グラム染色こそ,抗菌薬適正使用の切り札(谷口智宏)
寄稿
2016.02.01
【寄稿】
グラム染色こそ,抗菌薬適正使用の切り札
谷口 智宏(県立広島病院総合診療科部長)
現在,薬剤耐性菌は増加の一途をたどっています。 2014年に世界保健機関(WHO)は,「抗菌薬がない時代――ありふれた感染症や小さな外傷が命取りになり得る――が21世紀中に到来し得る」と警告しました。こうした中,「抗菌薬は必要なときのみに使用する」「ウイルス感染に抗菌薬は使用しない」といった声が世界中で挙がっているものの,これらの啓発が功を奏しているとは言いがたい実態があります。
それもそのはずです。そもそも抗菌薬使用の何が適正で,何が不適正なのかはわかりにくいものです。ウイルス感染に抗菌薬が効かないことくらいは医学生でも知っていますが,臨床現場においてウイルス感染と細菌感染を鑑別することは容易ではありません。また,医療者側だけに原因があるわけではないことも問題を複雑にさせています。「風邪は,医療機関で抗生物質を処方してもらえば早く治る」という患者側の誤解がなかなか改まりません。医学的に不要な抗菌薬を,患者側の強い希望によって処方せざるを得ない状況も事実としてあるのです。
このように薬剤耐性菌の増加にはあらゆる要因が絡むわけですが,まずは医療者にできることを行っていく必要があるでしょう。そこで筆者はこう考えています。グラム染色を臨床医がもっと活用できれば,抗菌薬が適正使用され,狭域スペクトラムが選択されるようになる。広域抗菌薬の使用が減ることは,薬剤耐性菌の出現を遅らせることにつながっていく,と。
沖縄県立中部病院の実践に見た,感染症診療の在り方
筆者は学生時代,バックパックをかついで途上国を旅行したことがきっかけで感染症に興味を持ちました。そして賀来満夫教授(東北大感染制御・検査診断学分野)から,「臨床感染症を学ぶには沖縄県立中部病院がよい」と勧められ,同院で初期研修・後期研修を受けたという経緯があります。
同院は確かに臨床感染症の教育に力を入れています。患者の生活背景まで考慮した病歴聴取から始まり,全身の身体診察をして鑑別疾患を考え,血液培養は2セット採取し,検体は研修医が自らグラム染色を行い,起因菌を予想して抗菌薬を決定する。研修医はこれらを「当たり前にすべきこと」として教わり,怠った場合には上級医から容赦なく雷を落とされるという恵まれた環境(?)でした。
こうした実践を続けていくと,入院加療が必要な感染症であってもグラム染色で起因菌を絞り込むことで,多くの場合は狭域抗菌薬で事足り,第三世代セフェム系さえ出番は少なく, ニューキノロン系やカルバペネム系はもったいなくて使う機会がほとんどないと気付かされます。薬剤耐性菌が増加している現在,われわれがめざすべきはこのような感染症診療であろうと確信し,この中部病院の実践について論文「Gram-stain-based antimicrobial selection reduces cost and overuse compared with Japanese guidelines」にまとめました1)。
グラム染色に基づく抗菌薬選択で,最適な治療を実現
本論文では,呼吸器,尿路,皮膚軟部組織感染といった市中病院で頻度の高い感染症を取り上げています。グラム染色を活用した実際のデータと,ガイドラインを適応した際のシミュレーション上のデータとを比較しています(ここでのガイドラインは,日本感染症学会・日本化学療法学会が発行した『JAID/JSC感染症治療ガイド2011』を指す)。アンピシリンなどのペニシリン系,第一世代と第二世代セフェム系を狭域スペクトラムとし,ピペラシリン・タゾバクタム,カルバペネム系,第四世代セフェム系,バンコマイシンを広...
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