうが有利だと思います。

髙橋 IDとマネジメントの手法って重なりますよね。看護の現場も,研修を増やすのではなく,コミュニケーションを生む環境を,意図的に作ることが大切ではないでしょうか。

「勉強」と「学び」のバランスは

浅香 先生は「学ぶ力」についてどのように考えていますか。新人看護師教育の課題に,基礎教育と臨床の学びの乖離があります。基礎教育で培った学びを臨床で応用できないことや,新たに学んだ知識を実践に活用することが難しいことから,バーンアウトしてしまう看護師が少なからずいるのです。

髙橋 今,世界で「学力」というと,基礎知識だけでなく,能力や性格などを含みます。特に「Grit(やり抜く力)」をどう身につけるか熱心に議論されています。既に正解のある問いに対して自分の記憶から答えを探し出す「勉強」だけでなく,答えに至るプロセスを重視する「学び」までが,学力に位置付けられているのです。そこで当校も,PBLなどのアクティブラーニングを取り入れています。

浅香 いわゆる詰め込み型の「勉強」とアクティブラーニングによる「学び」との折り合いはどうつけていますか。看護師の養成課程では,ゴールの一つとして国家試験があります。中学や高校も入試がありますね。

髙橋 詰め込み型が悪いとは僕は思いません。なぜなら,アクティブラーニングだけでは学力が下がってしまうからです。そこでIDを用いて,例えば最初の20分は知識量を多くし,残りの30分は演習に当てるなど,両者を使い分けた授業にするのです。

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