がん対策はこう動く(祖父江友孝,中釜斉,宮園浩平,門田守人)
対談・座談会
2017.01.02
がん対策はこう動く
次の10年を見据えた針路とは |
祖父江 友孝氏(大阪大学大学院医学系研究科 社会医学講座環境医学教授)
門田 守人氏(堺市立病院機構理事長) 中釜 斉氏(国立がん研究センター理事長)=司会 宮園 浩平氏(東京大学大学院医学系研究科 病因・病理学専攻分子病理学分野教授) |
がん対策基本法(以下,基本法)施行から10年。がん医療にかかわる医療者には,次の10年,何が求められるのだろうか。5年ごとの見直しが定められているがん対策推進基本計画(以下,基本計画)は現在,第3期基本計画の2017年策定をめざし,がん対策推進協議会(会長=堺市立病院機構・門田守人氏)を中心に議論が進められている。その議論の過程で挙がるキーワードに,「個別化」「共生」「健康寿命の延伸」の3点がある。そこで本紙では,2016年4月に国立がん研究センター理事長に就任した中釜斉氏を司会に,政策・研究・予防の各領域の識者による座談会を企画。2017年,新たながん対策はどのような針路を取るのか,その展望が議論された。
中釜 基本計画策定から10年の節目を迎えた今,がん対策は医療の進歩や社会の変化に伴い新たな転換期に差し掛かっています。がん対策推進協議会に2007年の第1回から委員としてかかわり,現在は会長を務める門田先生,この10年のがん対策をどう見ていますか。
個別の課題を明らかにしいかに対策へとつなげるか
門田 2006年の基本法成立ががん対策の大きな推進力となったことは間違いありません。医療提供体制の地域格差や治療に関する情報格差を小さくすべく,がん患者さんの意見もくみながら計画された点に意義がありました。
中釜 二次医療圏に1箇所程度の「がん診療連携拠点病院」(以下,拠点病院)設置を目標とし,現在までに427(地域がん診療病院含む)に及ぶ拠点病院が整備されたことは,均てん化の大きな成果と言えます。
門田 しかし,10年で進んだ分野もあれば,時代の変化とともに新たな課題が浮かび上がってきたのも事実です。ハード面の成果はわかりやすいのですが,果たしてそれが現在のがん医療にどう反映されているか,質の評価は難しい面があります。特に懸念しているのが,2007年からの10年目標の一つ,「がんによる死亡者の減少」が目標の20%減を達成できず,17%減にとどまる見込みとされていることです。
中釜 この点について,基本計画の目標設定にかかわった祖父江先生は,経過をどう見ていますか。
祖父江 決して悲観する結果ではないと思います。目標値に近づいたという点で,医療者はこれまでの努力に自信を持って良いはずです。
門田 もちろん,この数字だけでがん対策の全てがうまくいっていないと指摘したいわけではありません。喫煙率の低下や検診受診率の向上に鈍化が見られるように,対策が十分に進んでいない点があることを考えると,個別の課題を明らかにした上で次の対策を進める指標としたい。
祖父江 おっしゃるとおりです。この10年間にがんの死亡率がどうして減ったのか,あるいは,減らない要因がどこにあるのかの分析は必要でしょう。単に全がんで死亡率が下がっているという総体で見るだけではなく,がん種ごとの分析や,高齢化の影響も含め議論していかなければなりません。
中釜 この10年の変化としては,がん研究にも大きな進歩がありました。基礎研究に携わる立場から宮園先生は,これまでをどうとらえていますか。
宮園 大きな変化は何と言っても,がんの分子標的治療薬が次々に登場し普及してきたことです。それまで治療が難しいと言われていた慢性骨髄性白血病に有効な治療法が生まれ,以降,血管新生阻害薬や上皮成長因子受容体(EGFR)チロシンキナーゼ阻害薬なども次々に登場しています。
これからのがん治療は,従来の手術療法,放射線療法,分子標的治療を含めた化学療法に,免疫療法を加えた4本柱になるでしょう。さらに,これら全体を束ねるゲノム医療が進めば,がん治療の大きなパラダイムシフトが起きるはずです。
中釜 がん治療の在り方が根底から変わろうとしている今,個々の対策についても転換点にあると言えそうです。
均てん化を継続しつつも,集約化の検討が必要
中釜 この10年で均てん化が進み,それに伴う成果があったことを確認しました。他方,医療の高度化や,個々の状況に即した個別性の高いがん医療へのニーズが芽生えてきたことも確かです。こうした変化を踏まえ,2012年策定の第2期基本計画に新たに加わった全体目標,「がんになっても安心して暮らせる社会の構築」は,今後も注目すべきテーマではないでしょうか。
門田 そうですね。小児や働く世代,高齢者といったライフステージに応じたがん対策,希少がんの治療など,個別医療の必要性にスポットライトが当たったのが第2期基本計画の特徴です。多様なニーズに応えられる医療提供の体制を整えることは,がん対策でも欠かせない視点になるでしょう。
中釜 特にゲノム医療は,その専門性の高さゆえに医療資源の集約化の議論からは切り離せません。均てん化一辺倒ではない,新たな展開を考えていく必要性も出てきたと言えるのではないでしょうか。宮園先生は,ライフステージごとの治療と研究の関連についてどのような期待を寄せますか。
宮園 ゲノム医療を活用することで,小児・AYA(Adolescent and Young Adult)世代や希少がん,高齢者のがん治療の改善がさらに進むことです。がん治療を世代で分けて検討していくことは重要な切り口になるからです。
中釜 高齢者の症例については,未解明の点も多くあります。例えばゲノムの変異頻度や変異プロファイルなども異なる可能性があり,転移や進行するがんの特性も多少異なることが考えられます。小児やAYA世代のがんについては,成人や高齢者とは発がんのメカニズムに違いがあることがわかってきています。分子標的治療薬が効かない症例が各世代のがんにはまだまだあるため,そこにゲノム医療の進歩が答えを見いだしてくれれば,がん治療の新展開があるでしょう。
宮園 そうですね。ゲノム医療は専門性が高いですから,専門の医療機関や人材がどうしても限られます。実用化に向けては,均てん化の中で位置付けるのではなく,当面は特定の医療機関に医療資源を集中させる集約化の道が必要になってくるでしょう。
全国がん登録の活用が次の10年の基盤に
中釜 集約化については,均てん化とのバランスを考えたかじ取りが欠かせません。祖父江先生はどのような道筋が必要と考えますか。
祖父江 集約化に当たっては,データに基づく方向付けが必要だと思います。そこで活用すべきは,2016年1月から始まった「全国がん登録」です。かつて「地域がん登録」「院内がん登録」として,都道府県や施設ごとに行っていたデータ収集の作業が,標準化された一つの仕組みとして進められます。法律によってがん患者情報の届出が義務化されたことで,より正確な情報が収集できる態勢になりました。全国がん登録により計測される罹患率は,国全体のがん対策を企画・運営・評価する上で重要な羅針盤としての機能を持ちます。
中釜 全国のデータを共有できる仕組みは画期的であり,大きな財産になりますね。集約化に向けた,具体的な活用についてお話しください。
祖父江 全国がん登録の情報は資源の適正配置の際の根拠として重要ですが,診療の質評価を進めるに当たっては,拠点病院の院内がん登録全国集計が大きな役割を果たします。その評価指標であるQuality Indicatorが作成されたことで,既存の院内がん登録データがDPCデータともリンクし,拠点病院間の診療の質評価を少ない作業負担で比較できるようになりました。がん種ごとに治療の質を細かく見られるため,がん種ごとの症例が少ない疾患を診療している施設が,どの程度質の高い医療を提供しているかも評価できるわけです。それを基にした情報を共有することで,がんに関する医療資源の集約化を図ることができます。
中釜 新たに始まった全国がん登録と拠点病院の院内がん登録全国集計は,これまで進められてきたがん医療の技術的な面での均てん化に加え,治療の質の均てん化,高度医療の集約化を実現すべく,次の対策に向けた鍵を握ることになりそうです。
社会全体で取り組む「がん患者支援」へと転換すべき
中釜 今やがんは「国民病」とも言われ,「がんサバイバー」は数百万人に上るとされます。その支援の重要性が広く認識されるようになってきたものの,いまだ社会には「がん=死」のイメージが根強くあります。これをどう転換し,がんとの共生社会を構築するかは,重要なテーマになるのではないでしょうか。
門田 かつて,患者さんががんで亡くなることは“医療の敗北”とされた時代がありました。しかし今は,がん経験者を中心に,がんに対する認識は「がん=死」ではなくなってきています。「患者の尊厳」という言葉が広がりつつある今,その理解が社会全体でもっと共有されるべきでしょう。
中釜 特に深刻なのは,がんと診断された段階での離職者が3割を超えることです(図1)。産業医でもある祖父江先生はどう見ていますか。
図1 がん患者の就労状況調査(2003年,2013年) |
祖父江 職域におけるがん対策は道半ばです。雇用側は,病気の従業員に対する労働負荷について判断できていない場合が多くあります。治療の進歩とともにサバイバーの方は必然的に増えていくわけですから,職域での対応はもちろんの...
この記事はログインすると全文を読むことができます。
医学書院IDをお持ちでない方は医学書院IDを取得(無料)ください。
いま話題の記事
-
医学界新聞プラス
[第1回]心エコーレポートの見方をざっくり教えてください
『循環器病棟の業務が全然わからないので、うし先生に聞いてみた。』より連載 2024.04.26
-
医学界新聞プラス
[第3回]冠動脈造影でLADとLCX の区別がつきません……
『医学界新聞プラス 循環器病棟の業務が全然わからないので、うし先生に聞いてみた。』より連載 2024.05.10
-
医学界新聞プラス
[第1回]ビタミンB1は救急外来でいつ,誰に,どれだけ投与するのか?
『救急外来,ここだけの話』より連載 2021.06.25
-
医学界新聞プラス
[第2回]アセトアミノフェン経口製剤(カロナールⓇ)は 空腹時に服薬することが可能か?
『医薬品情報のひきだし』より連載 2022.08.05
-
対談・座談会 2025.03.11
最新の記事
-
対談・座談会 2025.04.08
-
対談・座談会 2025.04.08
-
腹痛診療アップデート
「急性腹症診療ガイドライン2025」をひもとく対談・座談会 2025.04.08
-
野木真将氏に聞く
国際水準の医師育成をめざす認証評価
ACGME-I認証を取得した亀田総合病院の歩みインタビュー 2025.04.08
-
能登半島地震による被災者の口腔への影響と,地域で連携した「食べる」支援の継続
寄稿 2025.04.08
開く
医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。