交渉術でWin-winの解決策を導く(北浦暁子,平井啓,渡辺徹)
対談・座談会
2016.01.25
【鼎談】交渉術でWin-winの解決策を導くどのように身につけ,活用していけばよいのか |
平井 啓氏(大阪大学大型教育研究プロジェクト支援室/未来戦略機構次世代研究型総合大学研究室准教授/医学系研究科生体機能補完医学講座兼任教員) 北浦 暁子氏(西武文理大学看護学部客員教授/NKN代表兼エグゼクティブディレクター)=司会 渡辺 徹氏(新日本パブリック・アフェアーズ株式会社取締役) |
看護師は日々さまざまな相手とやりとりを行う。急なシフト変更や患者の病室移動,チーム医療の役割調整,事務との予算交渉など,医師・コメディカル・看護師同士・患者・家族という多職種・多人数が協働する現場においては意見対立は日常的に発生し,その対応に悩む看護師も多いだろう。本紙ではさまざまな意見対立を解決する手法の一つである交渉術について,活用のポイントとともに,どのように身につけていけばよいのかを議論していただいた。
北浦 看護現場では,さまざまな場面で交渉力が必要となります。しかし,交渉に苦手意識を持つ看護師は少なくありません。そこで今回は,交渉術を活用した臨床コミュニケーションである「問題解決アプローチ」を教育・臨床の現場で幅広く指導されている阪大の平井先生と,行政や企業へのコンサルティングで活躍するコミュニケーション・アドバイザーの渡辺さんにお話を聞きたいと思います。
お互いにとってよりよい合意を探るのが「交渉」
北浦 「問題解決アプローチ」では,原則立脚型(ハーバード型)と呼ばれる交渉術(MEMO)の考えを用いたアプローチを行うそうですね。
平井 はい。私は元々,がん患者さんを対象とした精神医学的介入プログラムや,看護師のストレスを低減させる心理学的サポートのグループ介入プログラムの開発などを行っていました。その中で「問題解決アプローチ」が適用できると考えたのです。
北浦 なぜ医療現場での交渉に活用するようになったのでしょうか。
平井 医療現場における対人関係の課題はコミュニケーションの問題と思われがちですが,その多くが交渉術によって解決できる問題だと気付いたことがきっかけです。
コミュニケーションスキルを駆使し患者さんの感情に寄り沿ったとしても,時として意見の不一致は生じます。そうした際には,相手に自分の意見を押し付けるのでも,相手の意見を全て受け入れるのでもなく,お互いにとってより良い合意につなげるためのスキルが必要になります。
渡辺 ハーバード型交渉術は,私がコンサルテーションする企業や行政においてもよく用いられます。「交渉」というと,パイの大きさがあらかじめ決められているものについて,圧力や裏工作によりお互いの取り分を決めることだと勘違いされがちですが,実社会で行う交渉のほとんどは,お互いの条件を理解した上で,双方の利益に結び付く条件を探っていくものです。
平井 「全体としてベストな結論を導き出すための合意形成術」とも言えますね。
渡辺 交渉の教科書に必ずと言っていいほど載っている有名な寓話に「1つのオレンジと姉妹の話」があります。姉妹が1つのオレンジを取り合うとき,一見最も公平なのは半分ずつ分け合うことです。しかし,例えば姉は皮からオレンジピールを作りたい,妹は実を食べたいという場合であれば,単純に半分に分けるよりも,皮は全て姉に渡し,実は全て妹に渡すという配分のほうが双方の満足度が上がる。
日本人は「言葉にせず察する」という文化を持ちますが,医師や患者という立場が異なる相手はもちろん,看護師同士であっても言語化しないと伝わりません。Win-winの結論を導き出すためには,相手の主張についても表面的な内容にとらわれず,主張の背景を明確にし,最終的な目的を考える必要があります。
北浦 「普通に考えたらわかるでしょう」ではなく,なぜそう考えるのか,なぜそうしたいのか,合理的な説明をした上で意思決定することが大切ということですね。
渡辺 交渉というとビジネスライクで,人間的なかかわりを重視する看護にはなじまないと感じていた方にこそ,交渉術を学んでほしいと思います。
コミュニケーション問題の多くは「交渉術」で解決できる
北浦 どのようなシチュエーションで問題解決に交渉術が活用できるのかを教えてください。
平井 さまざまな状況があります。まず,問題解決アプローチにおける「問題」とは,「何らかの障害により,そうありたいと思う状態(what I want)と現在の状態(what is)が不一致であり,有効な解決策(コーピング)が取れない状態」と定義されます。その上で,問題の整理と原因分析を行い,問題のとらえ方を変える認知的アプローチと,問題自体を変える行動的アプローチの両方から解決策を考えます。
渡辺 なるほど,問題解決アプローチ自体がハーバード型交渉術の「選択肢を考え出す4つの思考過程」1)を基にしているのですね(表1)。
表1 問題解決アプローチの流れ(文献1より作成) |
平井 はい。問題解決アプローチは,元々は問題を抱えた個人に対して行う心理療法として考案されましたが,「問題」の部分に複数人による複数のwhat I wantが入った状態における「交渉」にもそのまま当てはめることができます。
例えば,私が数年前の夏に介入した以下の事例があります。
患者……70代男性(A氏) [状況]消化器癌により緩和ケア病棟に入院中。寝たきり。予後1か月前後で,認知機能・身体状態ともに徐々に悪化。急変の可能性あり。 [関係者の意向]
病棟スタッフ:A氏の希望を叶えたい。今が自宅での時間を過ごす最後のチャンス。 妻:A氏と同居。退院に否定的。自身も高齢なため,一人で夫の在宅療養をすることに不安を感じている。 娘:A氏と別居。退院に否定的。仕事があるため,A氏宅での療養の手伝いは困難。病棟スタッフの退院の勧めに対し,病院から追い出されるように感じている。 |
北浦 多くの看護師が似たような意見対立の状況を経験したことがあると思います。ここで医療者が行うべきことは何でしょうか。
平井 対立を生じさせている葛藤状況の中に当事者としてかかわりつつも,患者や家族,そして医療者自身の利益をバランスよく守りながら,主体的にその状況の問題解決を行うことです。各ステップでは,「交渉の4原則」(MEMO)を基に問題を整理していきます。
①人(感情)と問題を切り離す
本人・妻・娘・医療者にとってのそれぞれの問題は何か。ここでは特に妻が持つ「不安」という気持ちと「在宅で実際に起こり得る問題」を分ける。
②立場や条件ではなく利害に焦点を当てる
4者共通の利益は,自宅での生活が最後になるかもしれない本人の意向を実現すること。「退院」は利益ではなく,共通の利益を達成するための手段の一つであることを確認する。
③互いの利益に配慮した複数の選択肢を考える
「限られた期間での退院」など複数の選択肢を提案。患者の状態を基に,訪問看護・介護などの必要なサポートや期間を検討。最も好ましくない選択肢は何か,退院しないという選択肢を含め4者の意向を確認する。
④客観的な基準で判断する
誰がどのような基準で退院したほうが良いと判断しているのか,病院・病棟の方針なども確認する。
この事例では,退院は主治医や担当看護師の個人の判断ではなく,できる限り患者本人の意向を実現する医療・ケアを行うことが緩和ケア病棟の理念であることを家族に説明し,追い出す目的ではないことを明確に伝えたことで家族の態度が軟化し,訪問看護ステーションと介護事業者を紹介するとともに,調子が悪くなったら病棟に戻るという条件で1週間の退院が決まりました。
北浦 かかわる人数が増えれば増えるほどwhat I wantが増えるので,問題が複雑になりそうですね。
渡辺 交渉術においては,「問題を小さく分ける」というのもポイントです。一見解決方法が見つからない複雑な問題も,4原則にしたがって一つひとつ確認していくうちに,小さな問題へと分解できます。問題が整理されると,より良い選択肢を見つけられる可能性が高まります。
平井 ハーバード型交渉術では,合意形成ができない場合の原因には大きく4つあるとされています1)。1つ目は前提となっている事実認識が異なっている場合,2つ目は結論を導き出すための考え方やあるべき基準に関する認識が異なっている場合,3つ目はそもそも根底にある価値観が異なる場合,4つ目は交渉が条件の駆け引き――つまりパイの取り合いになってしまっている場合です。
医療現場で起きる対立や葛藤は,状況にかかわる複数のステークホルダー間で「問題」が共有されていないことから生じるケースもあります。そこで,交渉術を使うことによってできるだけ多くのステークホルダーのwhat I wantの共通項を見つけていき,問題の共有化をめざします。医療者一人ひとりに交渉術の考え方を身につけてほしいと思います。
交渉力は実践しないと身につかない
北浦 交渉術の必要性を感じていても,いざ実践しようとすると難しいという声も聞きます。どうすれば身につけられるのでしょうか。
渡辺 昨......
この記事はログインすると全文を読むことができます。
医学書院IDをお持ちでない方は医学書院IDを取得(無料)ください。
いま話題の記事
-
医学界新聞プラス
[第1回]心エコーレポートの見方をざっくり教えてください
『循環器病棟の業務が全然わからないので、うし先生に聞いてみた。』より連載 2024.04.26
-
医学界新聞プラス
[第3回]冠動脈造影でLADとLCX の区別がつきません……
『医学界新聞プラス 循環器病棟の業務が全然わからないので、うし先生に聞いてみた。』より連載 2024.05.10
-
医学界新聞プラス
[第1回]ビタミンB1は救急外来でいつ,誰に,どれだけ投与するのか?
『救急外来,ここだけの話』より連載 2021.06.25
-
医学界新聞プラス
[第2回]アセトアミノフェン経口製剤(カロナールⓇ)は 空腹時に服薬することが可能か?
『医薬品情報のひきだし』より連載 2022.08.05
-
対談・座談会 2025.03.11
最新の記事
-
対談・座談会 2025.04.08
-
対談・座談会 2025.04.08
-
腹痛診療アップデート
「急性腹症診療ガイドライン2025」をひもとく対談・座談会 2025.04.08
-
野木真将氏に聞く
国際水準の医師育成をめざす認証評価
ACGME-I認証を取得した亀田総合病院の歩みインタビュー 2025.04.08
-
能登半島地震による被災者の口腔への影響と,地域で連携した「食べる」支援の継続
寄稿 2025.04.08
開く
医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。