解題「看護のアジェンダ」(井部俊子,手島恵,萩本孝子)
対談・座談会
2016.10.24
【座談会】解題「看護のアジェンダ」 | |
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本紙連載『看護のアジェンダ』は,「看護・医療界の“いま”を見つめ直し,読み解き,未来に向けたアジェンダ(検討課題)を提示する」ことを主旨として2005年にスタートしました。各回のテーマは,看護教育や看護管理はもちろんのこと,終末期医療やケアの本質,映画や文学にまで及びます。時に刺激的な仮説やウィットに富む描写も交えながら看護界の在り方に新たな視点が提示され,さまざまな反響を呼んできました。毎月の連載を楽しみにされている読者も多いのではないでしょうか。
このたび,連載が『看護のアジェンダ』(医学書院)として書籍化されました。これを機に本座談会では,著者の井部俊子氏を囲み,印象に残るアジェンダのさらなる考察を試みました。読者の皆さんなら,どのアジェンダを選びますか? ぜひ周囲の方々と,大いに語り合ってみてください。
井部 『看護のアジェンダ』の連載時から,手島さんと萩本さんには何度もフィードバックをいただいていました。私の推測からすると,ほとんど全部の回を読んでくださっていたのではないでしょうか。本座談会では,お二人に印象深いアジェンダをご紹介していただきながら,さらに議論を深めていきたいと考えています。
▼繰り返される否定的フィードバックをどう断ち切るか(「看護界の負の遺伝子」本紙2627号,2005年3月28日付)
手島 座談会出席に際し,全ての回をもう一度読み直しました。その中で私が最も感銘を受けたのが「看護界の負の遺伝子」です。『看護のアジェンダ』には,看護界に警鐘を鳴らすメッセージがちりばめられていますが,最も象徴的なのがこの回だと思います。
「臨地実習で教員の言葉による心的外傷体験を受けている学生が少なからずいる」という話題に始まり,否定的なフィードバックを受けて育った新人看護師がやがて指導者となり,再び否定的フィードバックを繰り返すことを指摘する。こうして「看護界の負の遺伝子が引き継がれる」,と最後は結ばれています。看護界の旧弊は断ち切らなければならないことを,あらためて考えさせられました。
萩本 「自分が教えられたように教える」という風潮は,連載開始から10年以上経った今もまだ根強いですよね。
井部 そうですか。「学生がどのような思いで学校に来ているのか考えていますか」と,学生が私に問うた話を冒頭に書いていますが,この学生は学士編入でした。看護界の現実を批判的にみるには,ある程度の成熟が必要であると実感した記憶があります。
手島 私自身のことを振り返ってみても,厳しい実習指導を受け,やはりそれを受け継ぐ形で厳しい指導を行ってきました。後に米国に渡り,unconditional caring(無条件の愛)によって人が育つ環境を実体験したことで「否定のサイクル」から抜け出せたように思います。「厳しく育てるのがよいことだ」という時代を,日本もそろそろ終わらせないといけません。
井部 けれども学生は,心の底から変化を欲しているのでしょうか。辛い経験も卒業間近になると美化されるのか,卒業時のスライドはいつもハッピーエンドです。私はそれを毎年見せられているので,本当に実習環境を変えたいのか,単にパフォーマンスとして批判しているだけなのか,時々わからなくなることがあります。
手島 そして後輩に否定的フィードバックを繰り返しているかもしれません。
井部 そう。これはいつか,卒業生を対象に検証したいと思っています。
▼医療事故発生後,スタッフを守るため管理者はどうあるべきか(「管理責任をとるということ」本紙2647号,2005年8月29日付)
萩本 私は院内の医療安全管理委員会の活動で,医療安全対策や事故発生後の対応の難しさを痛感してきました。『看護のアジェンダ』には医療安全にまつわる話がたびたび出てきますが,中でも「管理責任をとるということ」は印象に残っています。
重大な医療事故の発生後,警察の介入が始まり,ついにはスタッフら7人が書類送検されてしまう。遺族からの嘆願書が必要となって院長と副院長(兼看護部長)が遺族の家に出向く場面の記述は,「スタッフを守る」という管理者2人の強い意思が読み取れました。6時間に及ぶ遺族との交渉の中での副院長の心理状態を想像し,管理責任を強調し泣きながら土下座した院長の行動にも感銘を受けました。
幸いにして私自身は重大事故の経験はありませんが,現場はいつも危険と隣り合わせです。自分だったらどう行動するのか。患者家族に対応する覚悟はあるか。スタッフを守る立場にある管理者として,深く考える機会になりました。
井部 この回は,ある講演会で聴講した話を題材にしています。警察からの事情聴取が3時間を超すと,副院長が必ず警察に電話して「もう帰してほしい」とお願いしたというエピソードがすごく記憶に残っていますね。当事者にしかわからない大事なことを,この副院長からは教わりました。
手島 結語部分で,2人の管理者を評して「そこには人間の潔さと誇りが感じられた」と書かれています。こういう管理者がいる組織は強いでしょうね。
井部 ところで,事情聴取を受けたことはありますか。
手島・萩本 ありません。
井部 私もないのですが,この講演会とは別の機会にも,経験者の話を聞きました。事情聴取の際に推測の域を出ないことまで話してしまい,それが調書に残って,不利な判決につながったということです。概して医療職は無防備なので,スタッフを守るためには,管理者が日頃から事故発生後の対応について学んでおくことが必要であると感じました。
▼文明の発達に伴うケアの力量低下にどう対処するか(「文明と看護」本紙2766号,2008年1月28日付)
手島 「文明と看護」を読んだときは笑い転げたことを,鮮明に覚えています。ある朝,大学の廊下にH教授の叫び声が響きわたる。トイレの便器の中に排泄物が流されないままあったのを見て彼女は叫んだのだ,というあの出だしです。
最近のトイレは便座から立ち上がると自動的に水が流れますから,こういうことが起こり得ますよね。そこから「看護学部入学生の生活体験調査」(主任研究者=聖路加国際大・菱沼典子氏)の紹介に移り,「文明の発達がもたらすケアの力量低下」というテーマにつなげる切り口が斬新でした。
井部 生活体験調査は,33項目について尋ねています。「浴槽に湯が入っていると,湯をかき回してから入る」という項目では,なんと7割近くの学生が「経験がない」と答えています。
手島 そもそも,入浴前に湯に手を入れる習慣さえないのかもしれません。それでは,入浴事故の原因になりますね。
井部 ただ,確かに私も,日常生活においては最近やってないですね。昔は入浴前に湯に手を入れて温度を確認するのが普通の生活感覚でしたが,今は温度を事前設定しているので不要になりました。こうして文明が発達する一方で,例えば新生児の沐浴はお湯に手を入れて準備する。その際は自分の肌感覚が大切なのですが,この切り替えが学生には難しいようです。
萩本 パルスオキシメーターが普及し,脈を測れないナースも増えています。
手島 災害時などは,機器に頼らずにアセスメントする能力がないと対応できないわけですよね。文明が発達するなか,看護教育や看護管理はどうあるべきかを考えさせられた記事でした。
井部 またH教授の叫び声が聞こえてきそうです(笑)。
▼表の承認と裏の承認,上司・部下の承認と患者・家族の承認(「承認」本紙2835号,2009年6月22日付)
手島 「承認」は,“ぐっと来た”回です。承認には,優れた能力や業績をたたえるとか,個性を尊重するといった〈表の承認〉と,規律や序列を守ることを重視し,奥ゆかしさや陰徳を尊ぶ〈裏の承認〉があることを,『承認欲求』(太田肇著,東洋経済新報社)をもとに解説。それに続く,「承認」を修士論文のテーマとした院生Aさんの話...
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