医学界新聞

対談・座談会

2016.01.18



【鼎談】

領域・診療科の枠を越え,
てんかん診療の発展を
小国 弘量氏
東京女子医科大学
小児科学教室教授
兼本 浩祐氏
愛知医科大学
精神科学講座教授=司会
池田 昭夫氏
京都大学大学院
医学研究科 てん
かん・運動異常生
理学講座教授


 てんかんは新生児期から老年期にいたるまであらゆる年齢層で発症し,小児科,神経内科,脳神経外科,精神科など複数の診療科で扱われる。また,病態の多様さ故に明らかとなっていないことも多く,基礎研究の面でも高い関心を集めている。

 かかわる立場によっても見え方の異なるてんかん。医療者はどのように連携し,臨むべきなのか。本鼎談では小児科,神経内科,精神科のそれぞれの立場から見たてんかん診療の変遷,今後の課題について議論していただいた。


兼本 てんかんは臨床の場で誰もが遭遇し得る疾患ですが,多岐にわたる症状や抗てんかん薬の作用点の多さなどから治療が難しいと感じる医師も多いようです。長年てんかんの診療に携わってきたお二人は,てんかん診療の移り変わりをどのように感じていますか。

一つの観点ではなく,複数の観点からてんかんをとらえる

小国 1950年代,てんかんは発作の原因やタイプを中心に分類されていました。1960年代後半に「てんかん症候群」(註1)という考え方が生まれ,てんかんを一つの病気(症候群)としてとらえるようになったことで,予後や治療法,その後の見通しに関してより有益な情報が得られるようになりました。その中で,それぞれのてんかん症候群に対応する遺伝子異常が見つかるようになり,遺伝学的なアプローチが基礎医学における大きなブレイクスルーになったと思います。

兼本 家族性の焦点性てんかんが,一時期話題になりましたよね。焦点性てんかんの病態が,特定の遺伝子と相関していたことから,遺伝的な研究を進めることでてんかんの本質がわかるのではないかと注目が集まりました。実際には単一遺伝子だけでは説明のつかないてんかんも多かったため,その後てんかんの病態は単一遺伝子ではなく,複数の遺伝子によって引き起こされるという考え方に変わっていきました。

小国 近年は全エクソーム解析(註2)によって,新たな病態の解明にも期待が寄せられています。ただし,最新のデータでもトリオの全エクソーム解析で検出できる遺伝性疾患は全体の20-30%程度とされています。遺伝学的な研究がますます盛んになってきているとはいえ,遺伝子以外の後天的な因子が重なることでphenotype(表現型)が異なるケースなども存在しますから,遺伝学的なアプローチだけで全てが解明できるわけではないことは理解しておくべきです。

兼本 一卵性双生児間で最終的な病態が異なるのは,遺伝子以外の因子の関与を示唆するケースですね。遺伝子によって規定される部分があるにしても,やはり環境など別の因子の影響も大きいということなのでしょう。

池田 神経内科ではてんかんを「脳」という器官のシステム疾患としてとらえ,ニューロンという観点からてんかんにアプローチします。20世紀後半に入るまで,てんかんは精神科疾患として考えられていましたが,脳のシステム疾患としてとらえるようになったことで,てんかん学は急速に発達したと思うのです。しかしながら,このアプローチに関しても遺伝子研究と同じことが言えます。

兼本 ニューロンからのアプローチだけでも,解明できない問題は多いということですか。

池田 ええ。例えば,自己免疫によるてんかんといった病態が新たに発見されていますが,この病態を理解するためには,神経内科として神経免疫の観点からも病態を診ることが要求されます。ですから全体を俯瞰した上で,今問題になっていることは何か,解決のためには何が必要なのかを考えていく必要があります。“広く浅く知りつつ,さらに一部については深く知る”という姿勢が,非常に大切な時代になってきていると感じます。

小国 一つの観点からてんかんの本質をとらえるにはどうしても限界がある。てんかん学をさらに発展させていくためにも,ニューロンや遺伝子,代謝といったさまざまな観点から,てんかんをとらえていかなければなりませんね。

共通した知識を持った上で,各診療科の役割を認識する

兼本 てんかん患者は精神症状を呈することも多く,日本では成人のてんかんに関しては精神科医が大きな役割を果たしてきたという特異性がありました。21世紀に入り,「てんかんは精神科疾患ではない」という事実が世間にも徐々に認知されてきたことで,てんかんの診療から退く精神科医は増えています。

 しかし,てんかん診療における精神科医の需要がなくなるとは思えません。なぜなら精神科医は,発作と共に生きなければならない場合に生活をどう組み立てていくか,その中で生活に困難を抱える患者にどう寄り添うかという部分には一日の長があるからです。今の医学では治療が困難な患者がいる以上,そうした人たちに対するアプローチを担う存在は必要でしょう。

小国 確かに発作が止まっていない思春期以降の患者は,うつなどの精神的な問題を生じることも多いです。精神的な訴えが多いケースでは,成人期になって神経内科医に紹介するのは難しいという印象があり,やはりある程度てんかんを専門としている精神科医に紹介することを考えます。

池田 私は,精神科医のてんかんへの関与がこれ以上減ると,近いうちに成人のてんかん診療の現場が立ち行かなくなる時代がやってくるのではないかと危惧しています。例えば,超高齢社会を迎えた日本では,認知症患者の増加が非常に問題視されていますよね。認知症患者はさまざまな精神症状を呈するため,中には神経内科では十分な治療ができない方もいるわけです。しかも,高齢者てんかんが増加しており,高齢者てんかんと認知症の合併率はかなり高いことが知られています。そうした状況を踏まえると,精神科には神経内科とは異なる役割での参画が必要だと思うのです。

小国 神経内科と精神科がどちらもある病院では,両診療科間の連携がもっとできるとよいのではないでしょうか。

兼本 連携はそれなりに取れていると思います。問題になるのは,PNES(Psychogenic Non-Epileptic Seizure;心因性非てんかん性発作)とてんかんを合併しているようなケースです。PNESは精神科,てんかんは神経内科という分け方が現実的には難しいので,どちらかが主に診て,もう一方がコンサルトという形でかかわることになります。そのためには,専門医育成のトレーニング課程で,お互いの診方の違いをもう少し把握することが必要になると思います。

池田 神経内科ではPNESの診断がつくと,「自分たちの担当の範疇ではない」とどうしても考えてしまいがちです。一方,精神科で脳波を判読するトレーニングを十分に受けている若手の医師は最近あまり多くない。ですから,ある程度共通した知識を持つことと,イニシャルアセスメントはできるようにするという自覚を互いに持つことが必要だと言えます。

早期からの併診で小児科からの引き継ぎを円滑に

兼本 小児科では,一般の小児科医...

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