医学界新聞

寄稿

2017.01.16



【寄稿】

改正個人情報保護法は臨床研究にどのような影響を与えるのか

田代 志門(国立がん研究センター 社会と健康研究センター生命倫理研究室長)
藤原 康弘(国立がん研究センター 企画戦略局長兼中央病院副院長(研究担当))


 「個人情報の保護に関する法律」(以下,個人情報保護法)等の改正法が2015年9月に成立・公布。これを受け,医学研究における個人情報保護の適切な取り扱いを確保するために関連指針の見直しを議論してきた文科省・厚労省・経産省の合同会議が,さる12月7日に見直し案を取りまとめた。

 新たな指針はまもなく公表されるが,改正個人情報保護法に合わせて来春施行の予定であり,準備期間は非常に短い。合同会議の委員である藤原氏らに,見直し案のポイントと注意事項を解説していただいた。

(本紙編集室)


診療録を用いた研究は引き続きオプトアウトで実施

 2016年4月15日から開始された研究倫理指針改正のための検討会(「医学研究等における個人情報の取扱い等に関する合同会議」,座長=聖路加国際大・福井次矢氏)が,12月7日に最終的な決着を迎えた。結論から言えば,関係各所から表明されていた懸念はおおむね払拭され,次年度からも従来と大きく変わらない形で研究が継続できる目途が立った。

 特に大きいのは,パブリックコメントの時点(2016年9月22日~10月21日)では,全て個別同意を得ることになっていた「診療録を用いた研究」について,現行指針通りオプトアウト(研究概要について情報公開した上で,研究対象者の拒否の機会を確保すること)によって実施することができるようになった点である。これにより,各種の観察研究が本年4月以降も継続できることになり,安心した研究者も多いと思う。

 そこで以下では,この方針転換を踏まえて,改正個人情報保護法が臨床研究の実施に与える影響を概観しておきたい。

個人情報保護法と医学研究

 まず初めに確認しておきたいのは,個人情報保護法と医学研究の関係である。よく知られているように,個人情報保護法には当初から学術研究を「適用除外」とするという規定があり,これは改正された後も何ら変わっていない。そのため,本来的には個人情報保護法の規定をそのまま研究倫理指針に持ち込む必要はなく,あくまでも自主的なルールとして医学研究の現状に即した規定を設ければ良い,という考え方も成り立つはずである。

 しかしながら,個人情報保護法の適用除外の規定をよく読むと,「大学その他の学術研究を目的とする機関若しくは団体又はそれらに属する者」が「学術研究の用に供する目的」で利用する場合と書かれており,そう単純ではないことがわかる。つまり,適用除外の要件としては,目的が学術研究にあるだけではなく,活動主体が学術研究機関でなければならない,と解釈し得るのである。そのため,字義通りにとれば,主たる目的が学術研究にはない民間病院や企業は一律除外されない,という結論が導かれてしまう。実際,検討会でもこの点が何度か議論になったが,除外されない機関がある以上,全ての研究機関を包含するルールが必要であるという認識の下,適用除外の件は十分検討されないまま議論が進められていった。その結果,当初の改正案は,個人情報保護法の内容に一切抵触しないだけではなく,行政機関や独立行政法人等を対象とする関連法規の厳しいところを足し合わせたような,極端に厳格なルールとなったのである。

 これに対して,パブリックコメント後に再開された検討会(2016年11月16日)では,適用除外の範囲があらためて確認され,民間病院であっても適用除外となる場合があるという解釈が明確に示された。具体的には,研究計画ごとに結成される研究チームにつき,「その実質や外形が一つの機関としてみなし得るものであれば」所属法人の違いを超えて,「学術研究を目的とする」団体等に所属しているとみなせる,というのがそれである。これは極めて重大な解釈であり,関連法規の厳しい部分を足し合わせたルールを作らなければならない,という当初の認識がここにきてようやく覆されることになったのである。

個人情報の取得に関する「適切な同意」はより簡便に

 以上の解釈を前提として,あらためてルールの見直しが行われた結果,今回の改正で最大の争点になっていた自機関の診療情報の研究利用につき,引き続きオプトアウトでの利用が許容されることになった。パブリックコメント時点での改正案では,これらについても原則全て個別同意を得ることになっていたのだが,この方針が覆されたのである。

 また同時に,研究参加の際の「インフォームド・コンセント」と個人情報の取得に関する「適切な同意」の区別についても明確な解釈が提示された。すなわち,従来の研究倫理指針では,「同意が必要」と判断されると直ちに,指針に規定されている多数の説明項目を説明する義務が研究者には発生してしまい,これが同意取得をためらわせる大きな要因になっていた。しかし改正案では個人情報の取得に関する「適切な同意」は,より簡便なもので構わないことが明らかになった。これにより,今後は新たに研究目的で個人情報を取得する場合にも,現実的な対応が可能となったのである。

 さらに,診療情報の他機関提供に関しても,個人情報保護法適用機関とそれ以外で分けられていた改正案は大幅に修正され,全ての研究機関が共通ルールの下で診療情報の利活用をできるようになった。当初の改正案では,もはやオプトアウトによる疾患レジストリ研究は不可能になるのではないかと懸念されていたが,新たな改正案の下では継続は十分可能になっている。

進行中の臨床研究は倫理審査委員会への変更申請が必要か

 同意の在り方と並んで,もう一つ大きな懸念事項になっていたのが,倫理審査委員会への変更申請の問題である。というのも,今回は過去の指針改正とは異なり,一部の規定に関する経過措置が廃止され,現在既に実施されている研究の見直しが必要だとされていたからである。そのため,最悪のケースでは,現在実施している全ての研究に関して研究者は変更申請を行い,倫理審査委員会はその修正点を確認の上,本年度末までにその全てを承認するという作業が発生する恐れがあった。これは当センターのように1000を超える研究が実施されている研究機関にとっては,おおよそ達成不可能な目標である。

 残念ながらこの件については大きな変更はなく,一定の対応は引き続き必要となっている。そのため,来春の指針施行までに,研究責任者は現在実施中の研究について見直しを行い,必要に応じて研究計画書や説明同意文書を修正しなければならない。ただしその一方で,新たな改正案では,変更申請が必要な修正をごく限られた範囲にとどめることで,倫理審査委員会の負担を最小化している。

 具体的に言えば,変更申請が必要となるのは「同意取得を新たに実施する場合」と「(従来は情報公開のみをしていたが)新たに拒否権の確保を追加する場合」に限られる。これ以外に,新たに通知・公開を実施する,通知・公開項目を一部追加する,指針の定義変更に伴って用語の修正を行う,対応表の管理方法の変更を行うなどの場合については,「変更とみなさない」ため,倫理審査委員会への変更申請は不要であるとの見解が示された。

 なお,こうした細かな研究計画の見直しに際しては,まずは研究者が自己点検を行うことになるが,その際にも過度の負担がかからないよう,行政機関より自己点検用のチェックリストが発出される予定である。いずれにしても,当初想定していたような膨大な数の変更申請が出されることはなくなり,ごく一部の研究のみが対応を迫られるという運用に落ち着くと見込まれる。

残された課題

 以上,倫理指針の改正に関して,同意の取得と倫理審査委員会への変更申請に絞って最終的な見直し案を概観した。

 実際にはこの他にも「匿名化」の考え方や海外提供の際の要件など,新たな規定が指針の中には入っている。また,今回は詳しく触れることはできなかったが,新たに個人情報の定義に加えられた「個人識別符号」にゲノムデータが含まれたことも大きな変更点である。これらの変化は医療者にとっては容易に理解できるものではなく,各研究機関では今後変更点を繰り返し説明する必要が生じるだろう。

 しかし繰り返しになるが,これらの変更により本年4月以降は海外の医療機関や国内の民間病院との共同研究ができなくなる,といった事態は生じないと考えられ,過剰な心配は無用である。基本的には,これまでとは異なる理由に基づいて診療情報の利活用を行うことになるだけであり,多くの場合,実質的な運用は従来通りになると考えられる。

 なお,今回の指針改正を通じて,医療情報の利活用に関して,日本が法的に極めて脆弱な状況にあることがあらためて明らかになったように思う。その点で,今後は医療・医学分野の特徴を踏まえ,将来にわたって安定的に医療情報の利活用が図られるような立法措置がとられることが望ましい。今回の指針改正はそれまでの間の,いわば急場を凌ぐ措置であることを関係者は肝に銘じておくべきである。

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