医学界新聞


臨床と基礎の交流が今後の発展の鍵

インタビュー

2016.06.20



【interview】

世界に貢献する医学研究をめざして
臨床と基礎の交流が今後の発展の鍵

岸本 忠三氏(大阪大学免疫学フロンティア研究センター免疫機能統御学教授)に聞く


 IL-6の発見者である岸本忠三氏は,現在100か国以上で承認されている関節リウマチ治療薬(MEMO)を1990年代後半に企業との協働で開発した。IL-6の遺伝子配列が解明されてから今年で30年。そして今年5月には,阪大免疫学フロンティア研究センター(以下,iFReC)と製薬会社が免疫学研究活動にかかわる包括連携契約を締結した。これにより研究者が研究に専念できる環境の維持や研究成果の社会還元などが期待される。

 本紙では,基礎研究を臨床につなげ,社会に生かすにはどうすべきか,医学研究・人材育成への思いを聞いた。


――2015年に日本医療研究開発機構(AMED)が発足されるなど,日本では今,医療分野の研究開発における基礎から実用化までの一貫した研究開発が推進されています。

岸本 日本も基礎分野では,『Science』や『Nature』といった著名な雑誌にも掲載されるような研究を多数行っています。しかし,そこから創薬などの臨床につながる仕事は少ない。これは,基礎研究者は基礎的なことだけ,臨床医は臨床だけに興味を持っていて,両方をつなぐtranslational research(橋渡し研究)をする人がほとんどいないせいです。

臨床の目線が基礎研究に生きる

――岸本先生は研究者と医師,両方の経歴をお持ちです。阪大第三内科で5年間臨床を経験,その後約20年基礎研究に打ち込み,教授として内科に戻られた。その間に,IL-6の発見から世界で使われる薬の開発にまでつなげています。

岸本 私はもともと,臨床医ではなく研究者を志して阪大医学部に入学しました。医師になったのは,学部5年生のときに山村雄一先生(当時阪大第三内科教授)に出会ったことがきっかけです。山村先生は,阪大医学部出身で,国立療養所刀根山病院内科医長時代に,結核性空洞の形成が結核菌成分に対する遅延型アレルギーであることを発見された方です。

――臨床の経験は,研究においても大きな意味を持ったと聞いています。しかし,臨床を経ていると研究を始めるのが遅くなってしまいます。それによる苦労はなかったのでしょうか。

岸本 臨床を経た後では,最初からずっと研究に専念してきた研究者には太刀打ちできないのではないかと聞かれることもあります。しかし,私はそうは思いません。もちろん各基礎研究の専門知識の面では研究一筋の方々にはかないませんが,別の面では大きなアドバンテージとなります。

――それは,どういった面でしょうか。

岸本 臨床医としての視点があるという面です。現象を病気や治療につなげた発想が自然とできる。ある病気と別のある病気が関係しているのではないかということも考えられるのです。

 実際,IL-6の研究から創薬までは,そのように進んできました。1968年にTリンパ球とBリンパ球が発見され,Bリンパ球の抗体産生にはTリンパ球が必要だと明らかになった。私は,Tリンパ球が何らかの物質を出してBリンパ球に作用しているのではないかと考え,その分子を探していきました。その論文を発表したのが73年。そして86年にはIL-6の遺伝子が単離され,構造が解明されました。

 もし私のスタート地点が医師でなかったら,IL-6を単なる分子の一つとして考え,DNA配列や構造,作用機序を明らかにしたところで終わっていたでしょう。さまざまな病気を実際に知っていたからこそ,研究によって明らかになった原理原則と病気を結び付け,治療法を考えることができました。そして,日本で初めての抗体医薬の開発につながった。分子量約15万のタンパク質である抗体が治療薬になるとは製薬会社ですら考えていなかった時代でした。

 これは,医師としての視点だけでもできなかった仕事です。私が基礎研究者として過ごす間に,免疫のミステリーはほぼ全てが明らかになり,IL-6と病気の関係も,治療のために必要な抗体やその抗体の産生方法も明らかになっていました。しかし,内科教授として再び医師の世界に帰ってきたとき,臨床現場で関節リウマチに対して行われている治療は,20数年前と変わっていなかったのです。

――臨床も基礎研究も,それぞれ非常に学ぶべきことが多い世界です。両方をマスターするのは困難ではないでしょうか。

岸本 だから今後は臨床と基礎,それぞれの研究者が交流していくことが重要だと思います。一人で両方やるのが難しいなら,専門知識や技術については,専門家に教えてもらえばいい。IL-6遺伝子の単離と構造解明をしたときには,同じ研究センターの隣の研究室にいた分子免疫学の専門家の谷口維紹先生(東大)にいろいろなノウハウを教えてもらいました。

――同じ施設の中にいたことで,異なる分野の専門家でも交流が生まれやすかったのですね。

岸本 米国では1つの内科教室の中に臨床医も基礎研究者もいますよね。例えばハーバード大のダナ・ファーバー癌研究所には,白血病の患者を診療したり骨髄移植をしたりする臨床医も,リンパ球の表面の抗原を調べ,抗体を産生する基礎免疫学の研究者もいます。同じ施設の中に居れば,研究成果を臨床応用するアイデアが生まれやすい。ペンシルベニア大でも,CD-19を標的とするキメラ抗原受容体(CAR)T細胞により急性リンパ性白血病のB細胞が持続的に消失することが試験管内でわかったとき,治療への応用がすぐに検討されました。

――日本でも学際的な大型研究では基礎と臨床が協働する動きが始まってきています。

岸本 そうですね。まだ少ないですが,同じ部署の中にできるだけ異なる分野の人たちがいる仕組みにすることで,一緒に研究したり交流したりする流れを促進していけば良いと思います。

「人を遺すは上,仕事を遺すは中,財を遺すは下」の教え

――免疫学分野では多くの日本人研究者が活躍しています。...

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