緩和ケア医をめざすあなたへ(西智弘,松本禎久,森雅紀,山口崇)
対談・座談会
2016.09.12
【座談会】緩和ケア医をめざすあなたへ | |
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「第2期がん対策推進基本計画」において,がん診療に携わる全ての医療従事者が基本的な緩和ケアを理解し,知識と技術を習得することが目標として掲げられてから4年。2015年9月までに6万3528人の医師が緩和ケア研修会を修了し,日本緩和医療学会専門医は2016年7月現在136人が認定されている。重い病を抱える全ての患者・家族のさまざまな苦痛を和らげ,より豊かな人生を支えるために,緩和ケアの能力は今後ますます重要になるだろう。
本紙では,『緩和ケアレジデントマニュアル』(医学書院)の編者であり,さまざまなキャリアを経てきた4人の若手緩和ケア医に,緩和ケア医をめざす研修医が学ぶべきことをお話しいただいた。
西 最初に,皆さんが緩和ケア医になる前の経歴を教えてください。
私たちが研修医だったころは,緩和ケア医になるための決まったキャリアパスがなく,それぞれ独自の道を歩んできましたよね。私の場合,最初は家庭医をめざしていました。緩和ケアに興味を持ったのは,初期研修中のことです。痛みや苦しみといった患者さんの症状が緩和ケアによって魔法のように良くなり,寝たきりから歩けるまでに回復した現場を見たときの感動は忘れられません。
松本 私は麻酔科出身です。緩和ケアに携わることを決めたのは医学生時代に自分の進む道を考えたときです。患者さんのつらい症状を取ることは医療者の大事な役割だと考え,重い病気にかかったときにこそ見える患者さんの生き様や哲学といった部分にかかわりたいと感じました。私が卒業した金沢大では,当時から麻酔科が痛みのコントロールを中心としたがんの緩和ケアに熱心に取り組んでいたので,まずは痛みをしっかり和らげられるようになろうと,麻酔科に進んだんです。
山口 私は総合内科で,特に高齢者の重症肺炎などの救急患者や,心不全などの臓器障害患者に多くかかわっていました。緩和ケアを専門にするつもりはなかったのですが,高校三年生の受験勉強のときに柏木哲夫先生(淀川キリスト教病院理事長)がホスピスケアについて話す番組を見ていたことや,医学生時代に加藤恒夫先生(かとう内科並木通り診療所理事長)が開催するセミナーや学生実習に触れる機会があったことから,緩和ケア的な視点は総合内科医時代から大切にしていたように思います。
森 私は医学生のころから緩和ケア医を志していたのですが,最初に受けたのは内科研修です。臨床力を高めようと思い選びました。内科にも痛みに苦しむ患者さんがたくさんおり,なんとかしたいという思いを強めました。
西 私も同じような現場を目の当たりにしました。当時の日本の臨床現場では,がんですら痛みへのアプローチの方法論が浸透していませんでしたよね。
森 WHOの3段階除痛ラダーなどを参考にして緩和ケアに取り組むものの,精神的苦痛やスピリチュアルペインなどには対応できず,悔しい思いをしました。そうした事情もあり,系統的に腫瘍内科やホスピス・緩和ケアのトレーニングを受けられる米国に留学したんです。
「理路整然とした」緩和ケアを
西 日本の緩和ケアはつい最近まで,「当院では/私はこのようにしている」という耳学問が中心で,治療法にエビデンスがあるのかも不確かなことがままありました。10年前の米国ではどうだったのでしょうか。
森 MDアンダーソンがんセンターでは,入院・外来,初診・再診を問わず全ての患者さんに対して,「No measurement, no treatment」が基本でした。
研修ではまず,①研修医が患者さんの苦痛を包括的にアセスメントする,②治療プランを立て,指導医にプレゼンする,③指導医とのディスカッションの中で,考えられる病態やエビデンスを基にしたフィードバックを受ける,④患者さんの状況に最も合った適切な方針を選択する,という実践的な学習を反復しました。アセスメントにはESAS(Edmonton Symptom Assessment System)やMDAS(Memorial Delirium Assessment Scale)といった評価ツールを用いており,筋道立てて診ていけば,患者さんの苦痛を緩和し得ることを体験できました。
西 緩和ケアというと,「物語を重視して感覚的に行うもの」というイメージが強い。しかしそれだけではないということですね。きちんとしたエビデンスに基づいて理路整然と治療を行えば,その通りによくなる。
森 もちろん,患者さんの感情など,理路整然としない部分もたくさんあります。また,緩和ケアにはエビデンスが少ないのも事実です。
大切なのは,定量的に評価できる部分もそうでない部分も,それぞれどのように解釈し治療につなげるのかの筋道を明確にすることです。その筋道の手掛かりの一つがエビデンスなのだと思います。
山口 適切なアセスメントや治療を行うためにはエビデンスの確認が必須ですよね。解釈や治療にはバリエーションがありますが,根っこ(標準治療)が生えていない状態で枝葉(治療選択肢)だけ多くなっても,不安定になってしまいます。スタート地点において,ある程度定まった標準治療を知ることが重要です。軸となる治療や処方を身につけることで,「ブレ」ではなく「バリエーション」として学べるようになります。
森 その上で,思考過程をブラックボックスの中に置くのではなく,自分自身にも,周囲にもわかるように言語化(可視化)すると良いですね。それによって教育時にもチームで取り組むときにも,お互いの考えを共有でき,議論できるようになります。
当院では,さまざまな観点を学べるよう,緩和ケア病棟,コンサルテーションチームにおいて複数の指導医から経験やエビデンスに基づく指導が受けられる体制が整えられています。
西 聖隷三方原病院は日本で最初に緩和ケア病棟ができた病院ですから,症例も豊富そうですね。
森 ええ。抄読会や勉強会を中心に,座学の機会も用意されています。さらに主治医としての経験を積むホスピスでは,日々の回診やカンファレンスを通じて受け持ち患者さんの問題点の検討などを指導医と行っています。
松本 私ががん専門修練医(シニアレジデント)として研修した国立がん研究センターでは,各分野の専門医を取得した医師がさらなるスキルアップをめざして研修することが多く,当時から研修体制が整っていました。がんの集学的な治療も学べて,とても勉強になりました。私が赴任する以前には,これから緩和ケア病棟を開設する病院の医師たちが志真泰夫先生(現・筑波メディカルセンター理事/在宅事業長・緩和医療科)の下で緩和ケアを学び,自施設に緩和ケアを広げていったと聞いています。
山口 患者さんのさまざまな症状や疾患に対応するには,基礎領域の知識・技術の習得も重要です。緩和ケアが必要となる患者さんは医学的なリスクが非常に高い方が多いので,難しいケースに対応できるようになるためにも,初期研修では基礎的な臨床力を磨いてほしいと思います。
西 治療やケアには,それを行う根拠や予測される結果がある。そして,予測される結果が得られなかった場合の次の策も,理路整然と考えていく必要がある。エビデンスの有無や標準治療をきちんと踏まえた上で,科学的な考え方を持って緩和ケアをしていくことが重要だということですね。
指導医との対話から学ぶ
西 その他に,緩和ケアにおいて大切な能力はありますか。
山口 患者さんは何がつらいのか,ご家族や周辺のことを含めたその人全体に興味を向けて対話し,チームや患者さん・ご家族と一緒にその人にとって適切な対応を考えることが大切だと思います。エビデンスを重視しすぎると,ともすれば「木を見て森を見ず」になりかねません。特に緩和ケアでは,患者さんの価値観なども踏まえないと,その人にとっての良い医療が提供できないこともあります。
森 同感です。米国でも,ヒストリーやフィジカルから患者さんの全体像を把握するプロセスは重視されていました。評価やエビデンスも重要,物語も重要で,どちらか片方で成り立つものではありません。
西 患者さんやご家族との会話の仕方というのは,言葉では表現できない部分もあり,教えるのが難しいです。何かコツはありますか。
山口 確かに難しいですね。筑波メディカルセンター病院での研修中,志真先生の病棟回診を見学する機会がありました。志真先生は患者さんとの対話の中で,まさにクリーンヒットな一言を掛けたり,“深い”受け答えをされたりしており,感銘を受けました。しかし,志真先生が使われる言葉ややり方を私がそのまま真似しても,患...
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