医学界新聞

対談・座談会

2016.01.04

 「ビジョンの共有」が地域を結ぶ
広島県4基幹病院を中心とした地域医療連携の取り組みから

浅原 利正氏(広島県病院事業管理者・広島県参与)
宮田 裕章氏(慶應義塾大学医学部医療政策・管理学教室 教授/東京大学大学院医学系研究科医療品質評価学講座 教授)=司会
門田 守人氏(がん研究会理事・がん研究会有明病院名誉院長)
迫井 正深氏(厚生労働省医政局地域医療計画課 課長)


 いち早く地域医療連携を進めている県がある。“日本の縮図”とも言われる広島県だ。広島市内の4基幹病院と大学,行政,医師会が連携し,10年,20年先の地域を見据えた取り組みを始めている。日本各地が抱える課題も共通して有する同県の連携の形には,他地域がモデルにできる要素もあるのではないだろうか。

 本座談会には,2015年から同県で始まった「基幹病院連携強化会議」で座長を務める浅原氏,有識者として参加する門田氏,アドバイザーを務める宮田氏,そして行政として地域医療を担当し,かつて広島県の医療行政にも携わった迫井氏の四氏が出席。同県の取り組みのこれまでの経緯と現在の到達点,そして,日本が人口減少社会の医療の課題を乗り越えていくために共有したい,地域医療連携実現のビジョンが議論された。

宮田 全ての「団塊の世代」が75歳以上になる2025年まで,いよいよ10年を切りました。医療者が留意しなければならないのは,「2025年」はあくまで課題の入口にしかすぎないということです。

迫井 そうですね。「2025年問題」が注目されますが,今後約20年は高齢者が増え続け,さらに2040年以降は高齢者を含む全ての世代で人口が減少するというように,10-30年の間に人口構造の大きな変容が予測されています(「グラフ解説」図2参照)。直近にある「高齢化」の問題と,その先にある「高齢化を伴った人口減少」という問題への対応を,われわれは考えていく必要があるわけです。

宮田 当然,人口構造の変化と連動して医療の需給状況も変動するわけで,医療提供体制についても一過性の対処ではなく,将来を見通した刷新が迫られることになります。

門田 2015年は「戦後70年」が話題になり,日本社会の一つの節目を迎えたように私は思います。ベビーブームで生まれた「団塊の世代」に象徴されるように,生産年齢人口の増加が,経済の発展や人々の生活水準の向上を下支えし,それとともに医療技術も飛躍的な進歩を遂げました。その中で専門分化や細分化がきわめて進んだ一方で,“マクロ”に見る視点が置き去りになっているようにも思うのです。つまり,医療制度そのものを大きく変化させてこなかったことから,社会のニーズとの間にひずみが生まれつつあるのではないでしょうか。今の医療制度を自動車に例えるなら,終戦後に新車で走り出し,その後はちょっと不具合が生じるたびに修理を加えることで,なんとか今日まで乗り続けてこられた,そのようにとらえています。ただ,本格的な人口減少社会を迎えるこの先も,同じ車でどこまでも走り続けられるわけではない。医療サービスの提供の在り方を含め,医療制度は大きな転換が必要になるでしょう。

浅原 まさにそうです。特に,高齢化率が高まり続ける今,高齢者を支える仕組みづくりが急がれます。社会のシステムを再構築する上では,「医療」と「教育」の2つが重要になる,私はかねてよりそう考えています。特に医療においても教育の観点は必須で,医師をはじめ医療者の人材育成が欠かせません。この2つを両輪とした地域ごとの政策が求められるのではないでしょうか。

宮田 浅原先生のおっしゃった地域の視点はこれからの議論において重要なポイントになりそうです。現在,厚労省において医療提供体制の整備に携わる迫井課長は,行政の立場から地域の在り方についてどのようにご覧になっていますか。

迫井 医療制度改革や医療費の問題を行政の立場から見ていると,最終的には地域の問題として解決策を考えなければならないように思います。なぜなら,日本全体の人口構造が変化していくとは言え,インフラの整備状況や人口密度などは当然地域によって異なり,医療も地域の実情に応じた個別の課題が幅広くあるからです。がんや感染症といった人間の生命予後に直結するような公共性の高い領域の対策について,霞が関が全国一律で対策を推進することはもちろん大切です。しかし一方で,20年,30年先を見据え,地域住民の立場に立った広い視野で医療を考え直す時期にも差し掛かっています。医療関係者も行政も,そのような共通認識を持った上で,「ご当地システム」によって地域の課題を解決していかなければなりません。

“日本の縮図”広島県の挑戦

宮田 医療のあるべき姿が地域単位で問われようとしている今,各地で地域医療連携の芽が出つつあります。2014年6月に医療介護総合確保推進法が成立したことにより,地域医療計画の一つとして地域医療構想が位置付けられ,都道府県ごとに策定作業が進められています。また,2015年9月に成立した改正医療法によって「地域医療連携推進法人」制度が創設されたことで,経営母体の異なる複数の病院や介護施設が,あたかも一つの病院のように経営機能を共有しパフォーマンスを向上させていくような動きも生まれてきそうです。

 こうした動向の中,全国でも先駆的な地域医療連携を既にスタートさせているのが広島県です。2015年からは医療機関の連携を広げるべく「基幹病院連携強化会議」(以下,会議)が始まっており,前身の「広島都市圏の医療に関する調査研究協議会」(2014年)から参加している私は,広島県の未来志向の取り組みに注目しています。

迫井 広島の事例は,日本のさまざまな地域が参考にできる凝縮性があると感じています。というのも,県を南北に見渡すと,ミカンやレモンが名産の温暖な瀬戸内海があれば,リンゴが取れ冬にはスキーができるほどの雪深い山間部もある。人口分布も,120万人大都市・広島市の印象から都会と思われがちですが,橋のない瀬戸内海の離島や中国山地の過疎集落といった,へき地での人々の暮らしもあります。このように広島県は人口や産業の構成,地理的な特徴から“日本の縮図”と言われ,商品のテスト市場としても有名です。

門田 日本各地に見られる風土が広島にはそろっているわけですか。なるほど,言われてみるとそうですね。

宮田 別の見方をすれば,都市の問題,へき地の問題など日本が抱える課題もセットで存在しているということですね。

迫井 その通りです。広島県で従来から取り組まれているへき地医療や医師確保の対策,そして地域医療連携をはじめとする新しい医療政策は,人口減少社会日本の医療政策を占う,いわば社会実験とも言える大きな挑戦が含まれていると言えます。

医療機能の集約化その狙いとは

宮田 会議の座長を務める浅原先生,まず発足の経緯と,そして広島県の現状をお話しいただけますか。

浅原 会議は,広島県の医療提供体制の効率化と,若手医師確保の2点を大きな目的に発足しました。さらにこの施策を県内全域に波及させ,広島県の地域医療構想の策定に反映させることをめざしています。現在,広島市中心部にある4基幹病院(広島大学病院,広島市立市民病院,県立広島病院,広島赤十字・原爆病院)と,大学,県,市,医師会の連携を核とした取り組みが動き出しており,会議ではこれからの医療連携の在り方が議論されています。

宮田 経営母体の異なる病院が手を取り合うことで,昨年は一つ大きな成果がありましたね。

浅原 ええ。2015年10月に,新たに「広島県立広島がん高精度放射線治療センター」が稼働しています。これは4基幹病院の放射線治療分野にかかわる機能を集約した新施設として,広島駅前に新設されました。厚労省の地域医療再生基金を元に県が事業者として設立,県医師会が運用主体となり,そして広島大学と4基幹病院などが連携する形で運用されています(図1)。

図1 4基幹病院連携による広島県立広島がん高精度放射線治療センター事業(クリックで拡大)
広島都市圏に集中する4基幹病院の機能分担・連携の推進によって,高度な放射線治療を集約した施設を整備し,2015年10月に稼働開始。
高度医療の提供と,人材育成をめざす。

宮田 さまざまな組織が一施設の運営を担う。非常に画期的で全国的に見ても新しい取り組みだと思います。一連の計画に立案の段階からかかわった迫井課長,いつごろから練られていたのでしょう。

迫井 私が広島県庁に在籍していた2000年代後半です。当時から,広島市内の4基幹病院が連携して一つの高度医療機関として機能していけないものか,と4病院の院長を中心に相談を始めていました。その後2010年に,「広島県地域医療再生計画」で構想を具体化したプログラムの一つとしてスタートしました。

宮田 背景にはどのような危機感があったのですか。

浅原 一つは,高齢化による医療需要の急増です。高齢化の波は広島県にも例外なく押し寄せており,例えば,広島市を含む2市6町からなる広島医療圏は,2025年の高齢化率は28.9%,入院患者は3000人以上になり,その後も高齢者人口の増加が続くとの予想が出ています(図2,3)。

【出典】石川ベンジャミン光一氏ウェブサイト.人口推計地図(2035年広島県)より作成
図2 2010年を100とした場合の2035年広島県の人口変化(全年齢)
2010年から比べると,2035年は広島県全体の人口は減少するが,広島市内の一部では維持・増加する区があるなど,都市部では医療需要は高まることが予測され,圏域内における医療資源のバランスをとる必要がある。
(広島医療圏とは広島市,安芸高田市,府中町,海田町,熊野町,坂町,安芸太田町,北広島町の2市6町から構成される二次医療圏)

図3 広島医療圏の人口推計と入院患者数の将来推計
広島医療圏全体では人口の総数が減少するが,65歳以上は増加を続ける(左)。また,2025年には入院患者が2割(3000人)以上増え,以降も増加を続けるため,適切な医療資源の配置が必要になる。

門田 広島も高齢化対策,待ったなしの状況なわけですね。

浅原 ええ。将来の医療需要の増加に対応するためには,医療提供体制の効率化が欠かせません。実際4基幹病院には,救命救急センターやがん診療連携拠点病院など重複する医療機能もあるため,集約化により医療資源を必要とされる領域に最適に配置する余地が多くあります()。広島市中心部の5 km圏内に近接する4基幹病院の機能を1か所に集約したほうが,断然効率的ですね。そこでまずは,比較的集約しやすい単科の放射線治療分野の連携から着手したわけです。

 4基幹病院の概況(クリックで拡大)
広島市中心部の5 km圏内に立地する4基幹病院(広島大学病院,広島市立広島市民病院,県立広島病院,広島赤十字・原爆病院)には,重複する機能がいくつかあるため,集約化による医療機能の効率化の余地が十分にある。

宮田 集約化で,具体的にどのようなメリットが見込まれますか。

浅原 まず,高価な放射線治療機器を各病院が別々に購入する必要がなくなります。それから,専門の医師やコメディカルスタッフは各病院から必要な人数だけが集まるため,医療費の増大を抑制できる。こうした物的資源,人的資源の集約の結果,より高度な医療が提供できるようになります。

 患者は4基幹病院の他,県内のがん診療連...

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