医学界新聞

対談・座談会

2017.01.16



【座談会】

がん免疫療法
ブレイクスルーの先へ

河上 裕氏(慶應義塾大学医学部 先端医科学研究所 細胞情報研究部門教授)
松島 綱治氏(東京大学大学院医学系研究科 分子予防医学教室教授)=司会
土井 俊彦氏(国立がん研究センター 先端医療開発センター 臨床新薬開発分野長/東病院副院長/先端医療科長/消化管内科)
玉田 耕治氏(山口大学大学院 医学系研究科 免疫学教室教授)


 手術療法,化学療法,放射線療法に次ぐ「第4の治療法」として注目されるがん免疫療法。当初は悪性黒色腫のみだった適応は肺がん,腎細胞がん,ホジキンリンパ腫へと広がり,さらには胃がんや頭頸部がん,食道がん,卵巣がん,脳腫瘍など複数のがん種で臨床試験が進んでいる。がん治療の新時代の扉を開いたとも言えるがん免疫療法は,今どのような課題に立ち向かい,これからどこへ向かおうとしているのか。基礎から臨床まで,がん免疫療法研究にかかわる4人にお話しいただいた。


松島 「がん免疫療法」の概念は古く,実は120年以上も前から研究されています。その間,免疫でがんが制御できるのか議論が続けられてきました。そして今,免疫学研究の成果と遺伝子工学技術の進歩により,新たな時代を迎えています()。

 がん免疫療法の歴史

 中でも注目を浴びる免疫チェックポイント阻害薬は,①標準治療が効かなくなった進行がん症例にも一定の割合で強力な治療効果を示すこと,②従来の化学療法と比較して副作用の頻度が低いこと,③効果がある場合は腫瘍縮小・延命効果が長期持続することが特徴です。数年以内に多くのがん種で標準治療になることも期待される中,「副作用」「バイオマーカー」「併用療法」が研究の中心になっています。今回はその現状と今後の方向性をお聞きします。

免疫細胞の「ブレーキ」を外して攻撃する

松島 まず,免疫療法の特徴を簡単に教えてください。がん細胞を直接攻撃するのではなく,免疫細胞に作用する点が従来の化学療法と大きく異なりますよね(図1)。

図1 免疫療法とこれまでの化学療法との違い
免疫療法は,かつては悪性黒色腫のような特殊ながんのみでしか治療の有効性が確認されていなかったが,血液がんや固形がんへの有効例がわかり,治療の新たな柱となった。既治療例への単剤処方では奏効率は10~30%だが,未治療例へのフロントライン治療では奏効率が高まる可能性も報告されている。

玉田 免疫療法は大きく分けると2種類あります。1つは,車で言う「アクセルを踏む」もの,もう1つは「ブレーキを外す」ものです。免疫チェックポイント阻害薬は後者です。本来,免疫細胞はがん化した細胞を攻撃する機能を持ちます。しかし,がん細胞によって機能にブレーキが掛けられ,攻撃しなくなります。そのブレーキを阻害すれば,がんへの攻撃が再開されるのです(図2)。従来の免疫療法は,前者の戦略,ブレーキがかかったままアクセルを踏むかたちだったために効果が低いと言われがちでした。ただ,近年ではアクセルを踏む方式の「細胞療法」などでも,成果が報告されてきています。

図2 抗PD-1/PD-L1抗体の作用機序の模式図
免疫チェックポイント分子は,免疫細胞に抑制シグナルを入れる補助受容体。がん抗原を認識する免疫細胞(腫瘍反応性T細胞)は抗原提示により活性化するが,免疫反応の行き過ぎを防ぐ機構としてその表面に免疫チェックポイント分子が発現する。免疫チェックポイント阻害薬は,抗原提示細胞や腫瘍細胞のリガンドによる抑制シグナルを抗体でブロックすることで,T細胞活性を持続あるいは再活性化する。

河上 従来の化学療法は,治療開始直後から速やかに抗腫瘍効果が認められるものの,活発に増殖する細胞に作用するために正常細胞も攻撃してしまったり,免疫抑制も含めて合併症が引き起こされたりしていました。分子標的薬は特定のがん種にしか効果がないことや,薬剤耐性が生じて数か月以内に効かなくなることがあり,問題になっていました。一方免疫療法は,抗腫瘍効果が出るまでにやや時間がかかるものの,効いた場合は長期間治療効果が持続します。抗CTLA-4抗体を投与された進行悪性黒色腫患者の約20%に10年におよぶ長期生存が認められています。

単剤では効果がない薬剤も併用の候補になり得る

松島 化学療法では,多剤併用が一般的です。免疫療法も併用により,単純な1+1を超えた効果を生むことが報告されています。土井先生,臨床研究の動向を教えてください。

土井 併用による治療効果検証の方向性は主に2つです。1つは,今ある免疫チェックポイント阻害薬治療の最適化。現在臨床報告されている中で有効性が高いのは抗PD-1抗体と抗CTLA-4抗体の併用です。投薬の順番や投与量,間隔を変えることで効果や毒性が変わる現象が見られるため,最も有効に作用させる方法が模索されています。もう1つは,対象者の拡大です。現在,効果があるがん種でも単剤での有効率は10~30%程度ですが,併用により10~20%上乗せがあるようです。

松島 単剤ではほぼ効果が認められない場合でも,併用では効果が高まったり,不応となった後の追加併用で奏功したりする例も報告されていますね。

土井 はい。免疫療法同士だけでなく,従来の化学療法との併用も多数行われています。従来の抗がん薬や分子標的薬の中には,投与の量・方法によって,免疫反応を活性化させる作用のあるものが報告されています。例えば,従来の抗PD-1抗体は,腹膜や肝臓の病変にはほとんど効きませんでした。しかし,抗CCR-4抗体と併用すると腫瘍が縮小する現象が認められています。現在,松島先生との共同研究で,CD4を標的とした治療開発も行っています。炎症を引き起こしていないT cell no inflame症例をT cell inflameにできれば,抗原を認識できるようになるかもしれません。

副作用解明のためには臨床と基礎の情報共有が必要

松島 免疫療法では,効果の長期持続が期待できる反面,副作用も長期にわたって懸念されます。免疫チェックポイント阻害薬では,投与中止後数か月たってから生じた例も報告されていますね。

土井 そうですね。加えて,副作用の予測や対応が難しいことが指摘されています。従来の化学療法は副作用の発現頻度は比較的高いものの,生じる症状,臓器が予測できました。しかし免疫関連副作用は,あらゆる臓器でさまざまな症状が起き得ます(図3)。初期段階では見落としやすい症状もあるため,免疫療法を診る腫瘍内科医には一般内科医としての力が一層求められるようになると感じています。

図3 免疫チェックポイント阻害薬の免疫関連副作用(irAE)(クリックで拡大)
約10%の患者に副作用がみられ,死亡例の報告もある。初期症状からirAEかの判別が難しい。現状では,副作用がGrade2以上になった場合には治療を中断し,全身ステロイド投与を検討するのが原則。

オプジーボ適正使用ガイドより作成

松島 診療科・職種横断的な連携も必要になりそうです。

土井 2016年7月には抗PD-1抗体投与後にEGFR-TKIを投与したことが影響していると考えられる非小細胞肺がん患者の間質性肺炎が話題になりました。これまでの多くの薬剤は,海外で何十万人という患者さんが使用し,確率が低い有害事象を含めてある程度明らかになった後に日本で承認されてきました。しかし,ニボルマブは世界最速で日本で承認されました。これまでの薬剤よりも日本人が市販後に負うリスクは高いということです。そうした意識を持って臨床に当たる必要性を感じています。海外では,インフルエンザによる心筋炎が重篤化し,不整脈等が生じた可能性を疑う抗PD-1抗体投与例も報告されています。極端な話では,冬の間は投与しないほうが良いかもしれないなど,治療への影響も出てくるかもしれません。

松島 玉田先生,副作用の予測因子は明らかになってきているのでしょうか。

玉田 まだあまり解明が進んでいないのが現状です。基礎研究はマウスモデルが中心ですが,免疫チェックポイント阻害薬をマウスに投与しても副作用はほとんどありません。副作用を評価するモデル系がつくれないのです。

河上 多くの自己免疫疾患はHLAタイプと関連しますが,どうですか?

土井 相関がありませんでした。CTLA-4やPD-1の発現も相関なしです。副作用が出た方が治療の有効性も高い点は相関しているので,同じリンパ球が影響している可能性を調査していますが,まだ結果は出ていません。効果がある方には長く投与しているから副作用も出やすいだけという可能性もあります。

 臨床研究においては,従来の自己免疫性疾患と免疫関連副作用(irAE)に...

この記事はログインすると全文を読むことができます。
医学書院IDをお持ちでない方は医学書院IDを取得(無料)ください。

開く

医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

医学界新聞公式SNS

  • Facebook