医学界新聞

寄稿

2016.02.08



【寄稿特集】

漫画で探す,あなたのキャリア


 近年,「医療」を題材にした漫画が増え,さまざまな診療科が取り扱われるようになりました。

 そうした医療漫画は,一般の方たちからの認知度を高めるだけでなく,“医療現場の実態に近い”と医療者からも人気を集めているようです。

 本紙ではいくつかの医療漫画を取り上げ,実際にその分野で活躍されている先生方にそれぞれの魅力をご紹介いただきました。

 気になる漫画が見つかったら,手に取ってみてください。

 将来の進路選択のヒントが隠されているかもしれません(関連インタビュー)。

こんなことを聞いてみました
❶漫画の一押しポイント
❷その診療科・領域の魅力
❸研修医・医学生へのメッセージ
天野 篤
本村 和久
讃岐 美智義
荻田 和秀
長谷川 匡


『メスよ輝け!!』

原作=大鐘稔彦,作画=やまだ哲太
全8巻(集英社文庫-コミック版)
集英社

天野 篤(順天堂大学 心臓血管外科学講座教授/順天堂医院副院長)


◆外科

❶❷私は心臓外科の第一人者として既に約20年間を過ごしているが,最初から外科で生涯を突き進めると確信していたわけではない。外科医の道筋を踏み外さないためには手術を数多く経験することが最重要と考え,初期研修を終えて選択したのは初心を貫徹できる可能性を秘めた地方病院だった。そして心臓外科医としての専門研修中に出会ったのが『メスよ輝け!!』である。当時は医療をテーマにした漫画が珍しかっただけに,表題を見たときには即座に読み始めていた。

 1983年に医師となり,大学病院を離れた上,第一志望の研修先も不合格になるなど挫折の連続だったが,巡り合った施設でやっと心臓手術の執刀を任されるまでになったのがこの漫画と出会った1989年だった。その後の自分の経験と主人公・当麻鉄彦の外科医としての行動が,半分くらい重なっていくことに妙な一体感を覚え,いつしか“ライバルは当麻鉄彦”と思うようになった。原作者の大鐘稔彦先生は主人公を「半分が自分で,残り半分は自分の理想像」と語っていることから,私の4分の1は大鐘先生と重なっていることになる。その後,彼とは運命的な出会いが2回待っているのだが,雑誌の新刊を楽しみに待っていた当時の私には知る由もなかった。

 この漫画の面白さは何と言っても実際の現場を彷彿とさせる臨場感であり,患者や同僚との関係性や,緊急手術までの時限装置を解除するかのような緊張感など,他にも挙げればキリがない。その理由は大鐘先生自身の外科医経験がそのまま描かれているからである。作画のやまだ哲太氏のくっきりとしたコマ割りや作風がそれを支えている点も見逃せない。外科医療が一人ではどうにもならないということや患者さんへの正しい術前説明,合併症発生時の即時対応をごまかしてはいけないといった,現在の医療で最も大切とされる「チーム医療と医療安全」の考え方を守ることの重要性が,この漫画からはヒシヒシと伝わってくる。

 さらに,信仰上の理由から輸血を拒否する「エホバの証人」信者に対する外科治療の取り組みなどを扱っているのも見逃せない部分である。私自身,1993年に新規開設の病院で心臓血管外科を立ち上げ,当時はまだ国内でも珍しかった無輸血治療プログラムを作成し,エホバの証人信者の方だけでなく,一般の方々にも無輸血心臓手術を提供する喜びと,その経験から得られる施設レベルの向上を実感した。他施設では反対の意を示すことも多い病院長や麻酔科医が後押しをしてくれたことが,私の生涯の財産となっている。

 大鐘先生とは,彼が病院長を追われ失意のうちにあるときに一度出会い,その後2012年の今上天皇の冠動脈バイパス術術後に,そのとき執刀した医師が私かを尋ねる手紙が届き,2度目の出会いを果たしている。その下りは,『メスよ輝け!!』を小説化した『孤高のメス――遥かなる峰』(幻冬舎文庫,2014年)の著者後書きに詳しい。60歳になった今も現役心臓外科医として結果を残せているのは,彼が同書を進呈してくれた際に同封された手紙の中に書いてあった「先生は自分の理想とした当麻鉄彦を越えました」という一文が大きな支えになっている。

❸『メスよ輝け!!』を実際の漫画で読むと,著者が経験した研修,手術や診療内容が記載されているので,医学生ならば興味津々で読み切ることができるだろう。脳死肝移植を民間病院で行うという最後の場面は,生体肝移植黎明期の日本における移植医療にもどかしさを感じた著者のメッセージと受け取ることができる。今は報道もされない脳死移植の原点を垣間見ることも可能なので,ぜひ手に取ってみてほしい。


『麻酔科医ハナ』

作画=なかお白亜,監修=松本克平
既刊5巻
双葉社

讃岐 美智義(広島大学病院麻酔科 講師)


◆麻酔科

❶大学病院に勤務する麻酔科医2年目の“かけだし麻酔科医”華岡ハナ子の日常をリアルに描いた医療コメディーである。医療漫画の多くが,凄腕の男性医師を主人公とした自慢モノであるのに対し,フツー女医の日常モノである。男性誌『漫画アクション』に連載されているためか,主人公のハナはキュートで胸がおっきーく描かれている。

 『麻酔科医ハナ』が面白いのは,主人公の気持ちだけでなく,医療器具(特に注射器や針,喉頭鏡など)の細部の描き方がリアルなところ。ルビに,業界用語を当てはめているのも驚きである。例えば,「動脈ライン」の動脈の上にAとルビがふってあり「Aライン」と読めるし,「心臓麻酔」には「おヘルツ」というルビがふってあるのだ。絵とせりふで麻酔科医のリアルな日常を巧みに描きつつ,プロフェッショナルな解説を加えることで,麻酔科の世界を世間に知ってもらいたいという作者(あるいは監修者)の意図が随所に見られるところが良い。

 さまざまな工夫により,麻酔科医という職業が心身共に激務であること,院内の人間関係での立ち位置が難しいこと,患者の命を直接預かる仕事であることなどが切々と伝えられる。何事もうまくいって当然のように済ますには,ドラマのような派手な技術や果敢な挑戦ではなく,処世術も大切な要素であることを実感させられる。麻酔科医の仕事に対して怖さや難しさを感じながらも,この仕事が大好きなハナはどんな局面も持ち前の明るさと気の強さ,仕事への熱意で乗り越えていく。仕事に誇りを持つことで,労働はつらいものではなく自己実現の手段となることがコマ間からあふれ出ている。医学生・研修医だけでなく,手術を受ける患者さん,いや日本国民全員に読んでほしい作品である。

❷麻酔科医の得意とするところは,全身状態を評価し的確に対応できるところにある。その理由として,麻酔という行為自体が,生死の境目に近い状況を人工的に作り出すためである。麻酔科学は臨床医学において「危機管理医学」に位置付けられ,患者の苦痛と安らぎをコントロールする。麻酔科医は手術室の患者を守り,突然死に瀕した人を救う。生死の境にある重症患者を立ち直らせる。苦痛を訴えるものに安らぎを与える。それぞれの行為は,手術室での麻酔,救急蘇生,集中治療やペインクリニック・緩和ケアに相当する。麻酔科医はそれらの目的に向かって,最新技術や設備を生かし,持ちうる最新知識を駆使して他の専門家や看護師などと協力しながら,周術期医療チームの中心的な存在として活躍することができる。周術期医療を通して得られる危機管理の知識や技術の豊富さを考えれば,麻酔科の魅力を理解することはたやすい。

❸麻酔科医の顧客は,二人いる。一人は患者,もう一人は外科医である。いずれの顧客にも満足してもらえるよう,技術や知識,立ち居振る舞いを磨くことで,“Doctor’s Doctor”とし...

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